密告、連行、苛烈な取り調べ。「平和を守るため」に暴走する公権力、逃げ場のない世界。しかし、我々はこの社会で生きて行くしかない。孤独なヒーローに希望を託して-- 。伊坂幸太郎さん待望の最新刊『火星に住むつもりかい?』は、意外な登場人物たちと数々の伏線がやがてひとつにつながっていく、まさに伊坂ワールド炸裂のエンターテイメント小説。本作の創作の裏側を伊坂さんにうかがいました。
- 伊坂幸太郎(いさか・こうたろう)
- 1971年千葉県生まれ。2000年、『オーデュボンの祈り』で第5回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞し、デビュー。’04年、『アヒルと鴨のコインロッカー』で第25回吉川英治文学新人賞、『死神の精度』で第57回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。’08年、『ゴールデンスランバー』で第5回本屋大賞、第21回山本周五郎賞を受賞。近著に『死神の浮力』『首折り男のための協奏曲』『アイネクライネナハトムジーク』、『キャプテンサンダーボルト』(阿部和重との合作)など。
インタビュー
■自分が「怖い」と感じるものを書くと、現実には起こらない気がして落ち着くんです。
- --伊坂さんといえば、お住まいの仙台を小説の舞台にされることが多いですが、今回もそうですね。
- 伊坂さんどうしても使いやすいんですよね。しかも、この作品に出てくるヒーローは“あるもの”を利用した武器を使いますが、偶然、東北大学が結構関係していて、小説を書くにあたって取材させていただきました。
- --ネタバレになるので言えませんが、あの武器には驚かされました。
- 伊坂さん実は、あるおもちゃから着想を得たんです。子どもが遊んでいるのを見ていたら自分がすっかりハマって、今やコレクターです(笑)。何のおもちゃかもネタバレになるので話せないですが、この小説を読んで、「ああ、あれか!」とわかる方がいたらうれしいですね。今、新商品が出なくなっちゃったのですが、ぜひ復活してほしいです。
- --『火星に住むつもりかい?』を書かれたきっかけとは?
- 伊坂さん10年以上前に、光文社の方から「スパイダーマンをやりましょうよ」と提案されたことですね。最近の「アメイジング」シリーズではなく、サム・ライミ監督の『スパイダーマン』が公開された後で、確かに、僕がそういうのを書いたらどうなるのかなあと気になって。いろいろな仕事の順番があってなかなか書けなかったのですが、その間もヒーローものだから武器を何にしようかとずっと考えていて。ようやく「これだ!」という武器を思いついて、執筆に取りかかったのは2011年の震災の後でした。
- --「魔女狩り」を題材にしたのはなぜでしょうか。
- 伊坂さん僕は戦争と死ぬことが一番怖いんですね。戦争の何が怖いかといえば、人々の考え方が正常ではなくなって、何でもありになることで。魔女狩りも資料などを読むと、「お前が魔女だ」と言われたら、もう逃げようがない。みんなが暴走して行く怖さがあるんです。こういった題材で小説を書くと、社会批判のように受け取られたりもしますが、僕はただ面白いものが書きたいだけ。そういう気持ちはまったくなくて、単純に、自分が怖いと感じると書きたくなるんですよ。『夜の国のクーパー』も、「戦争に負けたら怖い」ということを書いた小説です。書くと自分が何に対して怖かったのかがわかるし、おまじないというか、現実には起こらないんじゃないかと思って。あと、基本的にはエンターテイメントを書きたいので、魔女狩りのようなものを題材にしたほうが、ファンタジーになるかなと。
- --以前から「違うものを合体させて書くのが好き」だと語られていますね。
- 伊坂さん死神とミュージックストアもそうですね。今回も魔女狩りとヒーローを結びつけたら面白いだろうなと思って。ただ、魔女狩りをそのまま書くと本当にファンタジーになってしまうので、人々が密告し合う状況の怖さを伝えるためには、ディテールを書いていかないといけなくて。そうやって根付かせて行く作業はしました。
- --ファンタジー的でありつつ、リアルに怖さを感じさせる…バランスが大事なんですね。
- 伊坂さんバランスはいつもすごく考えます。文章もそうで、難解なわけではなく、平易だけど少し独特な文章を目指したくなって、たんに読みやすいだけでなく、ちょっとニヤニヤできるバランスを探しますね。この前出した新作が阿部和重さんとの合作『キャプテンサンダーボルト』でしたけど、阿部さんも僕と似たような感じで、派手すぎず地味すぎずのバランスを考えるタイプで、初めて会った時に「僕たちはバランス派なんですよ!」と言い合って。だけど「『白樺派』とか、『内向の世代』という呼び方と違って、『バランス派』って名称は、いろいろ媚びてるみたいで、かっこう悪いなあ、という話になって」と(笑)。
- --なるほど(笑)。でも小説を書かれる上で、そのバランスを探っていくのが面白いと?
