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| 死刑か、無期か、はたまた無罪か!あなたはどう判決を下す?超リアルな裁判問題集 |
| 『裁判長!おもいっきり悩んでもいいすか』 1,300円(税込) |
| 小説よりもワイドショーよりもリアルでスリリングな人生ドラマ。ナマの法廷はこんなに面白い |
『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』 |
| 傍聴ブームという社会現象まで起こしたベストセラー「裁判長!ここは懲役4年でどうすか」待望の続篇 |
『裁判長!これで執行猶予は甘くないすか』 |
| 生の法廷ドラマが対に漫画化! |
マンガ版『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』 |
| 雑誌『ダ・ヴィンチ』で創刊当初から続く人気連載から厳選14本を収録! |
『ほんわか! 本についてわからないこと、ねほりはほり!』 |
| 超能力セミナー講師、タイの日本人カモリ屋。知られざる“仕事師”たちの実態 |
『危ないお仕事!』 |
| 「金返せ!」「好きでした!」いえなかったあんなことこんなこと、言ってみよう! |
『キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるか』 |
| 馴染みのない駅で降り、あるアパートの一室を“男の隠れ家”として借りることにした |
『男の隠れ家を持ってみた』 |
| 興信所、野球賭博師、寺院売買のコーディネーター・・・怪しいお仕事の実態に迫る |
『怪しいお仕事!』 |
−−去る5月21日、裁判員制度が施行されました。『裁判長!』シリーズを書かれるなど、裁判ツウとして知られていますが、この本を作ろうと思ったきっかけとは?
北尾さん 僕が裁判の傍聴を始めたのは7年以上前で、最初はメディアでも報道されないような小さな事件を好んで見て、それを笑いというコロモで包んで記事にしていたんです。でも裁判員制度が施行されると決まってから、対象になりそうな大事件、つまり人の死に関わる事件を見ておこうと思い始めて。それで実際に傍聴し始めたら、笑えないんですよ。自分が裁判員になったら…という視点で見るから全然笑えない。何より、裁判員になったら刑を決めないといけない。でも法律も、判例も知らない自分が、何を根拠に結論が出せるのかと。小さな事件であれば、自分の身に置きかえて考えることもできますが、大事件や殺人となると、そうはいかないから、余計にわけがわからなくなる。「自分が同じ立場だったら…」という発想には限界があるんですね。何か参考書になる本がないかと探したら、ないんですよ。それで本を作ろうと思った。ただ、今回は1人では無理なので、裁判を傍聴していい弁護士さんだと思っていた、村木一郎さんにお願いしました。 −−村木さんが出す裁判員が扱うであろう事件について、北尾さんが考えて、答えを出す形で書かれていますが、それぞれの事件がリアルに感じられて、とても興味深かったです。 北尾さん おそらく村木さんがこれまで関わった事件をアレンジしたものが多いと思いますね。 −−お二人のやりとりはどのようにされたのですか? 北尾さん たとえば「放火」がテーマだとしたら、村木さんからその問題が送られてくる。それを読み、それに関する解説や自分の体験を書く中で、疑問点が出てくる。そこは読者もわからないはずだから、これを問題にしましょうと村木さんに伝えて、アイデアをいただいて…と繰り返しながら、誰でも問題に入っていける形にしました。その間は正直に自分の意見を出せるようにお互いに会わないと決めて。本当に一対一、メールだけのやりとりで作っていきましたね。 −−実際に読んでみると、法律、裁判の仕組みなどが本当にわかりやすく解説されていて、自然に裁判員のつもりになって考えることができました。 北尾さん この手の本の中では抜群にわかりやすいと思います。最初の事件はそれほど重くないですし。ただ、村木さんが意外に早く殺人事件の問題を出してこられたので、それからは難しかったですね。村木さんに「もっと手頃な事件はないですか」と言ったら(笑)、「難しい事件に対して心配している人が多いはずだから、なるべく早くそこにいきたい」と。確かに、人の死に関わる事件を扱うのが不安だから、裁判員になりたくないと思うんですね。 −−北尾さんご自身が一番悩んだ問題とは?
