−−まず、「ワークライフバランス」という言葉の定義を教えてください!
小室さん 「ワークライフバランス」というと、文字通り仕事とプライベートの比重をどうするかという話のように捉えられがちですが、実はちょっと違います。
「ワーク」と「ライフ」は、家庭を重視すれば仕事を軽んじることになる、というようなトレードオフの関係ではないんです。むしろ、充実したライフを送ることで仕事のアイディアがわき、スキルが身につき、人脈ができ、結果としてワークの質と効率が高まるという相乗効果がある関係なんですよ。つまり、ワークとライフを切り分けてそのバランスをどうするかという話ではなく、双方をうまく調和して、相乗効果を出すことが「ワークライフバランス」なんです。
−−小室さん初の著書である『ワークライフバランス −考え方と導入法−』は、どんな方に、どんなふうに読んでもらいたいですか?
小室さん 企業の人事部の方に向けた実用書とてして作りました。「ワークライフバランス」という概念は、まだなかなか企業に浸透していないのが現状です。そういった周囲の理解が得られないまま孤軍奮闘で疲れ果てている担当部署の方を見て、「ワークライフバランスは経営にとって緊急の課題」ということをデータで示すことで、自信を持って取り組んでいただけるよう支援したかったのです。
−−一般の方にも大変ためになる本だと思いますが。
小室さん そうですね。特に「自分が間違っているのでは?」と思い悩んでいる若手ビジネスパーソンに読んでほしいですね。
「自分が育児休業制度を使うことが周囲に迷惑なのではないか」と悩んで1歩踏み出せない男性や、職場復帰したものの短時間勤務などで職場で肩身が狭くなっている女性たちに、今、なぜ企業にとっても社員のワークライフバランスが重要なのか客観的なデータを提示することで、自信を持ってほしいという思いがあります。
−−「ワークライフバランスを実践している会社こそが伸びる会社」だという、顕著な事例があればお聞かせください。
小室さん 実は、ここ数年でV字回復をしている企業のほとんどが、何らかの形でワークライフバランスに取り組んでいるんですよ。残業の削減に成功し、毎年多額の利益が出た企業さんもありました。また、本でも事例を紹介していますが、松下電器産業さんは、相当前から戦略的にワークライフバランスを実践しています。その結果、女性がどの職場でも一定の割合で普通に働いている状態になっています。近年の松下電器さんのヒット商品の多さを支えているのは、全社的に取り組まれているワークライフバランスだと思いますね。
−−2005年に「次世代法」が施行され、301人以上の規模の会社は育児休業などの行動計画の策定が義務付けられましたが、その効果についてはどう思われますか?
小室さん 大変効果があったと思います。従業員301人以上の適用企業がまず取り組んだことにより、採用の場面で変化が出てきました。少子化の影響で採用が難しくなる一方ということもあり、企業は育児休業を取りやすいことなど、次世代法で提出した行動計画の内容をアピールするようになったのです。これで中小企業も社員の働きやすさに向き合わざるを得ない状況になってきました。しかし、実は育児休業の取得率は、従業員1名〜100名までの企業も非常に高いというデータがあります。
−−それは意外なデータですね。
小室さん 小さい企業は融通がきくし、1人ひとりの社員が大切なんです。それに、ブランド力がない小さい企業は、採用に必死です。採用費は前年比2割増しなのに、8割しか人がとれないのが現実です。また、一般に、社員が出産・育児などで辞めた場合、それまでかかった育成コストを計算すると、平均して400万〜1000万円になります。それに対して、育児休業を提供するためにかかるコストはほとんどありません。育児休業中は社会保険料も国から免除されますから「ワークライフバランス」にお金がかかるというのは思い込みなんです。むしろ、育児休業制度を社員が利用できなくて辞めてしまったら、それまでにかけた400〜1000万の採用費・育成費がすべて無駄になるという観点を持つことが大切でしょう。これまでは、企業として過去にかかったお金に対して無頓着すぎたと言えます。
−−経営戦略としても、育児休業制度は価値があるわけですね?
