- 田渕久美子さん (たぶち・くみこ)
- 1959年島根県生まれ。脚本家。プログラマー等を経てシナリオスクールに通い、1985年脚本家デビュー。主な作品に「ニュースの女」「殴る女」「ブランド」「女神の恋」など。NHK連続テレビ小説「さくら」で橋田賞受賞。2008年に手掛けたNHK大河ドラマ「篤姫」は全国にブームを巻き起こした。ドラマ以外にも映画、ミュージカル、落語、狂言の脚本を手掛けるなど幅広い分野で活躍中。
インタビュー

- −−2011年NHK大河ドラマの原作でもある本作ですが、田渕さんが小説を執筆されたのは意外にもこれが初めてのことだとか。
- 田渕さん 信長、秀吉、家康、茶々(淀)と歴史上の有名人たちに囲まれていたにも関わらず、これまで江はほとんど世に知られていませんでした。実をいうと私もNHKさんからこのお話をいただいたとき、「お江さんてどなたですか?」と(笑)。史実には女性についてのものは少なく、江についてもほとんどなかったことから、どうせ一から作るなら、戦国時代の全体を知るためにも、原作を書いたほうがドラマを書く前段階としてもいいかなと思ったんですね。ですから誰に頼まれたわけでもなく自ら志願して小説を書いたんです。でも初めて書いた小説が歴史物、書いてるときはもうそれはそれは苦しくって(笑)。本当に書き終わるんだろうか、なんて思いながら書いてました。
- −−これまで数多くのドラマ脚本を手掛けてこられた田渕さんですが、やはり小説とドラマ脚本では書き方も違ってくるんでしょうか?
- 田渕さん それはもうまったく違いますね。ドラマの脚本は俳優さんたちが身をもって表現してくれますので、小説とは異なる発想で作ります。それにドラマは脚本家の手を離れると演出や俳優さんの演技で新しい世界が生まれますから。一方、小説は江の記憶に残る「手」のイメージからスタートしますが、これはドラマにはない世界観です。この「手の記憶」は小説独自の世界を築く上で重要な要素でもあるのですが、私はこの「手の記憶」によって「女性の直感」というものも表現したかったんです。ただ、全47回あるドラマの中でポツリポツリと「手の記憶」の話が出てきたところで視聴者の方も忘れてしまうだろうし、書く上でも「縛り」になると思ったのでドラマには入れませんでした。ですから原作を読んだ上でドラマを見ていただければ、原作にないものをドラマではどう描いたか、逆にドラマでは表現してないものを小説ではどう描いたか、両方楽しんでいただけると思います。
- −−これまでほとんど歴史上のスポットをあびてこなかった江姫ですが、どうして今まで注目されなかったんだろう、というくらい波乱に満ちた生涯を送っていますね。
- 田渕さん 私も当初は有名な茶々を主人公にしたほうがいいんじゃないかと思っていたんですが(笑)、調べるにつれ江のすごさがわかってきましたね。俗に言う三英傑――信長、秀吉、家康をそれぞれ伯父、養父、舅に持ち、この3人と直接話ができた人物であることがまず面白いですよね。2度の落城で父と母を亡くし、3度の政略結婚を強いられ、姉とも豊臣・徳川と分かれて争わなければならなかった…ドラマはすでに用意されているわけで、戦国時代を描くのにこれほどふさわしい人物はいるだろうか、と。さらに江は8人も子供を産んでいます。1人は三代将軍・徳川家光であり、他にも天皇家、関白家・日本一の大名でもある前田家に嫁ぎ…と様々なところに遺伝子を広げている。そういう意味でも未来を感じさせる人だし、私たちにとっては母のような人。そう思ったときに江は描きがいのある、描くべき女性だと思いました。

