- シャン・サ(山颯)さん ( Shan Sa)
- 1972年北京生まれ。7歳で詩作を始め、11歳で処女詩集を公刊。天安門事件後の1990年、17歳で渡仏。大学でフランス語、哲学を学ぶと同時に、画家バルテュスのもとで2年間働き親交を深める。1997年に発表した『Porte de la paix celeste』でゴンクール賞最優秀新人賞、つづく『Les Quatre Vies du saule』でカゼス=リップ賞に輝き、2001年の『碁を打つ女』(早川書房刊)で「高校生が選ぶゴンクール賞」を受賞。2002年には書画集『Le miroir du Calligraphe』を出版し多才ぶりを披露した。2003年に刊行された本作は4作目(日本での出版は2作目)の小説となる。
インタビュー
- −−この小説のヒロインは則天武后。日本では西太后同様、“冷酷で無慈悲な悪女”というイメージが強いのですが、中国ではどのような評価を受けている人物なのでしょうか。
- シャン・サさん中国でもどちらかというと悪い評価を受けていますね。唐の時代、何の後ろ盾もないのに皇帝・高宗の寵愛を受け、女帝にまで昇り詰めた彼女は非常に魅力的な人でした。なのに、なぜ悪いイメージがついているかといえば、60歳を越えても18歳の男性と関係を結ぶなど、性的な魅力の部分ばかりが強調されてきたからだと思います。彼女に関する書物はたくさんありますが、どれだけの男性と関係を持ったとかいうエピソードに偏っています。後世の中国の歴史家や作家たちは、彼女がどうして男性たちをそれほど夢中にさせたのかという点にとらわれてしまい、人物像を歪めてしまったのです。ですから、この小説では、そうした見方とは違う、私なりの則天武后像を表現したいと思いました
- −−シャン・サさんご自身は、則天武后のどんなところに魅力を感じますか?
- シャン・サさんまず、それこそ渇望といっていいほどに、世の中を変革したい意識を持っていて、その目的のために本来の自分を曲げてでも、力ずくで運命を切り開いていった点ですね。また、則天武后と私との間には、非常に多くの共通点があると感じています。ひとつは悪い事態に直面してもそれを受け入れて、善いことに変えようとするところでしょうか。それから、これは偶然なのですが、彼女は生涯に6人の子供を産んだ母でもあるのですが、私もこれまでに6冊の小説を生み出しました。今後を考えると、私のほうが彼女より多産になると思いますけれど(笑)。
- −−皇帝をはじめ、多くの男性を惹きつけた則天武后が、当時の美人とは異なるタイプだった、というのは、同性として興味深かったところです(笑)。
- シャン・サさんいわゆる楊貴妃タイプではないんですね。唐の時代、女性たちの間では、思いきり胸が開いた、肌を見せる服装が流行していたそうです。でも、その流れとはまったく逆に、彼女は尼さんのような姿を好みました。その上、華美な洋服を買う代わりに、夫である皇帝に「もっと倹約しなさい、節約しなさい」と言い続けたのです。そうした一面を知ると、どうして彼女のセックスアピールばかりが取り沙汰されるのか不思議ですよね。もちろん、80歳で2人の愛人がいたり、性的に魅力があったことは確かですが、いくつになっても男性たちを虜にできたのは、彼女の内面に存在する炎のようなエネルギーが多くの男性を惹きつけたからだと思います。マリリン・モンローやニコール・キッドマンのようにセクシーでなくても、心の中にそうした炎があれば魅力的であり続けることができる。そして則天武后のように既成の何かを改革したい、自由になりたいという強い意志があるかぎり、いくつになっても人を惹きつけることが可能だというのは、今の女性たちを勇気づける事実に違いありません。
- −−男性にかぎらず、彼女が女性と愛し合う場面も美しく描かれていますが、圧倒的な存在感によって男女問わず愛され、畏れられもする彼女には人間としての普遍的な魅力を感じます。
- シャン・サさん大事なことは人間同士の内的なものを交換することなのです。男同士でも女同士でも、男女の間でも、内面を交換しあうことから愛の神秘が生まれる。でも、現代の社会ではそうした愛の不可思議な部分が失われつつあって、マクドナルドでハンバーガーを食べ、コーラを飲むのと同じ感覚でセックスが消費されている気がします。彼女が女性と愛し合うシーンを描いたのは、同性同士で愛し合うのは異常ではない、そうした形で人を愛するのも普通の気持ちだと訴えたかったからです。フランスで出版されたばかりの新作でも、主人公の古代マケドニアの国王、アレキサンダー大王のホモセクシャルな一面を書いています。一番肝心なのはホモセクシャルかどうかではなく、愛があるかどうかなのではないでしょうか。
- −−外見、生き方とすべてにおいて独自の道を選んだ則天武后の、枠にとらわれない自由な感覚、何事にも屈しない強さは、現代の女性にとっても、人生を歩む上で大いに参考になりそうです。
- シャン・サさんその通りです。この小説は舞台は7世紀ですが、21世紀の女性に向けて書いたつもりです。彼女は女性的で従属的、優しくて美しさにこだわる面がある一方、人を治める能力に長け、権力闘争の中で切磋琢磨する気持ちもあり、男性より攻撃的な部分もありますね。その両面を生きた彼女の生き方は、現代の女性のモデルになると思ったのです。言ってみればこの小説を通して、私は“女性にとっての武士道”を書いたんですよ(笑)。
- −−“女性の武士道”、ですか!