小室さん 組織であれば、育児という理由だけではなく、異動や退職で常日頃から人は抜けていくのですから、育児休業だけをネガティブに思うのはもったいないですね。マネジメント次第では、プラスにもなるんですよ。例えば、当社でも私の右腕の非常に優秀な女性社員が今年の4月に子どもを産み休業に入りました。もちろん、当初は抜けた穴は大きかったですよ。でも、あっという間に下にいた若手社員が驚異的に育ち、問題なく仕事をこなすようになりました。人が抜けたことで、若手が予想以上に育ったのです。育児休業があけてその女性社員が休業から戻ってきたら、もう同じ仕事に戻すのではなく、さらにワンランク上の仕事を頼もうと思っています。
内閣府の「管理職への意識調査」のデータでも、「育児休業を部下がとることにより仕事の見直しがはかれるし、下が育つことを痛感した」という肯定的な意見のほうが否定的な意見よりも多いのです。管理職自身が、まずポジティブに捉えることが必要です。
−−日本の社会全体として、今後、ワークライフバランスの問題にどのように取り組んでいけばよいと思われますか?
小室さん 実は、もう1つの2007年問題というのがあるのをご存知ですか? 2007年に大量に退職した団塊の世代ですが、それがあと15年後には、75歳、つまり要介護になりやすい世代に入ってきます。一斉に要介護者が増えれば、15年後の組織においては介護休業者が激増するということです。
しかも、共働きや1人っ子も多い現代、誰もが親の介護にあたる確率が非常に高いのです。あと15年後には、誰もが育児・介護・メンタルなどの理由で、一生のキャリアのうちに1度は働き方に制約を受ける時期があるという状態になるんですね。つまりすべての人にとってワークライフバランスが必要ですし、明日はわが身なのです。企業もまずは目の前にいる育児休業者にしっかりと対応することで、来るべき多様化の時代に備えて練習しておくべきなのです。
そのために、今後のマネジメント層に求められるものも変わってきました。これから様々な多様性を受容していくには、個々人の事情に耳を傾けるコミュニケーション能力が不可欠です。マネジメント層の意識改革が急務ですね。
−−少子化問題を解決する策として、「父親の育児」にスポットが当たっている状況ですが。
小室さん 現代では、教育費の負担も重く、平均的な男性1人の収入では1人しか子どもが育てられません。私たちの親の時代は男性1人の収入で子供を3人育てることができたのですが、時代背景が変わったのです。さらに、妻が仮に育児で1度仕事を辞めてしまい数年後に再就職してパートについた場合の生涯賃金と、育児休業を取得して復帰し正社員で勤めあげた場合の生涯賃金の差額が、5千万〜2億円も違うのです。
つまり「男性1人が働いて家計を背負い、育児は妻のみに任せる」という方法は、親世代の経済背景にはフィットしていましたが、経済背景が激変した現代は、「夫婦2人で働き収入を安定させながら、育児・家事も協力して行う」という方向に家庭のありかたそのものを変えたほうが、メリットが多いんですよ。父親がきちんと育児参画することで、母親も安定して仕事を続けることができれば、2人以上を養うだけの家計のゆとりも、精神的なゆとりも生まれます。
−−企業側の意識改革も早急の課題ですね。
小室さん 仕事を短い時間で終えるというモチベーションが働かないと、人件費がかさみ、企業にとっては損失になります。弊社がコンサルティングしたある企業のデータによると、残業が多い人が住宅ローンを抱えている割合が非常に高く、残業代のために長時間労働をしているという実態が浮き彫りになっています。また、私生活が充実していないことでアイディアも人脈も空になってしまい、そのせいで仕事がはかどらないからいつまでも会社に居残るという人も多いでしょう。
日本は、先進国中最多の残業時間なのに、労働生産性は19位と先進国の中で最低です。経営者は自分の会社の仕事の効率を1度検証するべきだと思いますね。
−−小室さんは、小さいお子さんの子育てをしながら会社を経営されていますが、ご自身のワークライフバランスはいかがですか?
