


- 谷村志穂さん (たにむら・しほ)
- 1962年、北海道・札幌生まれ。北海道大学農学部で動物生態学を専攻。90年、ノンフィクション『結婚しないかもしれない症候群』でデビュー。映画化されたベストセラー小説『海猫』、エッセーなど著書多数。7月に、長編小説『静寂の子』も出版される。
インタビュー
- −−谷村さんの本には、今回もまた、泣かされてしまいました。ガン、ハイリスク出産、仕事を続けたい女性、生まれてくる命に託す気持ち、夫との関係……。たくさんのテーマを盛り込んだこの作品は、ご自身の出産などの経験から書かれたものなのでしょうか?
- 谷村さん……そうなんでしょうね。ただ私の場合、結婚や出産が、直接、作品に結びついているというのではないのですけど。
子供を妊娠して生むことって、ものすごく感極まることですよね。それって、ほかの『感極まる』こととは、またちょっとちがうことですね。その時には、いろいろなことを思ったんでしょう。それ自体は束の間のことなんですが、その記憶は、頭のどこかのパーツに埋め込まれていて、時期がくると書いている。そんなことが、この『余命』に詰まっているんでしょうね。
- −−読んでいて、自分が出産した時のことをリアルに思い出しました。出産前後の気持ちの揺れとか、はじめて乳房を含ませた時の感触とか。
- 谷村さん妊娠している時の人間の五感というか、鋭敏な感覚というのは、いろいろなところにあります。たとえば、乳房や唇の感触。生まれてきた赤ちゃんが乳首に唇で吸いつくところとか、夫と唇をあわせるところとか、それから、いろんなお料理の匂いとか。そういうものを、できるだけ書きたかったんですよね。だから、出産のことを思い出すと言ってもらえるとウレシイですね。
生まれてから、誰もがいつかは消えていくのだけれども、その間に、さまざまなことが体の中でおきていきますよね。人と愛し合って、新しい命を授かる。それと同時に、この主人公は、病もかかえ、ひとつの体の中でふたつのことが同時に進行していきます。そういう意味でも、体の感覚をきちんと書かないといけない、と思いました。
- −−体の感覚ということでは、出産もガンも、克明な描写がたくさんでてきますね。とくに、妊娠中のセックスの描写。これは、ほかでは、あまり読んだことがないものでした。優しさに満ちている時期もあれば、触られるのもイヤだったり、自分一人で守りたい気持ちになったり、それでも夫を受け入れる、みたいな複雑な感情と神秘的な感覚……。女性同士でもあまり話題にしないことを、しっかり書いてくれていて、共感するとともに感動しました。
- 谷村さん妊娠中でも、相手の性を受け入れることができる女性の体って、つくづくおもしろいなと思ったりします。でも、ものすごくおもしろいことなのに、なぜかみんな書かないし、あまり読んだことがない。なので、私は書きたいと思ったんです。
自分の中に、動物的な部分と、理性でコントロールしている部分の両方があって、私はものすごくはっきり、そのどちらかが今作動している、ということを感じるんですよね。恋愛をしている時とか、夫を前にした時、子供の前でも、その両方の面がでてきます。そういった動物の部分をハッキリ自覚していると、妊娠している女性と性を切り離すことができなかった、ということですね。『白の月』という短編集の表題作でも、一度は触れてるんですけどね。
- −−子供も一緒に聞いているんじゃないかっていう感覚とか……(笑)。
- 谷村さんそうそう、あの感覚はね……(笑)、ちょっとコワイような気がしたりとか。奥深いものがありますよね。でも、ほかのインタビューでは、誰もこのことについて触れてくれなかったのよね。だから、こんな風に話させてもらえて幸せです(笑)。
- −−読みどころのひとつなのに(笑)。男性がどう思うか、聞いてみたいところでもありますね。男性といえば、滴の夫の良介には弱い部分もあって、彼との関係性というか、ある種の『夫育て』みたいなものがこの作品の裏テーマとしてあるのかなとも思いました。
- 谷村さん夫をどう思うかを含めて、いろんな方が、いろんな読み方をしてくださっていますね。夫についていえば、ある種の強さがある夫だとは思うんですよ。妻とのことをひとつひとつ受け入れていって、そのうちに、自分がやろうとしていたことから軌道がずれていくのだけれど。でも、女の側のファンタジーとしては、そこまでして妻に寄り添った人という魅力もありますよね。まったく別の経済的な切り口でみると、生活力のない夫だということにもなるけど(笑)。
この人の優しさも強さもわかる。でも、私がいなくなったあと、この人はこのままでいいのだろうか……。女の人ってそういうことを思ったりもしますね。もしかしたら、そのままでもいいんですよ。でも、自分がいなくなることがわかっている以上、最後にこの人をなんとかしたいと思う。その決断……。
それがたぶん、この小説の中で、一番壮絶なところなのではないかと思います。産む、と決めるところより、その決断こそ、壮絶なのではないかと私は思っているんです。
- −−産む命と、傍らにいる命、その両方をこの人は産もうとしているんですね。太刀打ちできないハイリスクを抱えて、しかも、その局面で、自分のためだけではない決断をする。この、あまりにも過酷な主人公の置かれた状況というのは、どういうものなのでしょうか?
