- 熊谷達也さん (くまがい・たつや)
- 1958年、宮城県仙台市生まれ。東京電機大学理工学部数理学科卒業。中学校教諭、保険代理店経営を経て、1997年、『ウエンカムイの爪』(集英社文庫)で第10回小説すばる新人賞を受賞。2000年には『漂泊の牙』(集英社文庫)で第19回新田次郎文学賞を、2004年には『邂逅の森』(文藝春秋)で第131回直木賞と第17回山本周五郎賞をダブル受賞。東北の風土に根ざした独自の作風に注目が集まっている。他の著書に『まほろばの疾風』(集英社文庫)、『迎え火の山』(講談社文庫)、『山背郷』(集英社)、『マイ・ホームタウン』(小学館)、『相剋の森』(集英社)がある。
インタビュー
- −−直木賞と山本賞をダブル受賞した『邂逅の森』は大正から昭和にかけて東北の山に生きたマタギが主人公でしたが、受賞第1作の『荒蝦夷』は奈良時代の蝦夷(エミシ)を描いた歴史小説ですね。
- 熊谷さん蝦夷は大和朝廷が侵出する以前から東北に暮らしていた人々です。縄文系の伝統を受け継ぐ、まあ、東北の先住民といっていい。隼人(ハヤト)とか熊襲(クマソ)とか、西日本にも大和朝廷に抵抗した先住民がいたわけですが、その東北の例ですね。大和朝廷が全国を制圧するなかで、蝦夷は38年にわたって抵抗を続けた。大和朝廷も蝦夷の制圧にそれだけ手を焼いたわけです。歴史学者はこの戦いを「三十八年戦争」なんて呼んだりします。
抵抗運動のリーダーで有名なのはなんといっても阿弖流為(アテルイ)でしょう。征夷大将軍坂上田村麻呂と死闘を繰り広げて大和朝廷を苦しめましたが、最後には投降。はるばる現在の大阪府まで連行されて、そこで延暦21(802)年に処刑されました。『荒蝦夷』の主人公はこの阿弖流為に先立って大和朝廷に戦いを挑んだ伊治公呰麻呂が主人公です。 - −−どんな人物なのですか。
- 熊谷さん実在の人物なのですが、ほとんど実像がわかっていません。最初は大和朝廷側に立って戦った。功績あって伊治郡(現在の宮城県北部)の郡領となりましたが、 宝亀11(780)年、反乱を起こす。大和朝廷の東北における基地だった国府多賀城(現在の宮城県多賀城市にあった城柵)を焼き討ちしています。この呰麻呂の乱を きっかけに大和朝廷と蝦夷との戦いは本格化しました。
ところが、この蜂起の記述をさいごに、呰麻呂の名は歴史から消えます。生年はおろか、反乱後どのように生き、 そして死んだのかもわかっていない。なにしろ想像力を刺激してくれる人物です。それだけ奔放に物語を展開できる。『荒蝦夷』ではこの呰麻呂を阿弖流為の父親だったという設定にしてみました。 - −−熊谷さんにとって、古代蝦夷の物語はこれが2作目となりますね。
- 熊谷さんそうですね。1作目は2000年に発表した『まほろばの疾風(かぜ)』(集英社文庫)です。こちらの主人公は阿弖流為でした。やはり呰麻呂を阿弖流為の 父として登場させているのですが、執筆中にどんどん呰麻呂が気になってきた。
今度は呰麻呂を主人公に阿弖流為の前の世代の物語を書いてみようと思っていた矢先に、 「東北学」を提唱する民俗学者の赤坂憲雄さん(東北芸術工科大学東北文化研究センター所長)が責任編集をされている『別冊東北学』(同センター発行・作品社発売) から連載の話があって書き始めました。 - −−蝦夷に惹かれるのはなぜですか。
- 熊谷さんなんといっても故郷が舞台ですからね。彼らが活躍したのは、僕が生まれ育った宮城県北部から、おとなりの岩手県南部にかけてなんです。いわば、故郷の英 雄なんですよ。とはいえ、小説家としてデビューするまで彼らの名前すら知らなかった。なにせがちがちの理系少年として育ったから、歴史なんて大の苦手でした。それ なのにどういうわけか東北の歴史や風土をテーマに小説を書くようになった。そうすると、いろいろな資料に彼らの名前が登場するわけです。
「こいつらいったい誰だ」 と思って調べてみたら、ものすごいことをやっている。郷土の英雄といっても、学校の教科書に出てくるような全国区の英雄ではありません。郷土史家や歴史学者が知っ ていたくらいのものです。僕も「こんなすごいやつらがいたなんて学校では教えてくれなかったぞ」とびっくりしました。わが故郷はこんな誇るべき歴史を持っていたの かとおどろいた。阿弖流為はここ10年ほど再評価が進んで、東北人ならほとんど知っているくらい有名になりました。