- 伊坂さんそうですね。昔、評論家の人に伊坂の小説は腹八分目と言われたんですけど、実際、そこが僕自身は好みなんですよね(笑)。
- --この作品は腹八分目どころか、前半から衝撃的ですね。地域の平和と安全のために国が作った「平和警察」によって普通の人たちが、自分では何も思い当たらないのに次々に連行されていく様が、本当に怖かったです。
- 伊坂さん第1部は正直、読むのがキツいと思います。僕自身が書いていてしんどかったですし、奥さんに読んでもらった時に「面白いけど、前半は憂鬱になる」と言われましたから、たぶん、みなさん暗い気持ちになるんでしょうね(苦笑)。といっても、肉体的にえぐいことは書いていないんですが。
- --だからこそ想像が膨らんで、「自分がもし、こんな立場になったらどうしよう」と思ったり。でも、警視庁の特別捜査官の真壁が登場する第2部で、ガラリと空気が変わりますね。
- 伊坂さん第1部で起こった事件を解決するために、仙台にやって来る真壁と、宮城県警の二瓶のコンビは、シャーロックホームズとワトソン、島田荘司さんの「御手洗潔シリーズ」の御手洗と石岡君みたいなのをそのままやろう、と思って。真壁には何かうんちくがあるといいなと思ったけれど、僕が今、詳しいのはポケモンか昆虫(笑)。ポケモンは、以前『マリアビートル』で機関車トーマスの大ファンのキャラクターを書いたので被るなと思い、昆虫にしました。
- --昆虫好きの真壁は、キレ者で掴みどころがないのに、不思議と親近感を覚える魅力的なキャラクターですね。
- 伊坂さん真壁は最初、ミュージシャンの斉藤和義さんみたいな風貌でイメージしていたんです。ただ、それだと事件を解決するまでにいろいろ問題があったので、途中からは特にイメージせずに書きました。もともと僕はキャラクターに思い入れがあるほうではなく、特にこの作品はそうですね。執筆中は登場人物たちを俯瞰している感じでしたし、誰が主要人物か分からないという意味では、本当の群像劇だと思っています。
- --『火星に住むつもりかい?』のタイトルは、デヴィッド・ボウイの名曲『LIFE ON MARS?』がもとになっているそうですね。
- 伊坂さん落ち込んだりした時に、よく聴いていた曲です。僕には好きなタイトルのパターンがあるらしく、それもやっぱり“組み合わせ”なんですね。『SOSの猿』も最初は『SOS』だけだったところ、締まりが悪いので猿を入れました。それに僕は、タイトルがないと書けないんですよ。今、次の小説に取りかかっていますが、タイトルが決まるまでは全然書けなかったですから。
- --タイトルから小説のイマジネーションが広がるのですね。
- 伊坂さん『アヒルと鴨のコインロッカー』などはまさにそうですね。最近はそうでもないですが、以前は「どんなタイトルだったら手に取ってもらえるかな」と考えて、そこから作っていきました。だけど『火星に住むつもりかい?』だと普通、宇宙に移住する話とかSFだと思いますよね…(苦笑)。
- --確かに(笑)、この意外性がたまりません。しかも第1部では次々に登場人物が出て来て事件が起こり、第2部は一転、別の側からの視点、第3部はある人の述懐で物語が進み、第4部は驚きのクライマックスという、構成にも驚かされました。とても1冊の小説とは思えない濃さです。
- 伊坂さんたぶん、こういう構造の娯楽小説はないと思うんですよ。今回はだから、こんな小説はなかったんじゃないか! という達成感があります。
- --最初から最後まで先が読めない展開ですが、小説を書く上で「社会的メッセージはない」とすれば、物語を決着させるために、どんなことを指針にされるのでしょうか。
