- 前川梓さん (まえかわ・あずさ)
- 1984年兵庫県生まれ。第1回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞作『ようちゃんの夜』(メディアファクトリー)で作家デビュー。2006年3月に京都精華大学を卒業し、社会人としても新たなスタートを切った。
インタビュー
- −−自分の著書が書店に並んでいるのを見てどんなお気持ちですか? (この日は偶然にも『ようちゃんの夜』の発売日。東京都内の書店を回って来たばかりの前川さんは、緊張と喜びの表情でインタビューに答えてくれました。)
- 前川さんまだ実感がわかないんですよ。受賞後、ダ・ヴィンチに掲載された時も実感がなくて、ネットでこの作品の感想が書かれているのを見つけて、ようやく「本を出すのか」という気がしたぐらいです
- −−ダ・ヴィンチが主催する文学賞の第1回目の受賞者とのことですが、この賞には読者審査員も参加しているそうですね。
- 前川さん読者投票をした方たちの感想が書かれた紙を頂いたのですが、受賞直後は朝起きて読んで、夜、寝る前にも読んでいました(笑)。私のことをまったく知らないのに、時間と手間を割いて作品を読み、具体的に感想を伝えてくれたことがありがたくて。今でも時々目を通しています(笑)。
- −−いつ頃から作家になろうと思っていたのですか?
- 前川さん子供の頃から作家になるのが夢でした。母が絵を描くのが好きだったので、幼稚園に入る前の3歳の頃から、くまとうさぎがケンカして仲直りできないお話を作り、文字の代わりに絵で描いていました。その当時、「自分は生まれて来なければよかったのに」と思っていたんです
- −−3歳で人生を嘆いていたのですか?
- 前川さん育った場所が田舎だったからかもしれませんが、自分と比べる相手が近所の友だちしかいなくて、「あの子の家に遊びにいくと、お母さんがすぐお菓子を出してくれるのに、なぜ私の家はそうしてくれないんだろう?」と思ったり。「あの子は叱られないのに、どうして私は親に叱られるの?」と疑問を感じていました。子供の世界って狭いじゃないですか。友だちとの些細な違いが、子供心にはすごく大きく思えたんです。それで1人で絵を描いてお話を作っていたのですが、ある時、「私がこの世にいなければ、このお話はないんだ」と気づいて、それから自分にしか書けないものを書きたいと思い始めました。
- −−かなり早熟だったのでは?
- 前川さんちょっと変わった子でした。幼稚園の時から先生の言うことを絶対に聞かなくて、「ちょうちょを作りなさい」と言われても、鯉のぼりを作るような、先生にとっては本当に嫌な子供だったんです(笑)。「絶対に他の子と同じことはしない」と思っていたのですが、他の子よりも優位に立ちたいというのではなく、「自分はどこか劣っているんじゃないか」という強い劣等感からそう感じていました。だからこそ、自分のできる何かを勝たなければ、とそうした行動をしていたのかもしれませんね。
- −−小学校時代はどんな子供でしたか?
- 前川さん文章を書くのはずっと好きで、学校の宿題が日記や作文だったりすると、クラスの中で1人だけ「やったー!」と喜んでいました。作文の宿題が出ると、友だちと遊ぶ約束をしていても断って、家で夢中になって文章を書いていました。
小学校1年生の時だと思いますが、「お父さんとの思い出」という作文の宿題を出されたことがありました。私は父と遊んだ記憶があまりなかったので、空想して書いたところ、全部嘘の作文がコンクールで選ばれて、ラジオで朗読することになったんです。その番組を録音したテープを聞くと、「お父さんは優しい?」と尋ねられているのに、一言も答えられずにずっと黙ったままで(笑)。その頃から架空の物語を作ることに快感を覚えていた気がします。
小学生時代は本当に暗い少女でしたね(笑)。俳句や作文のコンテストに出して、入賞するのが唯一の支えであり、自信につながっていたのだと思います。 - −−本格的に書き始めたのは大学に入ってからですか?
- 前川さん中学、高校時代は小説を書いていて、大学に入ってからはエッセイにはまりました。私が通っていた京都精華大学には芸術学部があるのですが、全身、絵の具まみれで描いていたり、芸術系の変わった人が多かったのです。そうした環境の中で、自ずと「私も何かを表現したい」と思うようになりました。それで文章を書き始めたのですが、最初に「ものさしの話」という、自分の周囲の素敵な人たちのことを綴って、最後に「私も自分のサイズを自分で測ることができる、自分のものさしを持ちたい」と締めくくるエッセイを書きました。大学には自分の個性を自分なりのものさしで測っているような、自分がやりたいからやる、という人がたくさんいて刺激を受けたんです。
- −−「自分のものさし」という観点は、他人と比べることで、劣等感を抱いていた子供時代につながるようで、実に興味深いですね。
- 前川さん子供の頃から自分自身の中にものさしはあったのですが、周りの目を気にしていました。ところが大学では、変な髪型なのにそれがよく似合っていて、しかも堂々と歩いている人がいる。「どうしたら自分もあんな風になれるんだろう?」と感じたことが、ものさしの話につながったのだと思います。
- −−文章を書く以外は、どのような学生時代を過ごしていたのですか?
