- 金原ひとみさん (かねはら・ひとみ)
- 1983年、東京都生まれ。04年「蛇にピアス」(集英社)で芥川賞受賞。ほかに「アッシュベイビー」(同)「ハイドラ」(新潮社)「憂鬱たち」(文芸春秋)などがある。
インタビュー

- −−リズミカルなタイトルですね。
- 金原さん最初に「TRIP」と思いつきました。「TRIP」には「旅」という意味と「ラリる」という意味や、「刺激的な体験」という意味もあるので、すごくしっくりきたんです。けれど「TRIP」だけだと軽さがないので、何か後に付けようと思っていたときに、英語で「TRIP TRAP」が、日本語でいう「カランコロン」のような擬音に使われると知り、その語感がとても気に入りました。「TRAP」だと「旅に潜むわな」という意味も出せるので。
- −−旅は「ラリる」ものですか。
- 金原さん旅行中って、現実感がなくなって、夢の中にいるような感じがしませんか。日常生活から切り離され、普段と違う視点を持つ浮遊感が。(旅をテーマにとったのは)旅をしていると、普段は現れない人格や行動が、偶発的に出てくるということがよくあると思います。そういう多面的な部分や、旅をして人が変わっていく姿、旅の中で起こる人間の対立や和解などにひかれました。
- −−前半に収められた短編『女の過程』や『沼津』には、「マユ」という主人公が登場します。しかし後半の数編では、主人公の名前が出てきません。
- 金原さん自分が個人的なものでなくなっていく過程を表したつもりです。大人になるにつれ、自分が誰であるというアイデンティティーが、少しずつそぎ落とされていく過程があると思います。社会に出ることで、自分の名前や、自分はこういう職業であるとか、そういったものが肩書にしかならなくなっていく。個人的なものだった自分が、公共的なものになっていく中で、センシティブな側面をそぎ落とされてしまう。あらゆるアイデンティティー・クライシスを経て、女から人になっていくという、そういうところを意識して書きました。
- −−全編を通し、女性の主人公の同性に向ける視線の厳しさが印象的です。
- 金原さんよく言われます(笑)。女性は、ほかの女性をどうしても同一化して見ますよね。人によるのでしょうけれど、ある程度共通の認識として「あんた私の考えてること分かるよね?」みたいな視線のやり取りとか、そういうのは日常的にあると思います。自分ととても近しい存在だと思ってほかの女性を見ているので、そういう面で、自己批判に近いしんらつな視点を持って書いてしまうのだと思います。男性を書くときは、異物として、外部として書くので、相手を尊重した書き方ができるのですが。

- −−後半の短編『フリウリ』『夏旅』では主人公が母になり、母と子、妻と夫という家族の側面が描かれています。金原さんはデビュー以来「家族を描きたい」と意欲を見せていましたが。
- 金原さん自分が実生活で母という立場を得たことで、一つの視点を得たということはあると思います。娘側からの視点では描けなかった家族というテーマが、母側になったことで、許容できるようになった気がします。
- −−旅先で赤ちゃんの世話にほんろうされる様子など、実生活での育児の苦労が、作中ににじんで見えますね。
- 金原さん『蟹工船』ではありませんが、ああいう過酷な状況に置かれると、それを書かずにはいられないというのと、ちょっと近いのかもしれませんね。天性の母性を発揮して、(赤ちゃんが)かわいくてしょうがないという友人もいるのですが、私にとって赤ちゃん時代の育児は地獄でした。最近はもう可愛くて仕方ないという感じになっていますが。
- −−『夏旅』では、母であり妻であり女である主人公の姿が、湘南への旅を通して、多面的に描かれています。
- 金原さん『夏旅』で書きたかったのは、子どもといるときの自分、仕事をしてるときの自分、だんなといるときの自分、一人でいるときの自分、とどんどん細分化していって、いろいろな側面を持ち合わせつつ、それぞれの人格を確立していくという過程でした。すごく多面的であり、そのどれもがすごく偽物のような印象を与えるという、そういう女性の一つの姿ですね。
- −−今後の執筆のテーマは。
- 金原さん最近連載を始めたのですが、そちらは家族をテーマに、母親というものをドライな視点で書いていきたいと思っています。デビューするまでも、してからも、小説内にほとんど家族を介入させてきませんでした。『TRIP TRAP』には少し家族が出てきますが、これまで家族そのものについての言及をしてきませんでした。家族を書けるだけの家族に対する客観性を持っていなかったというのが、苦手意識になっていたと思いますが、少しずつ機が熟してきたのかなと思います。
- −−読者に一言。
- 金原さん09年に短編集を2冊出して、一つの「短編期」が終わったかなと思います。ちょうど長編へシフト変更しているところなので、そのあたりの変化も含め、読んでいただければうれしいです。

- ★オートフィクション的な話ですが、出産、育児まで描かれていて、物事の捉え方や考え方がとにかく好きです。友達になりたいなあっていつも思います。斬新な新作を求めている方はまたかって思ってしまうかも知れません。いつものスタイルの成長した金原さんです。わたしはそれが好きなんですが。