- 伊坂さん この作品に関しては、しいて言えば「こんな状況になったら怖いし、大変だけど、火星に住むわけにはいかないよなあ」ということばっかり考えてしましたね。それは震災の時から思っていることで。「平和はいいですよね」くらいの気持ちはあるけれど、何が平和なのかは人によって違うだろうし、つまり正解がないですよね。正解がない中で、小説を結末付けるにあたっては、ベタじゃない終わり方にしたいなと。きれいごとってフィクションで書くとシラケてしまうんですよ。逆にシニカルにしすぎると読み手に届かなかったりする。だからといって、イヤな話というのは、よっぽどの才能がないとやらないほうがいいと思っていて。できれば、下がる話よりも1度上がるぐらいがシラケないのかなと。「シラケないくらいの、ほどほどに前向きな話を書く」というのは自分の中で、結構モチベーションになっています。昔はもっと切ないやり切れない話も書いていたんですけど、子どもが生まれて少し変わりましたね。子どもの未来が今より悪くなって欲しくないので。すごく平和な社会は想像ができないけれど、1度上がっているくらいの着地点を見つけるのが、僕は好きなんですね。
- --この作品の結末も受け取り方は人それぞれでしょうが、個人的には一筋の光を感じました。
- 伊坂さんそうだったら嬉しいですね。第1部もキツイだけではなく、その後は話がどんどんひっくり返るので、ぜひ挫折しないで読み進めてみて下さい。と言いつつ、今から目に浮かびますね…楽天ブックスで「憂鬱でした、途中で読むのを止めました」と書かれるのが(苦笑)。
- --やはりレビューは気になるものですか?
- 伊坂さん今はもう直接、詳しいことは読まないんですよね。落ち込むだけだから。あ、でも、楽天ブックスといえば昔、レビューを見た時に、もともと通販サイトだからか「綺麗に届きました。これから読むのが楽しみです」といった作品の内容ではなくサービスについてのレビューがあって、癒されました(笑)。今は違うのかもしれませんが。
- --そうでしたか(笑)。今回は読者同士で、いろいろ話ができそうな内容でもありますね。
- 伊坂さんどうでしょうかね。いずれにしても、自分が面白いと思うものを書くだけで、それがどう受け止められるかは正直、わからないので、祈るのみなんですよ。ただ、今回は、「みんな怒るかなあ…」という不安は大きいですけど(苦笑)。
- --今年は小説家デビュー15周年でもありますね。
- 伊坂さん15年もよくやってきたなって。この作品に関していえば、最初はちょっとシビアに感じるかもしれませんが、基本的には娯楽小説なので、楽しく読んでもらえたらと思います。僕にとっての小説は、架空の宇宙で、そこで自分が何を言いたいというより、「これを読んだから、まだもう少し大丈夫」みたいな気持ちになってもらえるのが理想なんですね。以前、ある著名な方の話で、子供の頃、『ローマの休日』の映画を見終わった時に真っ先に思ったのが、「よし、宿題をやろう!」だったんですって。何だか、それは一つの理想かな、と思います。僕もサラリーマンだった頃、映画を観終わって感動すると、「しょうがない、嫌だけど明日も会社に行くかあ」と思うことも多かったので。元気をもらう、のとはちょっと違うけれど、フィクションの役割って、そういうものかなと思うんですよ。
■「元気をもらう」というより、「1度くらい気持ちが上がる」小説が理想
【取材】 宇田夏苗
今週の本はこちら!!
抽選で伊坂幸太郎さんのサインが3名様にあたる!
- 内容紹介
- 密告。苛烈な取り調べ。公開処刑――暴走する公権力、救いのない世界で闘う、孤独なヒーロー。らしさ満載、破格の娯楽小説!! 最新書下ろし!