- テリー伊藤(てりー・いとう)さん
- 演出家。1949年、東京生まれ。『天才たけしの元気が出るテレビ!!』( 日本テレビ)や『ねるとん紅鯨団』(フジテレビ)『浅草橋ヤング洋品店』(テレビ東京)など数多くの番組を手がける。現在は演出業にとどまらず、テレビやラジオ、CMに出演、新聞や雑誌、携帯サイトでの執筆など幅広いジャンルで活躍。著書に『お笑い北朝鮮』(コスモ出版)や『なぜ日本人は落合博満が嫌いか?』(角川書店)など多数。
インタビュー
- −−なぜ今テレビについて語るのでしょうか。
- テリーさん 前々からぼくは「テレビマンは番組を作るのが仕事。テレビについてあれこれ語るのはクリエイターとしてカッコ悪い」と公言していました。そういう原稿のオファーは全部、断っていたんです。でも、6年前に毎日新聞の人から「そろそろテレビについて書いてくださいよ」と熱心に誘ってもらって「なるほど、そろそろ書いてもいいのかな」という気持ちになりました。週1回の連載ということで書き始めてみると、自分でも改めて「テレビって何だろう」ということが少しずつ見えてきたんです。それで、せっかくなら、それを整理して「テレビの本」にまとめてみようということになったわけです。
- −−テレビですっかりおなじみになった「謝罪会見」や「バッシング報道」の分析がユニークです。
- テリーさん テレビって、すごく残酷なところがあって、だれかターゲットが現れると、徹底的にそれをたたくでしょ。実は、それって視聴者のサディスティックな願望の表れでもあるんです。人間はだれしも「他人の不幸は蜜(みつ)の味」「他人の悪口ほど楽しいものはない」という悪魔的な心を持っているから、一度バッシングに火がつくと「一億総バッシング状態」になっちゃう。でも、よくよく見ると「この人、べつにそんなに悪くないんじゃないの?」ということがある。この現象には、すごくテレビ的な要素が詰まっているから、一度、冷静に考えてみたかったんです。
- −−「かわいい」や「分かりやすさ」を求める世相が、日本人の「幼稚化」を招くという指摘が特徴的です。
- テリーさん テレビは活字やラジオに比べて圧倒的に「ものごとをわかりやすく説明する」ことにたけたメディアです。その方法論がどんどん進化して、視聴者はそれに慣れてしまった。日本語なのに字幕を入れたり、CGやテロップで図解したり、朝の情報番組でアナウンサーが「きょうの朝刊」を読んでくれたり、池上彰さんの「こどもニュース」の手法が大人にバカ受けしたり。懇切丁寧、完全看護、過保護に慣れているうちに、自分の頭でモノを考えなくても「わかった」気になれる。「本当にこれでいいの?」と思っている人が、実はテレビマンの中にも結構いるわけです。
- −−小泉政権以降のテレビと政治の関係を、本書では「劇場」と評していますね。
- テリーさん パフォーマンス能力が高い政治家が国民の支持を得るというのは、今に始ったことではないけれど、それを助長してきたのがテレビ。とくに小泉さんが毎日、官邸の廊下でテレビカメラに向かって一言しゃべるという慣例を作って以来、国民はあの画面の中に政治があるかのような錯覚を持ってしまった。本当は、あそこだけで表現できることなんて何もないのに、小泉さんは瞬間芸の天才だから、ぶら下がり会見を支持率アップの武器にすることができた。それ以降の首相には、そんな芸当はできるはずもないのに、形だけ踏襲したところにテレビ的な悲劇があったと思いますね。
- −−視聴者の「プロ野球離れ」に対するテレビのあり方を説いた5章では、テレビマンならではの視点がいきていますね。
- テリーさん WBCや斎藤佑樹の人気を見ればわかるように、日本人は今でも野球が大好きなんです。ただナイター中継のあり方が時代にそぐわなくなってきた面がある。じゃあどうすれば今の日本人が野球中継を見たいと思うのか。それについては、ずっと考えてきました。「野球と日本人」「テレビと野球」「日本人とテレビ」。それをもう一度よく考えれば、可能性はまだまだあるんですよ。その答えは、実は斎藤佑樹という選手の中にビッシリ詰まっている。それについても、この本の中で詳しく書きました。
- −−副題に「テレビは日本人を『白痴』にしてしまったのか?」とあります。一方で本書の最終章のタイトルは「希望、勇気、テレビ」です。テリーさんは、テレビの功罪をどのように考えますか?
- テリーさん 日本にテレビが普及したとき、大宅壮一が「一億総白痴化」と言ったのは、当たっていたのか、そうじゃなかったのか。結論としては「功罪、ともにある」と言うしかないよね。でも、この半世紀でテレビは進化したけれど、視聴者も進化していると思う。思考停止で何でも無批判に受け入れている視聴者なんか、今はいない。むしろ「そんなわけねえだろ」と斜めにテレビを見ている。でも、批判ばっかりしているよりも「テレビってこんなに楽しいんだ」と感じられるようなテレビ。それを伝えられるテレビであるためには何が必要か。それをテレビマンの一人として、じっくり書かせてもらいました。
- −−読者に一言お願いします。
- テリーさん 「最近のテレビは、つまらない」という人もいるけれど、本当にそうだろうか。もちろん、われわれテレビマンは、そんなことを言わせないような番組を作る努力を惜しんではいけないけれど、同時に「テレビの裏側って、こんなにおもしろいこともあるんだよ」ということを知ってもらえれば、もっとテレビを楽しく見られるかもしれない。そういう気持ちで書いた文章もあります。今、テレビはニューメディアの渦の中で漂流しているかもしれない。でも、それはテレビにとって大きなチャンスでもある。今までには考えられなかったことをテレビがやるチャンスでもあるし、今までとはまったくちがう番組を作るチャンスでもある。とくに、これからテレビの世界に飛び込もうという若い人たちに、そういうメッセージを送りたいという思いも、この本を書いた動機の一つでした。ぼく自身は本のタイトルどおり、生涯「テレビ馬鹿一代」として死んでいくと思うけれど、次なる世代の「テレビ馬鹿一代」に大きな希望を託したいと思っています。