- 谷村さんこの滴という人は、過酷ではあるけれど、決して「特別に過酷」だとは思っていないんですよ。現実には、病とだけ戦って孤独のうちに終わる人もいるのに、希望も宿したんですから。そういう意味では、希望があれば、あらゆることを乗り越えられると思ったりもしています。どうして、そう思うのかはわからないんだけれど。
生きていることはすごく楽しいけれど、過酷なことでもあるんだなぁと……。私自身が、だんだんとそう思うようになってきたんでしょうね。過酷であって当たり前なのだと。たいへんなことを、ひとつひとつ選んだり乗り越えたりしながら、気がつくと、けっこう年をとったじゃないか(笑)……みたいな。今、自分自身がそういう気持ちなんだと思います。
それにしても、日々、暮らしていくことって、過酷だと思わない?
- −−私も子育てをしながら仕事をしていますけど、うーん……、自覚はしてないですが、どこかちがう視点からみるとハードなのかもしれません。責任のあり方が昔とちがうとは思います……。
- 谷村さん
ひとつひとつ、なにかを選ぶということの重みが増してくる。年齢を重ねると、次第にそういう風になってきますよね。自分一人だけのことではなかったり、いろいろなことに影響が及ぶ。そして、それを引き受けられることに自信が持てるようになったり、悩んだ末、これで良かったのだと決めることができるようになっていったり。
- −−それにしても、赤ちゃんと乳ガンの天秤というのは、キビシイ組み合わせですね。実際にあったことなのですか?
- 谷村さん最近は、命懸けの出産て、ほとんどないでしょう? 「今でも、命懸けの出産というのはあるんでしょうか?」と、主治医の先生に聞いたことがあるんです。そしたら「あるんですよ」って。先生の知り合いで、病気のことを人には言わずに出産した人がいて、「医者だったんですよ」とおっしゃった。
「あぁ、お医者さんだからですね」と私が言うと、先生も「そう思います」と。医師だから、病のいろんなことが見えてしまう。病と戦っていく未来とか、恐怖もリスクもわかっているでしょう。それを考えた時に、スッと、もし自分がその立場でも、そうするんじゃないかなぁ、人には言わないだろうな、という風に納得していたんですね。
- −−さまざまなことを考えると、同じように判断するかもしれない……とは思います。それでも、やはり、そう思っていてもできるかどうか、自信はまったくありません……。
- 谷村さんそうですね。滴は、強靱な魂を持った人だと思います。奄美大島という大自然の中でおおからに育っていますが、母を失くしている。そういうことも含めて、滴という主人公が獲得してきた強靱さの現れだと思うんですよね。だからこそ、『無念だ』という思いも抱く。
そう……、最後に、無念だっていうセリフをいれたんです。私自身、これまで、生涯で一度も使ったことがない言葉だったので、ものすごく書くかどうか迷ったんですけど、そうとしか伝えられないと思ったのでいれました。人生、いろいろなことがあって、突然、職場をやめなければならないとか、志半ばに断念するとか、無念としかいえないことがある。人はそれを抱えていくし、まわりも抱えていくのだと思います。
- −−ほんとうに切ないくだりです。しかし最後に、2009年の日食の話がでてくると、ダイナミックな風景が広がり、輝く命の火のようでもあり、神話のようでもあり、象徴的です。子供も、夫に託した思いも、深くつながっていく。出産というのはたいへんなことですが、紡がれていく希望でもあるんだというような。重たい思いかもしれませんが。
- 谷村さんおもしろいもので、子供を産むと、ああ、自分もこうやって生まれてきたんだって、自分が生まれてきた時のことを考えたりするんですよね。
誰の親でもそれなりに、迷うべきことがあったかもしれないし、選ぶべきことがあったかもしれない。お母さんだって、仕事をまっとうしたかったかもしれない。いろんなことがあって、自分もこうやって生まれてきたんだなって、子供を産むと思うんです。
自分ひとりが切り開いたとはぜんぜん思えない、なにかがありますよね。
- −−産むことはたいへんなことだけど、もっと大きな希望があるということが伝わってきて、たくさんの人に読んでほしい作品だと思いました。今日は、ほんとうにありがとうございました。
『海猫』の北の女性たちの魅力とまたちがう存在感がある『余命』の滴は南国・奄美大島の女性です。色も音も匂いも肌触りまで伝わってくるさまざまな描写の間から、大胆で壮絶な決断をたったひとりでする滴の心情があふれてきて、泣かされてしまったのでした。五感と感情を総動員しながら読み進むと、クライマックスには鮮やかでダイナミックな風景が広がり、この作品もまた映画で見てみたい……と思ったのでした。
【インタビュー 波多野絵理】
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