- 新田 たつおさん (にった たつお)
- マンガ家。1953年、大阪府生まれ。大学卒業後、中学校の美術教師を経て、1975年、「少年マガジン」(講談社刊)に掲載された『台所の鬼』でデビューを果たす。その後、『ビッグマグナム黒岩先生』(双葉社刊)、『こちら凡人組』(実業之日本社刊)などのヒット作を生み出す。1988年から「週刊漫画サンデー」にて連載されている『静かなるドン』(実業之日本社刊)が人気を呼び、映画化・テレビドラマ化、オリジナルビデオ化など、様々な形でメディア展開されている。現在、同作の単行本が92巻、文庫版が16巻まで発売されており累計発行部数4200万部の大ベストセラーとなっている。
インタビュー
- −−今年の2月で、連載1,000回を突破されたそうで、おめでとうございます! それにしても、長編のストーリー漫画で、ここまで続いている作品は、あまりないですよね。
- 新田先生そうですね。自分でも、まさか単行本90巻以上も描くとは、全く思っていませんでした。はじめは700回までは描こうと思っていたんですけど、800回まで描いて、気づいたら900回までいっていて…。結局、1,000回を越してしまいましたからね。ここまできたら、行くところまで行こうと思っています(笑)。
- −−もう20年以上昔の話になってしまって恐縮ですが、『静かなるドン』を描くことになった、そもそもの経緯について教えてください。
- 新田先生『静かなるドン』の前に、『こちら凡人組』というヤクザマンガを描いたんです。その単行本がわりとヒットしまして、それで、“ヤクザを題材にしたマンガを描いてくれないか”という依頼をいただいたのがきっかけですね。でも当時、尊敬する手塚治虫先生が亡くなられたばかりでね、ショックで、マンガを描こうという気にあまりなれなかったんですよ。『静かなるドン』というタイトルだけは頭にあったんですけど、ストーリーやキャラクターについては全然考えていませんでした。これは、文庫版6巻のおまけマンガでも描いたのですけど、“昼はサラリーマンで、夜はヤクザのドン”という、主人公・静也の設定は、パチンコしながら決めましたからね(笑)。掲載誌の読者層が主にサラリーマン男性なので、ヤクザでサラリーマンのほうが、親近感が沸きやすいのかなと思いまして。性格的には、『木枯らし紋次郎』のような“降りかかる火の粉は払うけど、能動的には動かない”というタイプのほうが、今の時代に合っていると考えて、そうした記憶がありますね。
- −−“昼はサラリーマン”といえど、静也はちょっと普通のサラリーマンじゃないですよね。女性ものの下着を作っていて、しかも結構なダメ男くんっていう…。
- 新田先生ヤクザに一番程遠い職業は何だろうなと考えていて、パッとひらめいたんです。ヤクザが女性の下着を作っていたら、面白いでしょ?(笑) これが普通のサラリーマンだったら、あんまり新鮮味がないし。だから静也を、ちょっとダメな、下着デザイナーにしたんですよ。でも初期の頃は、静也を描くのに苦労しました…。
- −−どうしてですか?
- 新田先生設定は決まっているものの、静也がいったいどんな人間なのかわからず、物語の中で思い通りに動かすことができなかったからです。1巻を読んでいただければわかるのですが、第1話の静也の目が、グルグル描きの丸になっているんですよ。僕自身がキャラクターをつかめていないから、生気のあるパッチリした目が描けなかったんですね。回を進めていくうちに、だんだん静也という男がわかってきたので、目がパッチリし始めてきます(笑)。秋野明美(静也が片思いしている女性)と静也が絡み出してから、静也のことがわかってきました。今は、静也をはじめ、キャラクターがコマの中で勝手に動いてくれるので、全くストーリーを考えることなく、描くことができます。
- −−あの個性豊かなキャラクターたちが、勝手に動くのですか!?
- 新田先生はい。各キャラクターがどんな人間なのかがつかめれば、勝手に動くんですよ。夢にまで出てきますからね(笑)。でもこれは、『静かなるドン』で初めて経験したことです。だからこそ、この作品はこんなに長く描けているんじゃないかと思います。描けと言われれば無限に描けますよ。
- −−なるほど。ただのシリアスなストーリーではなく、ところどころで、キャラクターがかますギャグも、この作品の魅力ですよね。
- 新田先生僕はもともとギャグマンガ家だから、何かしらギャグを入れたくなっちゃうんですよね(笑)。『静かなるドン』も最初は、ギャグマンガのつもりで書いていたんです。シリアス一辺倒でも描くことはできますが、ギャグがないと、なんかシックリこないんですよ。下描き中に、とっさに思いついたギャグを入れたりもしちゃいます。
- −−(笑)。先生は、一週間、どういったスケジュールでお仕事されているのですか??