だけど、呰麻呂は地元でもまだまだ知られていない。 大和朝廷の城柵を焼き討ちするなんて、すごいことをやったのにね。東北、特に僕の地元の宮城県の人たちは「もっと呰麻呂を知るべきだ!」というのがまず今回はあります(笑)。 - −−『まほろばの疾風』はちょっと青春冒険小説的なところがありましたが、 今回の『荒蝦夷』はかなりダークな場面が多いですね。戦闘シーンにしてもそうですが、「死」にまつわる描写がリアルです。
- 熊谷さんええ。僕の作品にしてはめずらしく、蝦夷たちにかなり無茶なことをやらせています。残酷と捉える読者もいるかもしれません。これは意識して書きました。 というのは、生命の価値が現代と古代では違ったはずだと気がついたからなんです。平安京には死体がごろごろしていたなんて記録がある。あるいは奴婢となった捕虜の 扱いにしてもかなりひどい。牛馬以下です。どうも人間の生命の価値とか重さが現代とはまったく違う。
それはそうですよね。現在のように医学が発達していたわけでは ないのですから、当たり前のように目の前に死体がある。そんな社会においては当然でしょう。逆に、現代の僕らのヒューマニズムをもって彼らの時代を描くのは間違い かもしれない。『まほろばの疾風』の登場人物たちは現代人と同じヒューマニズムによって行動しています。けれども『荒蝦夷』はその壁を突き抜けてやろうと思いまし た。今までの僕の読者にはちょっと意外な血なまぐささかもしれませんが、今回はそこまで書こう、と。 - −−麻呂がクマを殺して神に捧げるシーンがありますが、もしかするとマタギを描いた『邂逅の森』や『相剋の森』とも繋がる世界なのでは。
- 熊谷さんたとえば生命の問題にしてもマタギから学んだものはたくさんあります。人間は、動物や自然、あるいは他の人間と生命のやり取りをして生きる。これを僕ら 現代人は意識しないまま生きている。マタギたちの世界には、いまだにこの身体感覚がかろうじてではあるけれど残っています。そこから信仰や倫理が生まれる。僕の中 では、確かに古代蝦夷と現代のマタギが繋がっています。東北の森でいかに生きるかを考えれば、実際、どこかで系譜が繋がっていてもおかしくありません。
- −−古代東北の物語はこれからも書き続けられるのですか。
- 熊谷さんそのつもりです。知れば知るほど豊かな物語が眠っていますから。ただ、僕の蝦夷観は『荒蝦夷』を書くことによって変化しました。三内丸山遺跡の発掘をきっ かけとした縄文ブームの影響もあって、その系譜を引く古代蝦夷は自然と共に生きたある種の理想郷の住人みたいに語られるようになった。対する大和朝廷は理想郷の侵 略者です。この歴史認識そのものは間違ってはいないと思うのですが、だからといって蝦夷が善で大和朝廷は悪なのか。蝦夷は結局は敗北します。歴史の表舞台から消え た。この敗北にはそれなりの理由があったのではないか。負けた側には負けるだけの事情がきっとあった。また、大和朝廷側にも侵略せざるをえない事情があったはずで す。蝦夷を善、大和朝廷を悪とするのではなく、その背景にあるなにものかに足を踏み入れたいですね。
- −−今後のご予定はいかがですか。
- 熊谷さん「小説すばる」に連載したシャチの物語『モビィ・ドール』が1月に集英社から出ます。これは自然と人間の関係をマタギを通して描いた『相剋の森』の海洋 版といってもいいかな。
それから『荒蝦夷』とほぼ同時にはじめてのエッセー集『山背の里から―杜の都でひとり言―』が、これは小学館から出ます。こちらはデビュー 以来7年間、いろいろなところに書いたエッセーをまとめました。地元紙やタウン誌に書いたエッセーもたくさん入っています。東北は仙台で、こんな毎日を送りながら 小説を書いているんだ、こんなことを考えているんだとわかってもらえるかも。ダークなところはまったくありません(笑)。熊谷達也ってこんな男なんだって思ってもらえればうれしいですね。
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