インタビュー
■今、自分が出来うるかぎりのすべてを出した
- −−まずは『64 ロクヨン』の本屋大賞第二位、週刊文春「2012年ミステリーベスト10」および「このミステリーがすごい!2013年」国内部門第一位、おめでとうございます。横山さんにとって7年ぶりの長編ですが、大きな反響を受けて、どんな思いでいらっしゃいますか。
- 横山さんいつも本を出す時は、7割嬉しくて3割不安という感じなのですが、今回は7年も新刊を出していなかったので、コアなファンの方は別として、もう読者に忘れられてしまったのでは、という不安のほうが勝っていました。にもかかわらず、こうして大きな反響を頂いて、今はただ読者の方に感謝するばかりです。
- −−実は 『64』の執筆を始められたのは、10年以上前だったそうですね。
- 横山さん 『動機』に次ぐ3作目として書き始めたのですが、『動機』の出版直後に連作や短編のオファーが殺到したので、『64』はいったん後回しにすることにしたんです。それから数年が経ち、あらためて書き始めたところ、何だか自分が思っていたのと違う展開になってしまって。修正を試みても上手くいかず、結局ギブアップしました。その後、7年前に『震度0』を出した後、未完のままだった『64』が気になって気になって。この際、自分にとって一番高い山を征服しようと決意し、再び書き始めたんです。でもやっぱり駄目。深い森の中に迷い込んだような感じで、書いては捨ててという時期が延々続き、ついには体調を崩して一行も書けなくなったこともありました。それでも何とか書き終えて、4年前に一度、発売日まで決まったのですが、いざ出す段階になって読み返したら、これがもうアウトとしか言えないものだった。今まで私の小説を読んで下さった方達がガッカリするのが目に浮かんで、編集担当の方に「これでは出せない」と伝えました。当然のことながら、絶句されましたが、「気の済むまでやって下さい」と言って下さって。今思えば、編集者も組織人の一人。組織と個人の話をさんざん書いてきた私が、酷いことをしたと思いますが、それを差し引いても、やっぱりいいものが出た方がいいに決まっているので。そういう意味で『64』は、今、自分が出来るうるかぎりのものを出した小説ですね。
- −−そうして書かれた小説を読み、刑事部と警務部との攻防に未解決の誘拐殺人事件、主人公の娘の失踪といった要素が絡みつつ、大河のような流れを生み出す展開に圧倒されました。小説の題材として、警察という組織に惹かれるわけとは?
- 横山さん小説を書く際、テーマというのはあまり意識しないのですが、書き終えてみると、組織に生きる個人、個人と組織のせめぎ合いといった話になるので、自分にとってはそこが一番書きたいところなのでしょう。もう一つ、ミステリー作家の立場で言うなら、警察の横には事件がありますし、何より完璧な組織体なので、小説にとっては格好の舞台装置なんですね。リアリティも担保できるし、そこから一般企業といったどの組織にも当てはまる、ある種の普遍性を描き出せるのかなと思っています。
- −−今回、広報官を主人公にしたのはなぜですか?
- 横山さん主人公に外的から強い負荷を与えて、内面を立ち上がらせるというのが、私の小説の作り方なんですね。短編でも結構な負荷をかけているので、長編となると相当な負荷をかけないと物語を推進できない。上からの圧力が、最も個人に負荷になるというのが短編の形式だとするなら、広報官は組織の内部からはもちろん、マスコミという外部からの負荷もかかる。加えて娘の失踪という家庭内の負荷をかけることによって、短編ではなし得ない、多面的な試練を主人公に与えたわけです。もちろん記者をやっていましたから、報道における匿名と実名の問題に、強い興味を持っていたこともあります。
- −−キャラクターの造形はどのようにされるのですが。
- 横山さんまずモデルはいないですね。職業・職種の選択=キャラクター作りと言えるかもしれません。人間は全員違うけれど、全員同じというのも真理です。新聞記者時代は、どこかで「こんな犯罪は、自分はしない」という立場で記事を書いていたと思います。でも作家としてやっていこうと決めた時に、どんなにおぞましい犯罪であっても、もしその境遇が与えられたら、自分だって犯す可能性があると認めなければ、小説を書く資格はないと思ったんです。そう考えると、すべての人間は喜怒哀楽はもとより、あらゆる感情を等しく持っているという前提になる。異なるのは感情の数ではなく、そのバランスや振幅の表れ方かなと。小説におけるキャラクター作りというのは、その微妙な配分なのだと思いますね。
