- 北沢杏子さん (きたざわ・きょうこ)
- 1965年から性教育を中心とする研究、著述、海外取材、講演、評論活動を展開。全国の小、中、高校、大学の要請による公開授業やゼミを行なうと共に、200余点の性教育・エイズ教育・乱用薬物防止・性暴力被害防止・環境教育などの教育教材を制作。文部大臣賞、教育映画祭最優秀賞・人権賞などを受賞している。アーニ出版の全作品の脚本・演出・監修。著・訳書は70冊を超えた。アーニ出版共同代表、「性を語る会」代表、医学ジャーナリスト協会会員、国連人口基金および国際協力事業団のリプロダクティブヘルス/ライツIEC(インフォーメーション・エデュケーション・コミュニケーション)事業専門家派遣員他。
インタビュー
- −−新著の題名『ピリオド』は、どんな意味なのでしょう?
- 北沢さん 『ピリオド』とは、英語のperiodのこと。はじめ英語の時間に「終止符」のことをピリオドって習うでしょう。そして辞書をひくと「周期」とか「時代」という意味が出てくるかと思います。でもこの本では「月経」という意味で使っています。実際に英語のperiodには「月経」という意味がありますし、そう使われています。周期的に来るっていうところが健康のバロメーターだと思うので、せっかく持っている女のピリオドを、無理にピルとかで崩すのはもったいないですよ。結婚している女性はともかく、特に若い子に言いたいですね。「女にしかないんだよ!」と(笑)。
「ほら、今月も来たよ。健康だよ!」と、健康なピリオドを大切にしてほしい。「生理だから」「あれだから」なんて言う呼び方はカッコ悪いし。これからは「ピリオド」という呼び方が流行ってほしいという願いも込められています - −−『ピリオド』において、北沢さんがもっとも訴えたかった「思い」とは何でしょうか?
- 北沢さん女性にしか備わっていない種の保存を大切にしてほしい。好きな人ができたら子どもができるという生の営みを、崩さないでほしい。これから大人になる少女たちに、そんな風に前向きに生きていってほしいというのが、今回のネライです。
実際に、私のところに親御さんから相談の手紙がたくさん届くんです。学校で試供品のナプキンをもらった小学校4年生の女の子が、不安で泣いて帰ってきた例もありました。 初めての初経教育が暗いものであってはいけません。ある調査によると、生理痛の重い女性は、初経に暗いイメージを抱いた経験があることがわかっています。 月経は、40年続くことなのですから、最初に教える親の教育が、明るいものであってほしいと思います。 - −−この本は、どんな方に、どんなふうに読んでもらいたいですか?
- 北沢さん13〜16才ぐらいの女の子を対象としています。ピルの話なども出てきますから。初経を迎える頃の小学校の中学年以上のお子さんには、お母さんが読んで教えてあげてもいいですね。 チェックの表紙は、「バーバリー」をイメージしているんですよ。今の若い人は、みんなチェックのスカートをはいているから。これなら電車の中でも気軽に読めるでしょ? 1ページ読み切りですから、どこから読んでもいいですしね。今回は「体編」ですが、このあと、「心編」、「好きな人ができたら編」も出版予定です。あと、ぜひ男の子にも読んでほしいですね。女の子のことをわかっていない男の子があまりにも多いです。女の子にどんな不安があるのか理解して、配慮してくれないと。それには、やはり正しい知識を身につけてほしいですね。
- −−最近の性の低年齢化については、どう思われますか?
- 北沢さん中学生の間はできれば性行為はしない方がいいと思うけど、実際には中学生で10%、高校生では40%が性体験があるんです。どうせするのであれば、性教育をしないと。車の運転と同じね。しない人は一番いいけど、正しい性知識を持たなければいけない。性体験はなるべく遅い方がいいけれど、どうしてもというなら、ピルで自衛するなど、自分の行動に責任を持つべきです。親と子がそこまでのことを話せるかどうかが重要ですね。低年齢による性行為は、望まぬ妊娠による中絶、性病への感染など危険がいっぱいですから。14才と18才は、性感染症のリスクが全然違うんです。
- −−だからこそ、小学校低学年のうちから性教育を受けた方がよいということですか?
- 北沢さん低学年からの性教育に対して、「寝た子を起こすな」と国会などで今だにいわれていますが、漫画などで、とっくにみんな起こされていますよ。特別なものとして性をとらえる必要はないと思います。
小学校の保健の授業では、卵子と精子のことを学び、次はお腹の中の胎児の話になります。 なぜ卵子と精子が出会うかは、理科の授業の領域になり、カエルなどの誕生の話に移ってしまう。
教育指導要綱で、教師は「性交、出産」を教えてはいけないことになっているんですね。 本当のことを教えないから、誤った情報をテレビや漫画やインターネットで覚えてしまう。そんな誤った知識を持つ前の低学年でこそ、性について教えておくべきなんです。 小学校の保健の教科書で「エイズは傷口からうつる」という記載がありますが、これも間違いです。本当のことから目をそらしているんですね。
家庭でも、もっと親と子がフランクに話し合える雰囲気があればいいと思います。 「おっぱいをあげるお母さん」と、「グラビアのヌードの女性」のどこが違うのか。 学校に期待せず、親が理解して、教えていくべきです。2人で愛情を作り上げていく意味を知る前に、アダルトビデオを見て誤った情報をインプットされた子どもは、大人になっても幸せになれないと思うんです。 - −−子ども時代に適切な性教育を受けることにより、日本の少子化は解消されると思われますか?
