- 中山七里(なかやま・しちり)さん
- 1961年、岐阜県生まれ。『さよならドビュッシー』にて宝島社『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し2010年に同作で作家デビュー。他の著書に『おやすみラフマニノフ』『連続殺人鬼カエル男』「『このミステリーがすごい!』大賞10周年記念 10分間ミステリー」『しあわせなミステリー』『さよならドビュッシー前奏曲(プレリュード) 要介護探偵の事件簿』『5分で読める! ひと駅ストーリー 乗車編』『いつまでもショパン』(以上、宝島社)、『魔女は甦る』『ヒートアップ』(以上、幻冬社)、『贖罪の奏鳴曲』(講談社)、『静おばあちゃんにおまかせ』(文藝春秋)、『スタート!』(光文社)がある。
インタビュー
■ミステリーを読んだことのない人でも楽しめる小説を
- −−2009年に宝島社『このミステリーがすごい!』大賞を受賞された本作を書かれたきっかけから教えて下さい。
- 中山さんまず、音楽モノを書きたかったんですね。なぜそう思ったかというと、僕はこの年『連続殺人鬼カエル男』という、完全にコアなミステリーファン向けに書いた作品で『このミス』大賞に応募するつもりだったんです。ただ、それでもし入賞してデビューできても、「コア向けのものしか書かない作家」とレッテルを貼られそうな気がしたんですよ。デビュー作に引っ張られることはよくあるので。だからもう1作、ミステリーを読んだことがなくても楽しめるものを書いて送ろうと考えた時に、音楽モノがいいなと。そもそもミステリーファンというのは、ある一定数はいるけれど、それ以上には増えも減りもしないんですね。そこで新人作家が生き抜いていくには、最初にタイプの違うものが書けると知っておいてもらったほうが、いろいろオファーを頂けるかなという算段もありました。
- −−音楽の中でもクラッシック、ドビュッシーを題材に選んだのはなぜですか。
- 中山さん ジャズやポップスをネタにしたミステリーはあったのですが、クラシックと融合させた小説は、僕は森雅裕さんの『モーツァルトは子守唄を歌わない』以降、思いつかなかったんです。だからクラシックにしようと決めて、どの作曲家にしようかと考えました。ベートーベンは暑苦しすぎる、モーツァルトだと軟弱すぎる、ショパン?聴いたことがない……と、あくまでも僕の主観ですけれども(笑)。そこでエレクトーン教師の家内とピアノを習っていた息子に、「知っている人は知っているけれど、一般的に知られていない作曲家は?」とたずねてみたんです。すると「ドビュッシー」だと言われて。なるほどなと思って、その日のうちにCDを買って聴いてみたところ、「月の光」「アラベスク」が耳に残ったので、この2曲をきっかけに書き始めました。
- −−もともとクラシック音楽に興味は?
- 中山さんなかったですし、僕は何の楽器もできません。シリーズ2作目の『おやすみラフマニノフ』も最新刊の『いつまでもショパン』も、そうやってCDを聴いて、といっても数回聴く程度ですが、そこから書き進めていきましたね。
- −−文章から音楽が聴こえてくるような演奏シーンの臨場感に、中山さんは音楽通だとばかり思っていたので、それは驚きです。しかも取材もほとんどされないそうですね。
- 中山さんそうですね。でも資料は見ますし、取材をしないのはポリシーではなく、時間や予算がなかったりするだけで(苦笑)。『いつまでもショパン』はポーランドで行われるショパンコンクールが舞台ですが、15分ほどの資料映像を見ただけです。でも、それでちょうどいいところもあるんですね。僕自身がクラシック音楽に関して素人なので、その目線で書けば、ピアノを弾いたことがない方にも分かりやすく伝わるんじゃないかと。もし僕が音楽大学の先生だったら、もっと複雑で、説明的な話になりかねないと思うんです。音楽のことを知らない人間がちょっと背伸びするぐらいが、ちょうどいい加減かなと思っているんですけれど。
- −−女子高生を主人公にしたわけとは?
- 中山さんクラシックをネタにしようと決めたところで、主人公は女子高生がいいなと思いました。80年代に大映ドラマっていうのがありましたよね? 一番の狙いがミステリーを読んだことのない方に読んでもらうことだったので、毎回ヒロインが困難に陥るという、あの手法を使おうと思ったんです。ピアノ、女の子、殺人事件、遺産相続、大映ドラマ、これで大枠はできた。最初にラストの1行が思い浮かんだので、それから3ヶ月で書き上げました。
- −−この作品は“岬洋介シリーズ”の第一作ですが、司法試験にトップで合格したピアニストという、ユニークな探偵役・岬のキャラクターはどこから生まれたのでしょうか。
- 中山さん僕は横溝正史さんの小説に出てくる、金田一耕助のキャラクターが好きなんですね。そこで、ピアノを弾くイケメンの金田一にしようと。ただ岬は探偵役ではありますが、事件の解決よりもみんなの幸せを願う、狂言まわしのような存在なんですね。彼のような人物がいれば、ヒロインがどんな悲劇や困難に見舞われても暗い話にはならないだろうし。大映ドラマを踏襲するなら、コーチ役が必要だということで生まれたのが岬洋介ですね。
■主人公たちに込めた“悪あがきの美学”
- −−このほど『さよならドビュッシー』の映画が公開になりましたが、ご覧になっていかがでしたか?