- 新田先生4日原稿を描いて、後の3日は休んでいます。1話が20ページなので、1日5ページ原稿を完成させれば、4日で終わるでしょ? 朝10時から机に向かって、19時には5枚終わらせて返ります。うちは19時になったらチャイムが鳴るので、そしたらアシスタントも解散です。残業・徹夜は、一切しません。このやり方で、20年間、一度も原稿が〆切りに間に合わなかったことはありませんよ。
- −−マンガの原稿を1ページ完成させるには、“ネーム(どのようにコマ割りして、キャラにどんなセリフを言わせるかを書き込んだ、絵コンテのようなもの)→下描き(原稿用紙にエンピツで下描きすること)→ペン入れ(下描きを元に、インクで清書すること)”と、少なくとも3工程必要ですよね? それを、1日で5枚分も仕上げてしまうのですか!?
- 新田先生僕のマンガって、ネームがないんですよ。頭の中に大まかなストーリーはありますけど、ぶっつけ本番で原稿用紙にコマを割って、下描きを入れちゃいます。僕の場合、ネームをきってしまうと、ネームに忠実に下描きをしてしまい、それ以上のことが考えられなくなるんです。ネームがなければ、下描き中に思いついたことを臨機応変に描くことができるから、性に合ってるんだと思います。そのときひらめいたことのほうが脳内にある話より面白かったら、ガラッと展開を変えたりもしますね。20年も描いていると、1話分に収まる要素が感覚でわかってきますから、ネームなんて要らないんです。
- −−ネームを描かれないとは、ビックリです。そういう、省けるものは省いて、メリハリのある仕事の取り組み方をなさることに、20年以上も週刊連載を続けられる秘訣があるのですね。
- 新田先生ONとOFFの切り替えは重要ですね。ダラダラやっていると終わらないし、すぐに〆切りがきますからね。あと、完璧主義になり過ぎないことも大切だと思います。ある程度、許せる範囲での妥協をしていかないと、週刊連載は回せないです。
- −−『静かなるドン』のほかに、何か描いてみたい題材などはありますか?
- 新田先生純粋なギャグマンガとか、歴史ものとか、いろいろ描いてみたいですね。でも今は、体力があるうちに、とにかく『ドン』を全力で終わらせたい(笑)。最低でも100巻までは描きたいという思いはありますが、この作品に対するテンションを保つ気力があるうちに完結させたいというのが正直なところです。ひょっとしたら、『ドン』が終わったら僕も力尽きるかもしれないな(笑)。実際この20年間、ホッと落ち着けたことが一度もないんですよ。一日中作品のことを考えていて、考えたくないのに無意識に考えちゃう。唯一気が紛れるのは、庭仕事をしているときぐらいです。芝生を刈ったり、野菜を育てたりしているんですけど、楽しくてね(笑)。庭仕事のおかげで体力と筋力もついたし。普段ずっと座っているから、気分転換にもなります。あ、僕、自炊もしてるんですよ(笑)。
- −−ヤクザマンガを描いている方とは思えない、平和的なご趣味ですね(笑)。もしもエンディングが近いのであれば、静也を幸せにしてあげてくださいね!
- 新田先生それはどうかな(笑)。僕はこの作品を後世に残るものにしたいので、ハッピーエンドにはしたくないですね。シェイクスピアしかり、後々まで人の印象に残る物語って、悲劇がほとんどでしょ? それに僕の中で、“アウトローが幸せになるべきではない”という大前提がありますから。とはいえ、なかなか終わらせ方は難しいですね。ただひとつだけ言えることは、死んで終わることは絶対にありません。
- −−結末は、まだまだ先までお預けということで。今日は、どうもありがとうございました!
- ★新鮮組と鬼州組との天下分け目の決戦。ドンの英断が今後の展開が楽しみです。
- ★発売当日に購入しようと思ったら、もうすでに売り切れでしばらく待たなきゃならなかったのが残念です。
- ★マンガ史上こんなに面白いマンガってこれだよ!ホントだんだんクライマックスになってきたけどガンバレ!