- 華恵さん (はなえ)
- 1991年、アメリカ生まれ。6歳の時から日本に住む。10歳からファッション誌でモデルとして活動。03年、短編映画「ハナとオジサン」で女優デビューし、TVCMや「ガチャガチャポン」(フジテレビ)などで活躍。03年、『小学生日記』(プレビジョン)を刊行し、その素直な感性と文章を高く評価される。06年1月から筆名・芸名をhanae*から華恵に変更し、『本を読むわたし』(筑摩書房)を刊行する。
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- 西加奈子さん (にし・かなこ)
- 1977年、テヘラン生まれ、カイロで小学生時代を過ごし、その後、大阪で育つ。関西大学法学部卒。2004年、『あおい』(小学館)でデビュー。05年2月刊行の長編小説『さくら』(小学館)が大ベストセラーに。06年には、『きいろいゾウ』、『絵本きいろいゾウ』(小学館)を刊行した。11月には、はじめて大阪を描いた『通天閣』(筑摩書房)を出版予定。
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- 松田哲夫さん (まつだ・てつお)
- 1947年、東京都生れ。70年、筑摩書房入社。『ちくま文学の森』『老人力』『世にも美しい数学入門』『包帯クラブ』などの話題作を編集し、「ちくま文庫」「ちくまプリマー新書」を創刊。86年、路上観察学会を結成し事務局長に。96年からTBS系テレビ「王様のブランチ」本のコーナーのコメンテーターに。01年(株)筑摩書房専務取締役に就任。03年、パブリッシングリンク社長に就任。 著書に、『「本」に恋して』(新潮社)、『編集狂時代』(新潮文庫)、『印刷に恋して』(晶文社)など。
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インタビュー

- −−華恵さんの、読書とそれにまつわる思い出を綴ったエッセイ『本を読むわたし』と、西さんの小説『きいろいゾウ』。どちらもするりと、心に忍び込んでくる魅力をもった作品ですね。西さんはその小説の中に出てきた絵本を、ご自身で作られたんですね。華恵さんは、西さんの絵を展覧会でご覧になったとか……。
- 華恵さんクレヨンの上にマニキュアで描いた絵なんですよね。どれもすごく印象的で、立体的で、いつまで見ていても飽きずに楽しかったです。 それで伺いたかったんですが、絵本は『きいろいゾウ』を書いたあとにできたんですか。小説を書いている時から、イメージがあったんですか? 絵本と小説のつながりが、すごく気になっているんです。
- 西さんイメージはね、最初にありました。一番最初に登場したのは、黄色い象と女の子がピラミッドに座って月を見ているシーン。それだけは、自分の中ではっきり絵が浮かんでいて。そのイメージが決まっていたから小説も書けたの。
- 松田さん西さんも、絵本が好き?
- 西さんほんとは小説を書く前から絵本が作りたくて。松田さんに相談にのっていただいてよかったです。……でも、華恵ちゃんの本を読んだら、ウチこんなに絵本のこと、覚えてないなって思って。だから、すごくうらやましかったの。なんで、こんな鮮明に小さい頃読んだ本のこと、覚えてるんやろって。
- 華恵さん私の場合は、覚えているというより、今もずっとそばに置いてあるから……。
- 西さん身近にあるっていいですよね。ウチはとっておくという意識がなくて。テヘランで生まれて、大阪に帰ってきて、小学校1年から5年までエジプトのカイロにいたけど、小さい頃のが今あったら、たぶん本を開けたときの匂いとかで、いろいろ思いだすんだろうなぁ。
- 松田さん華恵さんの場合には、最初にアメリカで英語の絵本を読んでいて、小学生になってから日本に来たから、強烈に印象に残っているのかもしれないね。
- 華恵さんそうですね。いろいろな人種や民族が住むニューヨークに居たので、さまざまな文化の絵本がありました。日本に来てからは、紙芝居に出会ったり、アメリカにはなかったような本もたくさんみつけました。西さんは、エシプトで読んだものって、日本のとはちがってましたか?
- 西さん現地の絵本は買ったことがなくて。ただ、日本にもあるやん、文字の練習帳っていうの? アラビア語の練習をするノート。アラビア文字や、ヨーロッパ風の色使いがカワイクて、そういうのを買ってきて、文字は練習しないけど、色塗ったりして……。
- 華恵さん現地で、カルチャーショックはなかったですか?