北尾さん 死刑求刑事件ですね。余程の確信がないかぎり死刑とはいえない。もし自分が死刑判決にしたくないと思っても、社会の代表として裁判に出ている責任もあるわけで。死刑求刑事件として出されたひとつ目は、暴力団員2人が現金を奪うために農家に押し入り、老夫婦を刺した後、証拠隠ぺいのために放火した事件ですが、2人でやったからということに逃げて結論づけてしまった気がします。結論を出すまですごく悩んで、1週間以上考えました。 −−想定問題集を作るにあたり、気をつけたことはありますか? 北尾さん 村木さんとは教科書的ではなく、読んだ方に自由に考えてもらえるようにしようと話しました。村木さんは弁護士であり、僕はただの傍聴好きなので。だから一応答えは出すけれど、ここに書かれていることが正解ではないんです。読んだ方に「これは甘い」と言ってもらって構わないですし、そうやって自由に考えていただけたらと思っています。 −−裁判員制度が施行されると聞いた時、どう感じられましたか? 北尾さん 最初はいやだし、面倒くさいなあと。でも裁判を見ていくうちに、今のままでは良くないと感じるようになりました。判決が出るまでのスピードにしても、遅いなんてもんじゃない。裁判官は1人当たり100以上の案件を抱えていると言われていて、それをこなすので精一杯。一つひとつの案件をじっくり考える時間がない中で判決を出すには、検察官が提示する証拠書類を信用するスタンスでやらざるを得ない。それが調書裁判といわれる由来です。こうしたやり方が冤罪のもとになりかねない。検察と弁護人のやりとりも、談合に近い感じですね。ほかにも理由はありますが、こんな状態が続いているのはまずいなと。裁判員制度をはじめ、司法改革でシステムが変わって、良くなればいいなと思います。ただ、ルールの細かい部分には納得できないところもあるので、消極的賛成というスタンスですね。 −−この本を読んで裁判への興味がわいてきたのですが、傍聴はしたほうがいいですか? 北尾さん 裁判所にはぜひ行って欲しいですね。特に裁判員をやるなら、事前に一度は足を運んでおくべきだと思います。ビビらずに法廷で座っていられるようにしておかないと、特殊な雰囲気にのまれますから。場の空気にのまれた上に、裁判員という責務にのまれたら、まともな判断なんてできない。そうなると、多くの人はメモをとることに走ると思うんです。僕はそれがいやなんですよ。傍聴席の人に見られて、被告人が目の前にいるプレッシャーの中ではメモをとるのが一番楽なので。でもメモなんてプロの人がとっているから、あとで見ればいいんです。その人がどの程度信用できるかは実際に言葉を聞いて、表情を見て、それこそ五感を使って感じないとわからない。見ても間違えることがあるわけですから。法廷できちんと被告人を見ておかないと、他の裁判員たちと意見を出し合い、結論を出す評議の場で困ると思うんです。 −−評議と聞くと、日本人は苦手なのではと思ってしまうのですが。他の裁判員の顔色を見ながら意見をいったりしないのかなと。
北尾さん やってみないとわかりませんが、おそらく大丈夫だと僕は思いますね。なぜ日本人が人に合わせるかといえば、人間関係が円滑になって、自分が楽だから。人と論争するのが嫌いだというより、平和でいたい、楽でいるのが好きだし、日常が忙しいから、争ってなんかいられないんですよ。だから裁判員になっても、終わったら元の生活に戻りたい。そのためには後で「ああ言えば良かった」などと引きずらないために、今、ここで突っ込まれてもいいから自分の意見を曲げずにいようとするんじゃないか。ベストは尽くしたと納得できれば、悔やむことはないはずなので。そうやって考えていくと、きちんと議論が成立すると思いますね。 僕自身も引きずるのはいやですからね。守秘義務もあるので誰にも言えないですし。自分に正直でなかったことを引きずらないようにしないと鬱になったりするので、そのあたりのケアも必要になってくるでしょうね。あと思うのは、少なくとも3日ぐらい一緒にいるので、裁判員の1人か2人とはメールアドレスを交換したり、同窓会をやったりしますよ、きっと(笑)。 −−北尾さんが自分なりの判決を出すまでの過程を読んで、裁判員になるというのは、被告人、被害者といったいろいろな人間の立場で考える作業なのだと感じました。自分が犯罪者になったら…とは、あまり考えないものですからね。 北尾さん 傍聴を始めた頃は、僕も知らずしらずのうちに検察側に傾いている感じでした。それに気づいてから、自分が被告人の立場だったら…と想像するようになった。それでようやく、検察、被告のどちらにも傾かず、バランスがとれるのだと実感しています。 この本では死刑求刑事件など、シビアな問題も取り上げていますが、裁判員制度裁判では、死刑を争うのはほんの一部だと思います。とはいえ、裁判員になった時、後悔を残さないためにも、この本のような活字とか、裁判所に足を運ぶなど、何かの形でシュミレーションしておいたほうがいいと思うんですよ。裁判所に行き慣れているはずの僕もずいぶん悩みましたから。村木さんにも「北尾さんがあまりに悩むので驚いた」と言われましたから。それでこういうタイトルになった。そういう意味で、今までで一番まじめに作った本ですね(笑)。 −−この本を片手に、ぜひ一度傍聴に行ってみようと思います。ありがとうございました!
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