−−三浦しをんさんの『あやつられ文楽鑑賞』は、3度美味しい本だと思いました。まず、三浦さんの楽しいエッセイが味わえて、日本の伝統芸能・文楽を知ることができ、さらに、有名な文楽作品のストーリーも読める。いろいろな味わい方ができる本ですね。
それにしても、文楽というのは、不思議な芸能なんですね。
三浦さん 不思議ですよね! 生身の役者さんの台詞の掛け合いでドラマが進む、テレビや舞台、映画を見慣れていると、「なぜ、大夫さんが語ることを、わざわざ人形で表現するのか?」と思いますよね。初めて文楽を見ると、そうした違和感は当然あるので、「なぜ、人形?」という純粋な驚きが生じると思います。
同時に、三味線の音や、大夫さんの語り、人形遣いさんが遣う人形の精巧な演技、それらにとても迫力がある。
最初は大夫さんの語りをうまく聞き取れないかもしれませんが、すべてをわかろうとあまり頑張らなくていいと思うんですよ。何を言っているのかわからないとは言っても日本語だし、床本という台本がパンフレットについてきますから、それと舞台を照らし合わせつつ見ていると、字幕付きの映画を見るような感じで、だいたいの話はわかってくる。そうすると、ストーリーや登場人物もなんだか、楽しかったり哀しかったりすっとんきょうだったりで、おかしいんですよ。これはすごい芸能だなぁと……。
−−大夫、三味線、人形遣い、それぞれの芸があって、また舞台全体の統合感もある芸能で、その上、ストーリーがまたとんでもなくて……、こんなにおもしろい芸能だったんだ!と、ビックリしました。
三浦さん ストーリーについては、まじめに味わっても深みがあってもちろんいいのですが、それだけじゃなくて、ツッコミをいれる楽しさというのも、絶対あると思うんですね。
250年前に作られた作品なども多いので、「なんじゃ、そりゃ」って現在と感覚が違う部分はどうしてもでてくるわけですけど、同時に、今の時代でもよくわかる人間の心理、感情というものが、細やかに書かれている。もっと単純に、やっている方々の芸がすごいという驚きもあるんですけど。
……それにしても、どうしても、「お人形のうしろに、人形遣いのおじいさんの顔がばっちり見える……」とか、「このストーリー展開の破天荒さは……」とか、「この登場人物の言動はいかがなものか」といったツッコミところがたくさんあって……。
−−本にも書かれていた、ダメ男のストーリーとか……。
三浦さん そう! もうダメ男のオンパレードなんですよ。なので、伝統芸能だからと肩肘を張らずに、「あんた、変だよ」って、心の中で茶々を入れながら見ると、また違った物語の楽しみ方もできるんじゃないかなと思います。
−−もともと、文楽はお好きだったんですか?
三浦さん 大学の専攻が、演劇・映像で、特に自分が好きだったのが、民俗芸能系と、伝統芸能だったんです。ですので、一番最初は授業で劇場に行って、おもしろいなぁと思いましたね。それでたまに見ていたのですが、定期的に見るようになったのは、本にも登場する担当編集者のYさんから、もっと見てエッセイを書きませんかと、声をかけていただいたからです。その連載エッセイをまとめたのが、この本です。
それが、定期的に見るようになったら、もっとどんどんおもしろくなっていったんですね。取材を通して、出演者の方のお話を伺ったり、舞台裏を見せていただいたりもしました。そうすると、いろいろな方がいろいろなことを考え、文楽というものに真剣に取り組んでいることもわかってくる。文楽の楽しさと奥深さを、うまくエッセイにして読者の方にお伝えできれば、と思いました。その思いが嵩じるあまり、連載も長引き……。いやぁもう、どこで終わっていいのかわからなくて、ほんとに困りましたね。いろいろおもしろい作品や、すごい舞台が多いので、文楽の深みにすっかりはまって、これは終わりがないな……と思いました。
−−作品や芸能そのものの解説からはじまってしまうと、素人にとっては敷居が高くなってしまいますが、第一章が三浦さんの楽しい楽屋探訪からはじまるので、親しみやすいですね。太夫さんや人形操りのお話も読めて、しかもその方々の人柄がまた魅力的で。幅広い話題がたくさん登場し、ぐいぐいと引っ張られて読んでしまいました。本当にこんな方々なんですか?