- 西さん私は日本に帰ってきたほうがカルチャーショック。物心ついた時はもう海外やったから、小学校時代イコールエジプト。だって遠足とか、ずっとピラミッドなんよ。今から考えたら贅沢やけど「あー、またピラミッド……」って。暑いし、砂まみれやし、イヤでしたね。で、一番最初に見た建造物がピラミッドとなると、日本に帰ってきて奈良の石舞台古墳とか見ても、みんなは「スゲー」とか言うてるんだけど、ひとり「え〜ショボ……」て。そういうのがあって、逆ショックというか、帰ってきたほうがショックだった。
- 松田さんショックといえば、華恵さんの本にでてくる『はせがわくんきらいや』という絵本。二人とも読んでいて、強烈な印象があったんだね。
- 華恵さん西さんが読まれてたっていうのを聞いてすごくうれしかった。「つながった……!」って思いました。自分と同じ年齢の友人と話していても、なかなか読んでる人がいないんです。でもこの本は自分の思い出と一緒に、私の中に強く残っているので、ずっと大切にしているんです。西さんは、どこで読まれたのですか。
- 西さんあんまり覚えていないんやけど、小学校か、幼稚園やったかもしれない。けっこう大阪の人、知ってる、ちがうかな……。 ぜんぜん年代がちがうのに読んでる絵本が一緒っていうのはうれしいよね。すごいインパクトがあったというのは、ウチも一緒。絵もすごいし、字もすごい。なにより「はせがわくんきらいや」ってハッキリ言って、それで終わるしね。
- 松田さん西さんは大阪、関西ですよね。この絵本は、森永ヒ素ミルク事件(★1955年、乳児用粉ミルクにヒ素が含まれ多数の乳児が死亡したり異常をきたした事件。西日本に被害が多かった)の被害者の話だから、やっぱり東京よりは読まれていたのかな。
- 西さん道徳の時間に読んだのかな……。でも、道徳の時間に読むような本じゃないね。勝手に自分が図書館とかで手にとって読んで、ドキッとかする本やな。
- 松田さん華恵さんはこの絵本を低学年の子供たちに読み聞かせしたんだね。本の中には、関西弁で苦労したってあったけど……。
- 華恵さんそうです。関西弁がすごく難しかったんです。テレビで聞いたようなイントネーションを自分なりに試行錯誤して、なんとか読んだんですが、ぜったいおかしいところがいっぱいあったと思う。でも、つっかえずに読むことが大事な本じゃないっていうのは感じていました。絵と文が一体になってすごく衝撃的だったので、低学年の子たちも、なにか感じてもらえるかなと思いました。
- 西さん小さい子が「かなしかった。でもおもしろかった」という感想を書いて、そして、華恵ちゃんは「ホントだね」って書いてるね。自分にもすごいインパクトがあったけれど、ほかの人の感想を聞いて「それだ!」って思う時がある。それを、自分より小さい子から言われると、ドキッとするよね……。
- 華恵さん上手い言葉を探していたけれども、ほんとうは簡単な言葉だったんだなって思いました。「かなしい」と「おもしろい」は矛盾しているんだけど、「それはありだな」って。
- 松田さん本は、いろんな読み方ができるのがいいんだと思う。特に絵本なんて、決まった読み方があるのではなく、いろいろちがうものを感じて、自分なりの読み方を探していく……みたいなね。華恵さんは、こんな具合に、自分がこれまで読んできた本のことを思い出して『本を読むわたし』に書いているわけだけれど、これって、もう一度、本を読み直すだけではなく、その当時の事や、周囲の人たちの事まで思い出せるよね。当時の感じ方や気持ちを、自分なりにもう一度、取り出しているわけだね。
- 華恵さんそうですね。どんな本でも、一冊読むと必ずそれに何かがついてきます。その本をもう一回読みかえすとその時の事も思い出すし、その時は気がつかなかった事にまで気がついたり。今の視点とその時の視点がちがう事を感じたりするのは、最近よく思うことです。
- 松田さん西さんも、昔読んだ本を読み返したりすることは多いの?
- そのほうが多いです。新しい本をどんどん読むよりは、昔のヤツを何回も読むタイプ。
- 松田さんたとえば、いま何冊かあげるとすると、なんていう本? 西さん版の『本を読むわたし』を書くとすると。
- 西さんほんまに「コトバの力」の衝撃を受けたのは、トニ・モリスンていうアメリカの黒人女性作家の作品で『青い眼がほしい』って本です。それをちょうど華恵ちゃんと同じ、15歳ぐらいの時に読んで。五感が全部、持っていかれたかと思うほど、スゴかった。ライブ行ったり、映画見たりするのって、それを見たいというだけではなくて、ドラッグじゃないけど、自分を全部持っていかれたいとか、我を忘れたいっていうのがあるやんか。本でもそういうことがあるんだって思った。 その衝撃が忘れられなくて、好きなコトバに線を引きまくって、セリフ覚えちゃうぐらい読んで。 最近のでは、神蔵美子さんて人の『たまもの』も、すごいパワーをもらった。コトバを専門にしている人じゃないんだけど。
- 松田さんトニ・モリスンは、ノーベル文学賞を受賞した女性黒人作家ですけど、なぜ、どこにそんなに強烈に共感したのかな。読んでいてツラクなかった?