- 中山さん『さよならドビュッシー』の後、この3年間で10冊書いたので、正直、原作者という感覚は薄れていて(笑)。なので一映画ファンとして見たのですが、素直にいい映画だなと思いました。利重剛監督は映像ならではの魅せ方を掌握されている方で、今回の映画は原作に勝るとも劣らない、いや、あるところでは完璧に映画に負けているんですよ。だからちょっと悔しいんですけれど。何よりキャストが絶妙でした。
- −−遥役は今最も注目を浴びる若手女優の橋本愛さんですね。岬役はピアニストの清塚信也さんが演じられていますが、本格的な演技はこれが初めとは思えないほど説得力がありました。
- 中山さん皆さん素晴らしかったですね。前半、岬が<リスト超絶技巧練習曲第4番 マゼッパ>を弾くシーン、カメラが清塚さんの指先から腕、顔のアップと長回しで映していくのですが、あれを見た瞬間、この映画は成功したなと思いました。遥が指のリハビリで<熊蜂の飛行>を弾くところは、1曲演奏する間に、遥が大怪我立ち直るまでの過程がすべて描かれていて、見事でしたね。
- −−劇場でぜひ見て頂きたいですね。遥をはじめ、中山さんの小説の主人公たちは、困難に懸命に立ち向かっていきますね。その過程の中で、本当に好きなことを見つけて行く姿に胸を打たれます。
- 中山さん主人公が反骨精神で頑張っていくというストーリーラインが、僕の小説の根底にあるんですね。また『さよならドビュッシー』は音楽と個人、『おやすみラフマニノフ』は音楽と団体(オーケストラ)、『いつまでもショパン』は音楽と世界というテーマも置いています。その中で遥も、『おやすみラフマニノフ』の主人公の晶にしても、将来に不安があるけれど、どうにかしないといけない。結局、彼らに共通するのは“悪あがきの美学”なんですよ。というのも僕から見ると、今はすぐに諦めたり、何でもギャグしたりしてごまかして、本当に言いたいことを言えない若い方が多い気がするんですよ。それはやっぱり、何かに逃げているんですよね。不況だったりするもんだから閉塞感もあって、そうなると人間ってどんどん卑屈になる。その卑屈さを打破するにはどうすればいいかというと、自分の殻を破ってやりたいことをやるしかないわけで。それを音楽という道具を使って主人公にやらせているところもあります。
- −−なるほど。気になるのが今後の岬洋介の行方なのですが。
- 中山さんオファーを頂ければシリーズは書き続けていきたいですけれど、狂言回しという岬の立ち位置は変わらないと思います。実は岬の過去、17歳で難病を患った瞬間の前後からを書くシリーズの構想は、すでに僕の頭の中にあるんですよ。
- −−それは楽しみです!最後に今後の目標をお聞かせ下さい。
- 中山さん僕の一番の目標は、一気読みしてもらえる小説を書くことなんですね。10ページだけ読もうと思ったら手が止まらなくなった、ご飯を食べ損ねた、お風呂に入り忘れた、気づいたら朝だった……という読書体験をしてもらいたいと思っているので、そのためにどうすればいいかといつも考えます。僕自身、作家になるまでの48年間、そうした幸せな読書体験をしてきたので、この立場になったら自分が受けた恩をお返ししないと申し訳ないと思うんですよ。デビュー以来、こうして書き続けていられるのは皆さんが期待して下さっているからでもあって。その期待を裏切らないためにも、どこまで出来るかわかりませんが、常に新しい作品が、自分の最高傑作であるようにしていきたいですね。
- −−新作を楽しみにしています。本日はありがとうございました!
「寝るのを忘れて読んでもらえる小説が書けたら一番幸せで、それさえできたら栄誉なんていらないんですよ」と中山さん。そう語られた瞬間の笑顔が印象的でした。その言葉通り、読み始めたら止まらなくなる『さよならドビュッシー』。最後のどんでん返しはもちろん、タイトルに込められた意味にも注目してみて下さい。
取材・文/宇田夏苗
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