
テレビドラマ『リング〜最終章〜』『らせん』では社会現象ともなった鬼気迫る亡霊「貞子」を。ドラマ『大奥』では3代将軍徳川家光の正室ながらも不仲が続いた薄倖の女性・鷹司孝子を。『救命病棟24時』では気の強い看護師・山城紗江子を。木村多江さんが演じるのは、ドラマが終わった後も記憶に長く残る印象的な役が多いのが特徴です。さまざまな役を演じてきた木村さんが、役を降りた素顔の自身を語ったエッセイ『かかと』。これまで知らなかった木村さんの新たな魅力が伝わる一冊です。

- 木村 多江さん (きむら・たえ)
- 1971年3月16日生まれ。初主演映画『ぐるりのこと。』で第32回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、ブルーリボン賞主演女優賞、高崎映画祭で最優秀主演女優賞を受賞。『ゼロの焦点』で第33回日本アカデミー賞優秀助演女優賞受賞など、テレビ、舞台、映画など幅広く活躍。最新主演映画『東京島』(篠崎誠監督)が2010年夏に公開予定。
インタビュー

- −−初のエッセイ『かかと』では「優雅できれいな女優さん」という印象が覆るようなさまざまなエピソードが率直に綴られていてビックリしました!実は下積み時代が長かった、というくだりがとても新鮮で…。
- 木村さん高校卒業〜24歳までは、テレビではなく舞台をずっとやっていたんです。アルバイトをしながら役者業に励んでいました。24歳からはテレビの仕事も始めたんですが、それでも27歳くらいまでは、断続的にですがアルバイトを続けていました。
- −−すみません。想像がつかないのですが(笑)、どんなアルバイトをされていたんですか?
- 木村さんパン屋さん、ホテルスタッフ、レストラン、コーヒーショップ、知育研究所など、いろんなアルバイトをしました。人を観察しているのが好きだったので接客業が多かったように思います。舞台が始まるとアルバイトはできないので、集中的にアルバイトをして、舞台をして、の繰り返しでしたね。
- −−二度とやりたくないアルバイトなどはありましたか?
- 木村さんアルバイトだとしても、そのアルバイトをいかに極めるかに真剣になれるタイプだったので、あまり辛いと思ったことはないんです。ホテルでのアルバイトでは、とても理解があって、うまくシフトを組んでくれて、役者業をとても応援してくださいましたし。ただ、ひとつだけ、とあるアルバイトをしている最中に、祖父が急になくなったことがあり、電話をしたら不機嫌そうに、店長に「じゃあ明日のバイトはどうすんの?」とだけ言われたことがあって。
- −−ひどいですね。
- 木村さん今思うと、たぶん店長も、何度もそういうウソをついて急に休まれた苦い経験があったのではと思い当たるのですが。そのときはもうパニックになってしまって、ガチャン!と電話を切ってしまい(笑)。その後、もう一度電話をして「そんな人の気持ちが分からないようなところではもう働けません!」と。