三浦さん そうなんですよ。皆さん、ほんとにお忙しい方々ばかりなのに、いろいろ協力してくださって、しかもなんだかとてもおもしろい人たちなんですよ。私の文章力では表現しきないほど。
最初は、伝統芸能に携わっていると聞くと、すごくまじめで堅い方たちなのかなという印象があったんです。でも、どうもそうじゃないらしいなぁと。そういった、舞台で見る真剣な姿とのギャップなんかも、この本を読んで、実際の舞台をご覧になるとわかると思います。そういう普段の姿もちょっとご紹介すれば、なお一層、演者のみなさんの芸の凄さをおわかりいただるのではないかと、勝手に思って書いてしまったんですけれども。
−−伝統芸能の敷居をここまで下げていただいたわけですから、一度は見にいかないと、と思います。行ったら行ったで、きっとおもしろいし、どこまでも奥深そうで、はまりそうですね……。
三浦さん そうですね、はまりますよ。私もそれでこんなにたくさん書いちゃったわけですけれども。
文楽をお好きな方も、まだ一回も見たことない方も、とりあえずこの本を読んで、見てみるかなぁ、などと思っていただければ……と思います。
−−また、初心者にとってウレシイのは、ちょうどいいバランスで、作品のストーリー解説がはいっていることです。
三浦さん 作品解説は、連載のときには、もっとたくさん書いていたのですが、あんまりそれをやると、ネタバレだと思う人もいるかなと、加減しました。
この本では、主に「仮名手本忠臣蔵」と「女殺油地獄」を取り上げましたが、これはラストまですっかり筋を書きつくしています。とはいっても、舞台を見ると、また全然印象が違うはずです。感じ方とか、その時々によって、人によって、全然異なると思うんですね。なので、本来の意味でのネタバレというものではないと思うんです。筋を知っていても、ラストに登場人物がどうなるかわかっていても、何度見てもおもしろいし、新しい発見がある。それが舞台芸能の素晴らしさだと思います。
−−三浦さんは、上演作品を見る時には、予習されるんですか?
三浦さん パンフレットなどで、あらすじを開演前にざっと見るくらいはするんですけど。まぁ、初めて見る演目の場合は、床本を開いておいて、それが字幕であるかのように、上演中にたまに確認したりもします。でもそれぐらいですかね、見る前にあまり予習とかはしないですね。書く時には、それなりにちゃんと調べて書くようにはしていました。
だんだん慣れてくると、……映画や洋楽が好きな人の中には、耳が慣れて英語が聞きとれるようになる人がいますよね。そういう感じで、何回か見ていると、床本を必死に見なくてもわかるようになるんですよ。文楽のストーリー展開にはだいたいのパターンがあるので、「これはダメ男の話だな」とか「ワルぶっていても、実は善人だな」とか、そういうパターンというか、様式美というか、お約束が見えてくる。それをつかんでいくと……。
−−なんとなくわかってくるというか、勘どころができてくるんですね。
三浦さん そうですね。ただ、敵もさる者で。お約束のパターンから、いかにちょっとずらすかということで、えんえんと拡大再生産をしてきたものじゃないですか、伝統芸能って。なので「そうきたか〜!」っていうはずし技もあるんですよ。それもまた、楽しかったりするんです。
−−楽しみ方を伺っていると、三浦さんのお好きなマンガやBL(ボーイズラブ)小説などと似ているような気もしますね。
三浦さん そういうことはどんなジャンルでも絶対ありますね。マンガやBLもそうだし、映画や小説だってそうだし。どんな表現物でも、人々にインパクトを与えた先行作品が、ある部分では踏襲され、またある部分ではどんどん、解釈を深めたり別の角度から描かれるようになったりして、オレならこう書くということで、新しい創作物が成り立ち、総じて発展して深められていくということがあると思うので。たまには、薄められちゃうこともありますけど。そういった、創作物は0からは絶対に生まれないという部分が、よくわかるものであると思いますね。
−−なるほど。
三浦さん 文楽の作品は、江戸時代に次々と傑作が生みだされ、究極の、もう完成形と言ってもいいような所まで、突き詰められているんです。そうすると、その前後にはどんな作品が作られたのか。そこに至るまでどうだったのか。完成したあと、人々はどのように、さらに自分なりの新しい作品を生み出そうとしていったのか。その作品世界を表現するために、いかに芸を研磨しつづけているのか。そういうことも、よくわかるジャンルなのだと思います。歌舞伎もそうですが。
−−でも、三浦さんがハマったのは、歌舞伎より文楽なんですね。
三浦さん 歌舞伎には歌舞伎のおもしろさがあって、見てはいるんですが、私はいまのところ、歌舞伎より文楽のほうが性に合っているようで……。
−−どんなところが?