- −−作品を読んでいると素直で物おじしない江姫に、現代女性に通じる感性を感じます。
- 田渕さん これは「篤姫」のときにも心がけたことではあるのですが、歴史小説はどうしても一般の女性には読みづらいものだと思うので、その敷居を下げたかったんです。そのためにも当時を再現するかのように描くのではなく、あの時代に起きたことを、まるで私たちの身に起きたことであるかのように感じていただけるように工夫しましたね。戦国の時代ではあたりまえのこととして受け入れただろうことも、主人公たちに抵抗させたりして。「戦はイヤだ」とか「政の道具にされたくない」とか。女性が歴史物を受け入れられない理由のひとつがわかりにくさと、もうひとつ、「自分たちの物語」だと思えないからなんじゃないかと思うんですね。読者の皆さんには自分の中に江を見出してもらいたい、「これは私たちの物語なんだ」と感じていただきたいので、現代女性が戦国時代にタイムスリップした(笑)、ぐらいのつもりで書きましたね。
- −−お話に出てきた「篤姫」は空前の大ブームとなりましたが、「江〜姫たちの戦国」を書くにあたって意識された部分はありましたか?
- 田渕さん まったく意識してないですね(笑)。篤姫を超えようとか、あえて篤姫とは変えようなんてことも全然考えてないです。でも今回のヒロインは戦国時代に生まれた人ですから、物語に篤姫の時以上の明るさを入れたいなとは思いました。篤姫は家族の物語からスタートしていますが、江は父を失うという悲惨なところから始まりますからね。さらにいえば戦国という時代を描くことで「平和への希求」も意識しましたね。戦が日常であった当時の人たちには、平和という概念すら薄かったのかもしれませんが、せめて、私にできることがあるとしたら、そういうことかな、と。
- −−確かに江の生涯は、現代の平和な日本では考えられないほどの波乱、悲しみに満ちています。もし自分が江と同じ目にあったらこんなに明るくやりすごせるのかな、とも。
- 田渕さん そうですね、江の身の周りに起こった史実を描くだけで十分ドラマティックですよね。でも、それではドラマにはならないんですね、もっといえば、「人間ドラマ」にはならない。実際のお江さんはもしかしたら自分の運命を淡々と受け入れていただけの人かもしれませんし、篤姫も私が描いたあんなはねっかえりではなく、自分の運命を静かに受け入れた方たっだのかもしれません。でも、それでは先ほども言ったように、「現代を生きる」方たちの胸には届かない。私のドラマは、ヒロインが、「自分を持っている」ことが大前提なんです。でも、だからこその難しさもあるわけで、おのれの意思を貫いて生きようとするヒロインが、3度の政略結婚を受け入れるには、それなりのドラマが必要になるわけです。仇でもある秀吉に命じられて黙って嫁にいくわけがありませんから(笑)。でも、だからこそ、創作する面白味もある。ただの反発が、大きな意味で運命を受け入れ、人間として深みを増していく、そういうヒロインを描いていきたいですね。

- −−江が反発しながらも運命を受け入れていくその過程に、実はままならないことも多い現代を生き抜く知恵を授けられたような気もしました。
- 田渕さん そういう読み方をしてくださると私も大変うれしいです。江という人物が最終的に行きついたのは、ままならない世にあって、とにかくやれることをやったら、一生懸命生きたら、あとは天に任せるしかない、という達観の境地なんです。これは私自身が生きてきた中で感じたことでもあります。今の時代は一見華やかで自由に見えて、その実、思い通りにならないことも多く、苦しんでいる方が多いのではないかと思います。自由すぎて不自由というか。ですから、発想を変えて、この世は思い通りにならないもの、ままならないところ、その上でやれることをやってみようと思っていただけると少しは生きやすくなるのかな、と。思うままにならないこの世をまず達観するところから始めて、そこから自分らしい生き方を見つけて、それを貫けたら素晴らしいことですよね。
- −−現代の迷える女性たちにとっても、江の生きざまはある種のヒントにもなりそうですね。やはり今後も世の女性たちを救うべく「女性」を描き続けられますか?
- 田渕さん 私自身はいただいた仕事をその時その時一生懸命やっていくだけで、特に次に何がしたいとか、なんにもない人間なんです(笑)。自分の作家性を表に出したいとか、作品にメッセージを込めたいなんて気持ちもあまりなくて…。自分が真剣に生きるその脇に仕事があるという感じでしょうか。つらくて苦しい仕事に磨かれてきたとでも言うか。ただ、「江」のお話をいただいたのが「篤姫」の放送中、夫を亡くして間もない頃だったんですね。その喪失感に苦しみもがいていた時でもありましたから、この仕事が私を立ち直らせてくれるかもしれないという気持ちでお引き受けしました。そういう意味でも、「愛する者が明日死んでいくかもしれない」という戦国時代を痛みをもって描けたとは思います。仕事にいただいた力ですから、それを人様のお役に立てたいという気持ちはあります。そうなると、やはり女性を描いていくのかもしれませんね。女性は男性にとっての力でもありますから(笑)。
- −−本日はありがとうございました。1月から始まるドラマも楽しみにしております。
「器の大きな方」…そう感じさせられる人だ。どんな時代物であっても現代を生きる女性の糧になるようなお話にしたい、と語る田渕さんの作品は読むほどに前へ進む勇気をくれる。新年、戦国を駆け抜けた江の生きざまに思いをはせ、今年一年、そしてこれからの生き方を考えてみるのもいいだろう。<ナカガミシノブ>