- 西さんもちろん、環境もちがうし人種もちがうし、私は差別されることもない。主人公は自分のお父さんにレイプされてしまう女の子で、父親の子どもを宿す話なの。そんなんありえへん、想像もつかへん、感情移入なんてできるわけない。なのに、全部自分の話みたいに思えた。読んでてすごくツライけど、読んだあと、すごく美しい詩を読んだような……。コトバの力ですよね。好きなコトバにグルグルって丸がつけてあって、最近は、神蔵さんの本にも丸、つけて読んでる。
- 松田さん偶然ですが、『たまもの』はぼくが編集した本です。神蔵さんは写真家で、評論家の坪内祐三さんと一緒に暮らしてたんだけど、末井昭さんて人が好きになって、その人と暮らしちゃう。どちらも、ぼくは非常によく知っている人たち。その三角関係の当事者である本人が、写真と文章で記録しているんだね。それを見てくださいって言われた時は、困ったなぁ、絶対断ろうと思ったんだけど、ところが読んでいくうちに、すごく爽やかな気持ちになってくるのね。中の話はぜんぜん爽やかとは言い難いんだけど。それを西さんが書評を書いてくれたんだね。『たまもの』には、一生懸命伝えようとしている大事なものがあって、それが西さんにも伝わったのかなって思った。西さんが小説を書こうと思ったのには、そういう作品を読んできたというのがあったりするの?
- 西さんそうですね。でもまさか、トニ・モリスンを読んでいる時に、小説を書こうなんて思わなかった。それから10年後、25歳になって小説を書いたわけですけど。
- 華恵さん小説を書きたいと思われたきっかけは?
- 西さんうーん。ある日、突然ポーンと思ったというか。その頃は、書評なんかの原稿を書く仕事をしてたんだけど、ライターっていうのは、たとえば『きいろいゾウ』がどんなんやったか、花がどんな色やったかっていうのを書くやんか。でも小説は、花を作るところからはじめる。それがしたいな……て思って。書いてみっか、みたいな軽いノリで。
- 華恵さんこれも聞きたいと思っていたんですけど、小説って、何回も何回も、それこそ、自分でもわからなくなるぐらい、読みかえしたり直したりの繰り返しじゃないですか。そういうことを、面倒くさいとか大変だとか思わなかったですか?
- 西さんその先にあるタイヘンさとか、なんにも考えてなくて。ただミーハーで、作家ってカッコイイなって。いざ、自分が作家になってからも、2〜3冊目までは、ただただ楽しくって。それが最近やっと、こんなシンドイ仕事はない、覚悟せなって思ってきたところ。 だけど、華恵ちゃんは本のあとがきで、そういう「本を書きたい」って決意表明している。スゴイって思う。
- 華恵さん書いていると書き続けていたいと自然に思うし、いろんなことに気づくようになりました。それこそ、いくつか連載がはじまって、書くことに向き合う自分の生活も濃くなってくるじゃないですか。そういうことを感じると、もっともっと書き続けたいと思うし、読んでくれた人の感想を聞くと、すごく励みになる。もっと書きたいって思います。
- 西さん華恵ちゃんは、物を見る目が真っ直ぐ、……いや、真っ直ぐって簡単に言いたないな。イヤな意味での「こう書いたらこう思われるやろ」という意図がぜんぜん見えなくて、それがすごくステキやなって思ったの。 ポンて飛びこんでくる文章や、カッコ良く切られたコトバは、ウチにはすごく気持ちいい。これはなんなのかな。
- 華恵さん逆にそれこそ「これはこういうことです」っていうような、反省文や感想文みたいなものになりがちだったり、人のウケを狙いがちというか。小学校三年生の時の作文コンクールの文章は、そういうところがあって、今読みかえすと、「わー、クサイな、ザワザワするな」とか思って……。結局、本当のことって、反省したり、まとめられるようなものではないじゃないですか。本当のものを書きたいなって思います。むずかしいし、すぐできるわけじゃないですけど、何回も何回も、うんざりするほど直しながら……。
- 西さんそんなに、何回も直すの?
- 華恵さん校正を一日置いておいたりとか、しょっちゅうです。でないと、気持ち悪い文章のままになっちゃうから。
- 松田さん西さんは、文章にすごいリズムがあるね。勢いつけて、書く日には、ものすごい枚数を一気に書いちゃうみたいな。そういう書き方ですか?
- 西さんウチは書けへん時はぜんぜん書けへんの。一日何時間座って、というのができたらいいんやけど、それができひんから、書ける時にムッチャ書く。でも、夜書いたラブレターって、朝読んだら恥ずかしいという定説があるように、自分がウワーッてなってる時に書いたものを、テンションが変わってから読むと、逆にウワーッてなることがある。でも、ウチはそこ、直さへんようにしてる。なるべく、暗いところは暗い気持ちに正直にって。 推敲したり、直す作業はたいへんやと思うから、華恵ちゃん、すごいなと思う。そういうことができるのは、文章に対して真摯なんやね。
- 華恵さん西さんの本を読んでいると、会話じゃない部分につぶやきの言葉があったりしますね。そういうのって主人公になりきっていたりするところなんですか?