- シャン・サさんそうです(笑)。現代の女性たちにも、たとえば美しくなければならない、家族の世話をしなければならない、子供を産んで育てなければならないといった女性特有の義務があります。こうした義務は大切ですが、一方でキャリアを築き、精神的にも成長したいと願う女性の妨げになることも多い。でも、かつて日本の侍が備えていた内面の強さがあれば、そうした義務を果たしながらも、男性社会を生き抜き、自由と独立を勝ち取って、さまざまな分野で成功できると思います。そうした意味で、私は“女性の武士道”と名付けたわけです。
- −−“武士道”という言葉が出ましたが、日本文学にも影響を受けているとか。
- シャン・サさん川端康成、谷崎潤一郎、また井上靖、三島由紀夫の作品が好きで、私の小説に大きな影響を与えています。源氏物語や平家物語も読みましたが、女性的なものと男性的なものがうまく融合しているのが面白いですね。宮本武蔵の書いた『五輪書』も読みました。そこに描かれている武士道はとても興味深い。『碁を打つ女』という作品では切腹について書きましたが、かなり研究したので今や専門家です(笑)。三島由紀夫は「武士道とは死ぬことである」と述べましたが、私なら、「武士道とは精神的な強さである」と言いますね。
- −−侍の精神的な強さに惹かれる理由は何でしょう?
- シャン・サさん精神的な強さ、というのは私のこれまでの経験から出てきた言葉です。私は中国で生まれ育ちフランスに渡りましたが、この小説のヒロインが初めて紫禁城に入った時と同じで、最初はたくさんの幻想を抱いていました。ところが実際に生活を始めると、そうした幻想は粉々になりました。ひとつはとにかくお金がなかった。両親は大学で教えていましたが、生活費の高いフランスにいる娘に仕送りする余裕はありませんでした。それにフランスというのは、フランス語ができなければまったくコミュニケーションがとれません。お金がなくて、フランス語を話すことのできない外国人であるという立場は本当に辛い経験でした。それを経て、自分でも精神的に強くなったと思いますよ。
- −−とはいえ90年に渡仏、わずか数年でフランス語を習得し、97年にはフランス語で小説を発表されているというのは、すごいとしか言いようがありません。
- シャン・サさんフランス語で小説を書いたのは、私自身が何者であるかを探すためにその作業が必要だったからです。自分が一体何者で、なぜこの国にいるのか……小説を書くというのは、それを探求する旅であり、自分のアイデンティティを構築する過程でもあったんです。 フランスに渡った経験を通して、私は国境を意識することなしに、世界の中の1人になれるのだと実感しました。自分の小説がいろいろな国の言葉に訳されて、私自身も世界中を飛び回っていますが、どの国にも異なる個性はありますが、その間に優劣を感じたことはありません。それぞれの国が自国の文化を大事にしながら、世界に発信していけるはずだと信じています。
- −−次回作の予定は?
- シャン・サさんフランスではこの小説の後に『Les Conspirateurs』という現代小説が出ていて、8月には古代ギリシャ・ローマを舞台に、アレキサンダー大王とアマゾネスの恋愛を描いた『Alexandre et Alestria』も出版されました。次は人間の知性とロボットの知性のぶつかり合いを描いたSFになる予定です。原子力にもとても関心があるので、それについて勉強するのも楽しいですね。 今、私はフランス語で自分を表現していますが、フランスからたくさんのことを与えてもらった分、必ず何かお返ししたいと考えています。その一つとして、自分の存在が、フランスの多くの移民の人たちを勇気づけることができるのではないかと思っています。移民、外国人でもあっても「フランス社会に溶け込むことは可能なのだ」と、とあるごとに彼らに話しています。またお金のない学生たちには、「必ず夢は花開く」と伝えています。お金がなく、言葉もわからなかった私が、フランスで良いお金をもらえる作家の1人になったのですからね(笑)。
- −−シャン・サさんの作品にたくさん出会えるのを楽しみにしています。
- シャン・サさん日本に来たのは今回が初めてですが、日本の小説を読み、映画を観ていたせいか、ずっとここにいたような気がします。それに東京と私はとても良く似ているんですよ。潔癖症で、マニアックなこだわりがあり、礼儀正しいというところが(笑)。また近々来ることになるでしょう。
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