三浦さん 歌舞伎って基本的に、あんまり作品全体を通しで演ることはないですよね。どちらかというと、役者さんの華をみせるものなので、見どころとなる派手なシーンをやることが多い。
なので、前後のつながりがよくわからないままに、派手な格好した人が花道からバンバンバンと出てきて、見得があり、そしてまたバンバンバンと花道から去って行く……。みたいなことが、たまにある。
それはそれですごい楽しいんですけれどね。
文楽は、役者さんの生身の身体の魅力で見せるものではなくて、大夫の語りに乗って、お人形が演じるものです。なので、ストーリーを重視しているというか、原作をそのまま通しでやることが多いんです。
そうすると、話が最初から最後までよくわかる。物語がどういうふうに盛り上がっていくのか、歌舞伎で上演される見せ場に至る経緯も、よくわかるわけですよ。登場人物の心理も人間関係も、事件がどう起きてどう展開したかといったようなことも。なので、文楽を好きという人は、そういう物語のダイナミズムにも興奮するタイプなんだと思うんですよ。……たぶん。
私はどちらかというと、ストーリー性・物語力を重視する方なんです。それで文楽の魅力にはまったのだと思いますね。まず、大夫さんが語らないことには、始まらない芸能なんです。
−−物語好きは、ハマりやすい芸能だということなんですね。
三浦さん 物語というのはすごく単純にいえば、関係性を描いているわけですよね。私は関係性を描いた作品が大好きなので、好みに合ったのでしょう。
文楽は、登場人物の悲喜こもごもが物語として全部、目の前にダイナミックに表現される。「まぁ、なんてすばらしい!」と思うんですよ。常に、関係性を過剰に求めている私としては、願ったりかなったりの芸能なんですね。
−−文楽というテーマは、今後の作品にも関わってきますか?
三浦さん この取材を通して、「文楽ってすごくおもしろい!」と思ったので、『仏果を得ず』というタイトルで文楽の小説を書いてしまいました。ノリノリで書いて、連載も無事終わったので、あとは単行本になるのを待つばかりなんです。たぶん10月ぐらいには双葉社さんから発売になると思います。
−−そうすると、そちらも合わせて……。
三浦さん そうですね、ぜひ合わせてお楽しみいただければと思います。まずは『あやつられ文楽鑑賞』を読んでいただいて、文楽の舞台もご覧になって、じっくり深みにはまったところで、文楽小説のほうも読んでいただけると……。
なんだろう、このたたみかけるような文楽の嵐は!
−−楽しいお話を、ありがとうございました!
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柔らかい印象の三浦さんなのに、文楽のお話がはじまると、時に熱く、時に真剣。ほんとにお好きなんだなぁと思いました。同時期に発売された『きみはポラリス』は、単行本未収録作品やアンソロジーに収録された三浦しをん的・恋愛小説短編をまとめたものだそうです。そちらも、とってもおもしろそうなので、2冊まとめて、ぜひ!
【波多野絵理】 |
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