- 前川さん絵本部にストリートダンス部、暗黒舞踏までいろいろやりました(笑)。老人介護施設でアルバイトしたことは、私にとって非常に大きな経験でした。 介護を始めた理由は、もともとおじいちゃんとおばあちゃんが大好きだったこともあり、お年寄りの介護に興味があったからです。ニュースでお年寄りが火事にあって逃げ遅れたなどと聞くたびに、「なぜ何もしてあげられなかったんだろう」と涙を流していたのですが、よく考えてみたら「私は何もしていないのでは?」と気づいたのがきっかけです。私にとって、介護の仕事がいいのは感情で仕事ができるところです。お年寄りの中に、「小さい頃、絵本が好きだった」という方がいたので、施設の主任に相談して、その方に絵を描いてもらったことがありました。ほとんど目が見えないのに、絵の具を渡した途端に絵を描き出して、それを見ていた家族の方が泣いて喜んでくれました。自己満足かもしれませんが、そうした経験ができたのはとても良かったです。
- −−介護のアルバイトを経験した後、『ようちゃんの夜』を書いたそうですが、介護の経験が作品に与えた影響はあるのでしょうか?
- 前川さん介護や福祉と聞くと、陽のあたる窓辺で、介護士さんとお年寄りがお天気について語らっている風景を勝手に想像していたのですが、現実はまったく違う。そんなことをする暇はなくて、人が死ぬということにもどんどん慣れていくのです。「私は冷たい人間なのかもしれない」と悩み、自分の感覚がマヒする怖さも知りました。でも、介護の現場を経たことで、それまで前向きで、キレイごとにも思える話を書くことが多かった私は、人間のいろいろな面を書いてみたくなりました。
この作品も、最初はようちゃんという、壊れかけている女の子を主人公がただ助けたいと思うような話だったのですが、壊れかけている女の子に憧れたり、壊れるのを待っている視点があってもいいのではと感じて、書き進めていったものです。 - −−前川さんはいつもどのように物語を組み立てるのですか?
- 前川さん私の場合、「プチュン」と一滴の水が落ちるように、まずひとつのフレーズが頭に浮かびます。すると、それが紙に染み込んでいくように、そのまわりに書きたい話があるのがわかる。ただ、パッと浮かんだフレーズをレシートの裏やどこにでも書き止めるので、一体どこに書いたのか忘れてしまうこともありますが(笑)。この作品では、まず「彼女は私の標本だった」というのが浮かびました。フレーズが浮かんだ時は、その先に書きたいことがあるので、すごくワクワクしますね。自分では「神様が降りてきた」と言っているのですが(笑)、本当に気持ちがいいんです。「プチュン」があっても書けない時もありますが、この作品の場合は次々に言葉が出てきて、「早く書きたい、書きたい」という感じでした。おそらく、書いている時の私は、きっと1人で笑っているはずです(笑)。いつもラストを決めずに書いてしまうのですが、途中しんどくても、書き終えた時は不思議と納得していますね。
- −−女子高が舞台ですが、主人公の亜沙子がようちゃんとの会話、友だちの呼び名が姓からちゃん付けに変わる過程、女友だちの言葉や態度に苛立ったりする様子には、生々しさを感じるところもあり、どんどん引き込まれていきました。
- 前川さん私自身が“壊れてみたい”という気持ちがすごくあるのに、そうした人に憧れるのは、世間的にはあまり好ましくないかもしれないと思っていたので、そうした感情が文章に出たからだと思います。主人公が女友だちの1人に苛立ったりするところがありますが、「この描写は性格が悪くないと書けない」と言われたのは、最高のほめ言葉だと自分では思っています(笑)。
- −−さて今後ですが、春に大学を卒業されて、今は社会人としてお勤めもされているそうですね。
- 前川さん私は義務がなければ、布団から出ないような人間なので(笑)、仕事をしていないと書けないと思います。仕事は楽しいので、そこから広がる世界を自分の中に溜めていきたいですね。スーパーのレジ打ちの仕事をしている時に、レジのキーボードの間にゴミが溜まっているのを見て、何か浮かぶかもしれない。そういうところから、書きたいテーマを見つける楽しみもあるので、これからいろいろな仕事をしてみたいと思っています。
『ようちゃんの夜』は、「一気に読んで疲れた」と言われるのがショックなので、1日5行ずつでいいので、ゆっくり読んでもらえたたら、とてもうれしいですね。