- −−それは女性を書く上でも変わらないのでしょうか。部下の婦警・美雲の素直な一言に、三上が動かされるシーンがとても印象的だったのですが。
- 横山さん性差はあまり意識しませんが、経験上、女性が強いであろう感情を自然に配分していると思います。それはともかく、美雲には、助けられましたよ。下からの圧力が人間を最も成長させるのだと、彼女と2人の男性の部下を書きながら痛感しました。ずっと「何かが違う。これでは世に出せない」と感じていたのは、実はこの部分が書けていなかったからなんですよ。三上は最初「広報官の皮を被った刑事」なわけですが、どこかの段階で、広報官の職務に心から向き合う場面を書きたいと思い、そのために上と横からとことん負荷をかけたけれど、三上は刑事のままだった。3人の部下が単なる記号でしかなかったからです。彼らが生身の人間として立ち上がり、そこでやっと三上が真の広報官になっていく環境が整った。三上の言う「刑事部屋ではない、この部屋(広報室)で部下を得た」という一行を書けた時、これでようやく世に出せるなと思いましたね。
■誇りや虚栄を砕かれたあとの、一握りの残滓(ざんし)を描く
- −−自身について少し伺わせて下さい。12年間、新聞記者としてノンフィクションの世界に身を置かれる中で、小説=フィクションへの興味が湧いたのでしょうか。
- 横山さんいろいろ理由はあるとは思いますが、子ども頃から小説を書いたり、図書館で本ばかり読んでいましたね。中学生になると男の世界に憧れて空手に夢中になって、本をまったく読まない時期もありました。でも、やっぱり物を書く仕事がしたいと思い、大学卒業後に新聞社に入りましたが、記者を続けるうちに、自分が書くということと、新聞記事としての文章を書くということの間に、齟齬が生じてきたんですね。
- −−なるほど。作家になられて、記者時代の影響を感じることは?
- 横山さんそれは多大なものがありますよ。さまざまな事件や事故、アンダーグラウンドを見て来たのも一つでしょうし。一方で、事実をいくら積み重ねても真実にはならないとも気付いた。新聞記者だったせいか、ノンフィクションの手法を使って書いていると思われがちですが、そうではないんですよ。記者時代の知識や経験をリュックに背負ってぴょんと隣に移ったわけではなくて。かなり流域の広い、深い川を渡って物語の世界に来たと思っています。だからこそノンフィクションやジャーナリズムに負けないものをと思いつつ、いつも書いているわけですが。上手くいっているかどうかはわかりませんが、本人の気持ちとしてはそうなんです。
- −−とても興味深いお話です。さて、気になるのが横山さんの今後の作品なのですが。
- 横山さん次の作品は建築士が主人公です。最近、読者にもバレているみたいなんですけど(笑)、組織と個人と言いつつ、「実は横山秀夫は家族を書いているんじゃないの」と。だから次は、家族の話を正面切って書いてみるつもりです。 あ、もちろん組織と個人は死ぬまで書き続けますよ。三上にかぎらず、私が書く小説の主人公はみんなボコボコにされて、虚飾もプライドも剥がされていきますが、そんな中でも「これだけは譲れない」という、最後に残った残滓が、その人の真の矜持なのかなと。「生きる上で何が大事か」と聞かれると、割と簡単に「誇り」とか、「矜持」と答えてしまうんだけど、何十年もそれを丸ごと持ち続けていられる人は、よほど恵まれた人で。実際には砕かれることばかりなわけですが、その破片ぐらいは握っていたいという思いが、私の信じる矜持ですね。組織と自分の正義は違って当然。だけど実は隣の人とも違ったり……だから本当に、まだまだ書くことがいっぱいあるなと思うんですよ。
始終和やかに、率直に語って下さった横山さん。「他人にはちっぽけなことでも、自分の目の前にある問題は、その人にとってはとてつもない大事。それを決して馬鹿にせずに書いていきたい」とも。三上をはじめ登場人物たちの辛さ、焦り、かすかな希望といったものすべてが生々しく伝わってくる『64』。だからこそ、彼らに自分自身を重ねて、大きな力をもらえるのだと思うのです。
取材・文/宇田夏苗