- −−タンカを切っちゃったんですか?
- 木村さんはい(笑)。
- −−オトコマエですね(笑)。
- 木村さん(笑)。でもその後、自分の荷物を取りに行かないといけなくてとても気まずかったですね。
- −−意外な素顔のひとつに「容姿へのコンプレックスが強くて、女優業を続けるにあたって目の整形まで考えた」と書かれてあり、これにもびっくりしました。切れ長で意思のあるその目が印象的なのに!
- 木村さんでも、コンプレックスって人によって違うものですよね。周りは気にならなくても自分はどうしてもイヤだったり。私は小さい頃から自分に自信がなくて、人前に出るのも注目されるのもイヤで…。エッセイでも少し触れましたが、事務所に入る前、フリーで女優をやっていた時代にお金で人に騙されたりしたこともあって、傷つくくらいなら人と関わらないほうがいいと思っていたんです。でも、みんなで一緒に作りあげていく、という芝居・舞台というものを通じて、自分の存在意義を感じることができるようになりました。自分の演技を評価してくれる仲間や、私の舞台を見て元気になってくれる人がいるんだということが分かり、私の居場所を見つけることができたというか…。テレビの仕事を始めた当初は、舞台と違い、シーンごとを切り取る撮影が続いたので、「名前も覚えてもらえないし、この役は、私でなくてもいいのでは?」と辛かったり不安だった時期もあったのですが、それでも「リング」で貞子を演じた頃ぐらいから、「芝居をみんなで作っていくことは舞台もテレビも同じ。そこの楽しみを見失わないようにしよう」と思えるようになって、とても楽になりました。
- −−女優として、女性としてさまざまな思いを積み重ねてこられたと思うのですが、今この時期にエッセイを書こうと思ったのはなぜですか?
- 木村さん3年くらい前から本を書いてみたい、と思っていました。辛かった時期も長かったのですが、そんな時期に私を支え、励まし、照らしてくださった方に恩返しがしたい、逆に今度は私が誰かを照らせるようになりたい、と思えるようになっていた頃です。だけど、語れるほど長く生きてもいないし、誇れる人生を歩んでいるわけでもないので、ダメな部分や失敗談を語ることで、今頑張っている方々に「大丈夫だよ」と心を緩めるきっかけにしてもらえればと思って、そういうエッセイを書いてみたい、と思いました。
- −−与える側になりたい、と思えるようになったのはなぜでしょう?
- 木村さん仕事のペースがある程度つかめてきたからだと思います。若い頃は自分を主観でしか見ることができなかったのですが、一人で立って一人でがんばっているつもりだったのが、実はいろいろな方々に支えてもらっていることが見えるぐらいには、自分も、自分を含めた周りも客観視できるようになってきたんだと思います。結婚や出産を経たことも、心にゆとりが生まれたきっかけのひとつだと思います。
- −−エッセイ中に、だんな様がお弁当を用意してくれることもある、というくだりがあり、とてもステキでした。家事や育児も積極的に手伝ってくださる方のようで本当にうらやましいです。
- 木村さん不規則な仕事なので、家族の協力なしではやってこれなかったと思います。仕事が終わって家に帰ると2時。でも3時ごろに子どもが起きて泣いちゃう。子どもの世話をしながら明日の用意をしてるうちに5時で、もう現場に出発しなければならないということもあり、子どもが生まれて1年目くらいまでは完徹することもしばしばでしたね。今でも山のような洗濯物を前にハァーっとため息をついたり、無理やりぎゅうぎゅうに洗濯機の中に詰め込んだり、バタバタしています(笑)。

- −−エッセイの中に「気が付くとベージュの下着ばかり…」と書いてあり、おかしかったです(笑)。
- 木村さん夢を壊したら申し訳ないのですが(笑)。仕事が女優だというだけで、普通の人間なんですよ。
- −−エッセイを書き終えた今、思うことは?
- 木村さん来年40歳でまさに人生の折り返し地点。これまでを振り返るいいきっかけになったとおもいます。そして改めて、ここから今度、何をしたいのか、どういう人になりたいのか、を考えることができました。
- −−改めて見えてきた今後の目標を教えてください。
- 木村さん周りから照らしてもらうのではなく、太陽のように誰かを照らして、元気にできる人間に成りたいと思います。なので、女優としては人を笑わせ、元気にできるコメディに挑戦したい。今まであまりやったことがないのでとても楽しみです。
- −−「“不幸が似合う女優”と呼ばれるのはいいが“不幸な女優”と呼ばないで。そこは略さないで欲しい」など、エッセイを読んでいて笑わせられることも多かったので、木村さんのコメディをぜひ見たいです!本日はありがとうございました。


- たおやかでしっとり、でも時々クスリと笑わせる名文
今まで知らなかった木村さんの素顔が垣間見えます
- 【1】冒頭からショッキングな告白!若い頃に騙された苦労をさらりと語ります
- 【2】舞台を続けていた下積み時代のアルバイト話。芝居を続けるための情熱があふれています
- 【3】夫との結婚生活、8ヶ月も入院を余儀なくされた妊娠・出産など、プライベートな裏話も満載。