小室さん 保育園のお迎えがあるので、必ず18時には仕事を終えているんですよ! 社員を信じて、育てて仕事を任せるようにしています。常に、自分がいなくても仕事が回るかどうかを考えて、責任ある仕事を任せていけば人は育ちますし、情報をオープンにして抱え込まないようにしています。
−−それは、素晴らしいですね。小室さんご自身が、ワークライフバランスを上手に保つための秘訣は?
小室さん 私は現在、「経営者として、母親として、プレゼン講座の講師として、商品企画チームのマーケターとして」と4つの顔を持っています。
それぞれの活動からアイディアが4つ入るので、相乗効果で4分の1の効率で仕事が終わるんです。プレゼン講座で教えてきた生徒たちは、電話1本ですぐにベビーシッターをしてくれますし、人的にもアイディア的にもいつも引き出しがいっぱいで困らないんです。
2足どころか、4足のわらじ(笑)をはいて、知り合った人との縁を活かすことが秘訣ですね。
−−ご主人の協力体制はいかがでしょう?
小室さん 夫は職業柄、帰宅が深夜になることが多いんです。でも、子どもができる前は朝8時に起きていたところを、現在は2時間早い6時に起きることによって、朝、家事・育児をやってくれています。毎朝朝食を作ってくれるんですよ。私は夕方の家事・育児をやっているので大体負担は同じぐらいです。
「夫が夜遅く帰ってくる」という人も、あきらめることはないんです(笑)。朝型にすれば大丈夫。子どもが生まれる前は、料理などしたことがなかった夫ですが、現在は夫が作った朝ごはんはとてもおいしく、土日も3食作ってくれるんです。家事・育児を指示してやってもらうのではなく、互いに褒めあって才能を育てるのが基本ですね。
−−ワークライフバランスについて悩める女性に対してメッセージをお願いします。
小室さん 「男性に育児や家事を任せる」時、どうしても罪悪感を感じることがありますよね。ただでさえ忙しい夫に、育児までさせたら疲れてしまうんじゃないか、なんて心配になります。しかし実は、日常的に家事・育児に携わっている男性のほうが、めったに家事・育児をしない男性よりも、育児の負担感が少ないというデータがあるんですよ。意外ですよね。
これはつまり、土日の限定的な時間だけでなく毎日主体的に育児にかかわることにより子どもがなつき、また成長していく様子を見られる喜びで負担感が相殺されたり、家事・育児に熟練してこなすのが楽になったりという効果が出てくるからなんですね。
夫にとっても、家事・育児をしなければ、将来家庭に居場所がなくなってしまいます。そのことのほうが、パートナーにとって不幸ですよね。私はいつも「この人の幸せのために!」と思って、家事も育児も任せているんですよ(笑)。
コツは、おむつ替えなどの作業だけ切り出して任せるのではなく、家庭のきりもりという壮大なプロジェクトの全容を知らせて、信じて任せることが大事です。私たちが、職場で切り取られた事務的作業の仕事をもらうとモチベーションがわかないのと一緒です。でも、この作業の意味やプロジェクトの全容とゴール、夢などを熱く語られてから「信じてるから、頼むよ!」と仕事を渡されたら頑張っちゃいますよね。それと一緒なんです。
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小室さんはとても美しくお洒落な方で、ネイルの手入れもバッチリ!
でも、携帯電話の待ち受け画面にはお子さんの写真がしっかりとあり、チラリとママの顔ものぞかせました。
複数のことを同時にやることで、どれも実現できるようになるという小室さんの言葉が印象的でした。私も、幾つもの顔を持ち輝いていきたい、と勇気づけられました。
【インタビュー 常山あかね】
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