- 西さんなりきるというよりは、まったくウチとはちがうものを書いていると思ってんねんけど。ウチはウソは書かない、でもフィクションですっていうのがあって、それはどうちがうかというと、その時、自分がどう思っていたかという感情だけは、ぜったいに書いていこうと思ってるってこと。 あと、句読点も大切に思っています。これはウチの息継ぎやと思うから。華恵ちゃんの本を読んでも、華恵ちゃんがペンを折ってるところでは、ウチも「フッ」て息を吸うの。それを忠実にやっていくと、ウチが華恵ちゃんになったみたいになる。そういうことは、すごく意識して書いてるね。 句読点てムズカシイやん、自分のクセってあるやん。だから、それを直さないようにしてくれる編集者さんって、すごくありがたいなって思う。
- 松田さん句読点がないとへんになるところは指摘しますけど、読んでいて、リズムがちゃんとある人の場合には、任せます。作家の自然なリズムに身を任せるというか。それがあると、書いてる人も、読んでる人も気持ちがいい。自然に湧き出てくる音楽みたいなものかな。そういう意味では、ぜんぜん文体はちがうかもしれないけれども、二人ともたいへん音楽的な感じが、ベースにあるね。


- −−華恵さんはまだ15歳の学生さんで、学業もあれば、テレビやモデルのお仕事もされている。しかも、文章はじっくり書き込んでいるんですね。どんなふうに書いているのですか?
- 華恵さん一番最初に書く時は、いっぺんに書いたり、分けて書いたりいろいろですけれど、直す作業は時間をかけます。どうしても不安があちこち残るし、発表するということは怖い部分もあると感じていますから。ひとつの文章に対して、何日も何日もかけてしまいます。 テレビやモデルのお仕事は、その場に行ってその場で終わりますが、書くという事は、毎日のことです。それに、書く内容は、いつ自分の中に入ってくるかわからない。常に、書く自分と吸収する自分の両方がいて、最近はそれがいっしょに感じられるんですね。何を書こうかなと、身構えるのはすごくイヤなんです。暮らすことが書くこととつながっているのがいい感じ、でしょうか。
- −−書くという事を自分の中に抱えて暮らしているんですね。まとめたいと思っているテーマなどはありますか?
- 華恵さん 今やってる連載がとにかく楽しくて。最近は忙しくなって、以前つけていた日記もつける時間がほとんどなくなってしまったのですが、あったことをどこかに書くという意識を持つと、自分の生活を見る目もかわってきます。今はそれが、とにかく楽しいです。
- −−西さんはいかがですか?
- 西さんためようと思わないですけど、書きたいことはたまりますね。なんやろ、出てきたものをドンドン書いているという。
- 松田さんパソコンのウインドウをたくさん開いて、小説をいくつも同時に書いているって、角田光代さんがあきれてたけど(笑)。
- 西さん浮かんだヤツはとりあえず書いてってます。でも……それが進むかどうかわからんし、計画性はあんまりないんやけど。
- −−西さんの小説はもちろんですが、華恵さんの作品も、まるで小説を読んでるような気がします。
- 松田さん登場人物は実在の人だけど、華恵さんの中に居て、動いているっていう感じなんでしょう。
- 華恵さんもちろんエッセイだから、実在のことだから動かないという事はないし、それぞれの場面は、ドラマや映画のカメラ撮影みたいな視線で考えています。
- −−そうすると、最初に西さんがおっしゃってたように、そのシーンをよく覚えているなぁと思うんですよ。映画の1シーンのように、アメリカのおばあちゃんの家の風景が描写される。華恵ちゃんの中で、今もそのシーンが生きているんですね。
- 松田さん書き手によっては「私、わたし」って具合に、自分が先に出てくるものがあるけれど、華恵さんの場合には「私」は前面にでてこない。周囲の人や風景を良く見ていて、描写しているんだね。それがあるから西さんの小説と同じで、自然に「物語」になっている気がするんです。
- 西さん本の中の『卒業』って一編では、お母さんがおじいちゃんのくれたお寿司を食べるシーンで泣きそうになった……。それはすごく小説的な描き方で、それをしっかりと見ている「私」がいて。だから、本のタイトルが、すごくいいなって思った。「私が本を読む」では、絶対ちがうんよね。『本を読むわたし』という目線がきちんと貫かれているのが、スゴク好き、です。
- −−今日は楽しいお話を、ありがとうございました。









