- 姜尚中(かん・さんじゅん)さん
- 1950年生まれ。東京大学大学院情報学環教授を経て、2013年より聖学院大学全学教授。専攻は政治学・政治思想史。著書に『マックス・ウェーバーと近代』 『オリエンタリズムの彼方へ』 『ナショナリズム』 『在日』 『悩む力』 『母−オモニ−』 『あなたは誰?私はここにいる』 『続・悩む力』など。「朝まで生テレビ」など多くのテレビ番組にも出演している。
インタビュー
■文学には「もう1つの目」が必要。尊敬する漱石に1ミリでも近づければ…
- −−先生と青年・直広のメールによる対話形式で描かれた本作はとても読みやすく、引きこまれました。同時に、こんな風に語り合える先生を持った直広をうらやましくも感じました。
- 姜さん僕は作家でも何でもないから、普通に書こうとすると前後に不整合ができてしまう。でもこういうダイアローグ形式であれば、登場人物は限られてくるし、書きやすかったんです。当初は、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』のようなものを書きたいと思っていました。でも読み返してみると、やはり戦前の作品だし、先生が一方的に生徒を啓蒙するという上から目線の内容なんです。これでは今の若い人には受け入れられないと思ったので、若者の目線で描くことにしました。僕も登場人物の1人になって、僕も少しずつ変わっていく。そうしたほうが共感を得られるんじゃないかと思ったんですね。
- −−主人公の直広には、モデルとなった方がいたそうですね。
- 姜さん はい。僕がこの春から着任する聖学院大学のあるとの出会いが本作の当初の構想を大きく変えるきっかけとなりました。彼は趣味のライフセービングを活かして、東日本震災の遺体捜索ボランティアに参加していたんですが、彼の話を聞く中で感じるところがあったんですね。でも、直広=蛭間さんというわけではなく、似て非なる人物ではあります。
- −−姜さんご自身が数年前にご子息を亡くされたことも、執筆の大きな契機だと聞きます。
- 姜さんそうですね。それからもう1つには2011年3月11日に起きた東日本大震災も大きかったです。今回の作品は、若い男女の生、直広の友人の死、3月11日、そして僕自身の個人的なテーマ…この4つのテーマが重層的に折り重なって構成されている。慣れない"フィクション"という形式での中で、この4つのテーマを複層させながら最後までもっていきたかったんです。
- −−おっしゃる通り、若者の悩み、東日本大震災といったテーマが、それぞれに重みを持ちながらも自然に絡み合っていました。書いてて難しさはなかったですか?
- 姜さん難しかったですね。『母−オモニ−』は半ば自伝に近かったので、それほどの難しさは感じなかったんですが、今回はプロットから考えなければいけなかったので。この作品は、2年間連載していたんですが、連載時は僕の思いが強すぎて不自然な内容も多かったんです。今回それをシャッフルさせて、読者に受け入れてもらいやすい内容に書き換えました。あとは、自分の心をどれくらい開いて書けるか、そのあたりも難しかったですね。
- −−今作のタイトル『心』は、姜さんが敬愛する夏目漱石の『こころ』をモチーフにしたそうですね。
- 姜さん漱石という人は、自分が生まれたこと、生まれた時代をエラーだと思っている。並外れた知性を持ちながら、自意識過剰でもあり、そのせめぎあいで苦しんだ人だった。そこにすごく魅力を感じるんですね。その漱石が、詩人というのは、自分の死後も自分を解剖して人前にさらけ出すのが詩人だと言ってるんです。つまり、この生きづらい世の中で、苦しい苦しいと言っているだけではなく、もう1人の自分の目で客観視することが必要だと。自分の情念をそのままストレートに言うのは、ワイドショーくらいに留めておいて、文学というのはもう1つの目がないと、ということですね。今回、『こころ』という大変な名前を借りた以上、その境地に1ミリでも近づきたい、という気持ちはありました。近づけたどうかはわからないですが(笑)。
■誰かを断罪するのではなく、謎は謎のままで残しておきたかった
- −−本作で描かれている直広と萌子の恋愛模様ですが、ご自身の若き日の思い出がベースになっているのでしょうか?
- 姜さんそうですね、私の青春時代を思い出しながら書きました。それとやっぱり小説は虚構の世界だから、主人公に恋をさせてあげたかった。ヒロインの萌子は自分の憧れのタイプの人ですね。漱石だったらもう少し神秘的な女性にするんだろうけど、萌子みたいな宇宙人的な、ちょっとキャラクターの濃い女性のほうが今の時代っぽいかなと。
- −−東京電力福島第一原発事故をテーマとした、萌子らによる劇中劇も印象的でした。
- 姜さん原発のことも、誰が悪いって断罪するのではなく、もう少し違う見方をしてみたいと思ったんです。でも、直接登場人物に語らせると僕の意見だと思われるだろうから、劇中劇という形にしてみた。これは評価の分かれるところかもしれませんが、文学は社会問題じゃないから、謎は謎のまま残しておくのが文学じゃないかなと。謎を解くのはあくまで読者、という風にしたかったんですね。
- −−作品中、東日本大震災で津波にのまれて亡くなっていく方たちが、死の間際、夜空に浮かぶ星を見つめるシーンも印象に残りました。
- 姜さん震災の夜はとても天気が良かったんです。それを思った時、津波に飲まれた後、海を漂っていた人たちは、星空を見て何を感じたんだろうなと。人間は考える葦である、と言いますが、考えるだけじゃなく、星を見つめる、夜空を見つめる、宇宙を見つめる目を持っている。そこに思いをはせながら、あの日のことを考えてみようと思ったんです。復興復旧というけれど、3月11日のあの瞬間に立ち戻って考えないと、見えないものがあるんじゃないかと思ったんです。こんな風に、普段は気づかないことに気づかせてくれるのが、小説の良いところかもしれませんね。
- −−東日本大震災から約2年、思いに変化はありましたか?
- 姜さん想像以上に、忘却が早いなという印象です。先の3月11日も、震災から2年と言ってメディアが一斉に報じましたが、僕はある種のメディア・イベントで終わるだろうなと思っていました。でも、震災で亡くなった大勢の方たちも、誰かにとってはたった1人の大切な肉親であり、愛する人なんですよね。その思いは息子を亡くした僕にも通じるし、その1つ1つの思いを描くのが文学。今作では、なんとかその気持をオーバーラップさせたかった。それがラストシーンにつながったと思います。
- −−そうですね、、その思いが見事にラストシーンに昇華していますね。
それでは最後に、この本を読むであろう若い世代の方にメッセージをお願いします。 - 姜さん僕はこの作品を書くことで、自分が忘れていた時代に近づきたかったんですね。亡くなった人間に近づきたいという気持ちもあった。自分の若い頃と現代、どんなに時代が変わっても、通じる部分もあるはずだから。だから今を生きる若い皆さんに、この作品を読むことで、それぞれに何か感じ取ってもらえればうれしいですね。この作品が多くの方に読んでもらえれば、僕もド素人からセミ作家くらいにはなれるんじゃないかな。