- 北沢さんええ、そう思います。今、日本には、約120万人のクラミジアの感染者がいて、低年齢化が進んでいます。これは、卵管閉鎖などの不妊の原因になります。男の子も女の子も、1年に1回の性検査が必要ですし、自分の健康は自分で守る保健行動をとってほしいですね。結果的には少子化も防げると思います。
- −−CAP(Child Assault Prevention=子どもへの暴力防止プログラム)の活動などがPTAを通じて学校にも広まってきているものの、日本では、まだまだ性教育や安全教育が十分になされていない状況だと思います。今後、具体的にどういった社会の取り組みが必要だと思われますか?
- 北沢さんスゥエーデンやデンマークの性教育の読本では、小さい頃から、連れ去られたあと犯罪に巻き込まれて何をされるかが書いてあるんです。日本では、身代金、殺人などが中心で、性的虐待のことは描かれていません。
日本のCAPでも、そこまでは、教えていないんですね。安全教育も、連れ去られたあとのその先にあるものが重要です。現実には、女の子の性的虐待ばかりではなく、男の子の虐待もありますから。
日本では、欧米に比べ、そのあたりがスッポリと抜け落ちています。子供シェルター、DV法、性犯罪者の刑務所内の教育、子供へのカウンセラーの不足など、課題は山積みです。警察官が被害者に何度も同じことを聞くため、心理的なセカンドレイプを生み出すことさえもあります。地域の取り組みとしては、ガールズカフェみたいに、保健所におしゃべりスペースを作りたいですね。
1週間に1度の開催でもいいから、キャンディーなどを置いて、学校帰りに夕方遊びにきて、保健士さんに何でも相談できるようにするんです。今、子供たちを救う人は誰もいません。児童相談所は冷たいし、周りも親も頼りにならないのが現実です。保健士さんが目覚めて、地域の子どもを守るという気概を持てればよいと思います。
子どもたちから見ても、お母さんだけではなく、性の悩みを相談できる信頼できる女の人を何人かキープしておくことが重要ですね。 - −−性教育の仕事をライフワークにされたきっかけは?
- 北沢さんテレビの脚本家だった頃、少年院を初めて取材したときの衝撃が忘れられなかったんです。
14、15才で家出した少女たちが、一見やさしそうな悪いお兄さんに声をかけられ、売春やドラックにはまっていく現実を知りました。私が取材したその日、海岸で競歩訓練があって、1人の子が「お母さ〜ん」と叫んだんです。
それにつられて、全員が「お母さ〜ん」と叫びながら海に向って泣いているのを見て、胸がつぶれました。 お母さんにひどい扱いを受けてきたであろう子どもたちなのに、やはり「お母さん」が必要なんですね。私は、このとき、ドキュメンタリーの世界に入ろうと決心しました。
1965年から性教育の仕事を始めて、最初は、すごいバッシングでしたね。家の窓ガラスが割られたりして。逆に、1992年にエイズが流行してからは性教育が脚光を浴び、10年間はマスコミでひっぱりだこでした。今は、性教育やジェンダーの思想はダメという風潮になり、一時期に比べ、だいぶ仕事も落ち着いてきましたね。学校では、これまで年間約200時間、小・中・高・幼稚園・大学と、毎年100校ぐらいで性教育を行っていました。今は、性教育に対するバッシングもありますので、今後は安全教育の切り口から、学校教育に力を入れていきたいと思います。 - −−この仕事の原動力は、どんなところにありますか?
- 北沢さん私は、子どもたちが不幸にならないために、欲得離れて、必死なんです。
のぞまぬ妊娠や不本意な青春を歩まないでほしいというのが私の願いです。 とにかく、後悔のない青春を生きてほしい。知識がないばかりに、病気やPSD(psychosomatic disease=心身症)になるのはかわいそうなことです。例えば、援助交際をすれば、金銭感覚も狂ってきて、その後の人生に必ず影響を与えます。
援助交際をしている子は、「もうすぐこの仕事を辞めて将来英語の仕事をするわ」なんて、 あっけらかんとしているけど、そんなことは無理。「まじめにコツコツ働いても大したお金にならない」「中年の男性に迫ればお小遣いをもらえる」なんてことがインプットされれば、若い男性とは恋愛できなくなったり地道な仕事を避けたりと、一生不本意な人生を送らなければいけないんです。
体だけではなく、生き方に与える影響が大きいことを理解してほしいですね。
そのためには知識がたくさん必要。「正しい情報をたくさん持っていて、選択できる」という、自立する心が必要です。 - −−子どもの教育について悩める親世代に対してメッセージをお願いします。
- 北沢さん父親が育児に大いに参加してほしいですね。会社の仕事ばかりで、育児休暇をとらないのはいけません。子どもがかわいいのは小学校5〜6年生までのほんの短い期間ですから、「子どもを育ててみなさい」と言いたいですね(笑)。 競争社会からお父さんの情操感覚を取り戻すには、育児が一番なんです。 せっかくチャンスがあるのだから、ひとりやふたりの子どもを育てないのは、もったいないことですよ。夫婦が協力して子育てをして、お父さんとお母さんの仲のよさを子どもに見せることで、よい効果も生まれると思います。
- −−北沢さんの今後の夢をお聞かせください。
- 北沢さん私のねらってきたことが、世の中に受け入れられてほしい。時代は振り子のように変わり、最近は、 学校での性教育に対してバッシングも起こっていますが、私の考えが、やがて受け入れられる日が来るのを夢見ています。
- −−今日は有意義なお話の数々、ありがとうございました。