- 山口智子さん (やまぐち・ともこ)
- 山口智子さん(やまぐち・ともこ)
1964年生まれ。女優。代表作に『純ちゃんの応援歌』『ロング・バケーション』『向田邦子の恋文』など。古今東西の文化を結ぶことをテーマに、映像制作や執筆活動を行っている。ドキュメンタリー番組の出演作に『Letters 彼女の旅の物語』『山口智子 手わざの細道』シリーズ、『山口智子の音楽遺産』などがある。著書に、『手紙の行方 チリ』『反省文ハワイ』、共著に『恋文 女帝エカテリーナ二世 発見された千百六十二通の手紙』がある。
インタビュー

★少女時代の原体験と「和」が意味すること」
- −−山口さんはご実家が日本旅館だったとうかがっています。子供の頃に「和」の原体験があったのではないでしょうか。
- 山口さん思い起こせば、ですけれど、私を育ててくれた祖母は料理旅館の女将として働いていたので、家にはお座敷がたくさんあったり、芸者さんが毎夜集まる古き良き日本の宴の文化に触れて育ちました。同世代の一般家庭よりは日本らしい一面が身近にあった環境だったといえますね。
- −−山口さんご自身も「和」に対する関心を早い時期からお持ちだったんですか?
- 山口さんいえ。むしろ、日本の伝統文化みたいなものに対して、反抗心を持っていたと思います。日本的なものにどっぷりと浸かっていたので。そこからまずは、逃げ出すような感じで東京に出てきたり、海外へ飛び出していったような気がします。
- −−山口さんがこれまで出されている二冊の著書は、チリ(『手紙の行方』)とハワイ(『反省文』)を旅した経験から書かれています。世界を旅するドキュメンタリー番組(『Letters 彼女の旅の物語』など)をご自身で企画されていますね。今回、日本へと目を向けられたのはなぜでしょうか。
- 山口さん世界を旅したことで、日本以外の国の人々が憧れた「日本」の姿を知ることができました。そして、自分のすぐ身近にある文化のすばらしさにやっと気づくことができました。
ただ、この本のなかでも書いていますが、ここでいう「和」は、侘び寂びや風流など、いかにも日本というイメージのものではありません。日本という小さな島国が、世界中からやってきたものを受け止めた結果、生まれたものが「和」だと思っています。日本はシルクロードの東の終着地点。世界の文化をいったんここで受け止めて、組立て直して、よりよいものにするために磨いてきました。それが日本の「和」の歴史なんです。「和」には「日本的な」という意味だけでなく、「和む」「融合させる」という意味もあります。私が子供の頃に触れた日本の宴会文化も、人と人とをつなぎ、人を楽しませる「和」の文化だったんだ、といまでは思っています。
★日本の美術工芸品を取材して歩く
- −−この本に掲載されている美術工芸品はどれもステキですね。それも、日本趣味が好きな人にだけ訴えるものではなく、いまのこの時代にかっこよく感じられるものばかりです。
- 山口さんいつ見ても新鮮で、モダンで、かっこいい。思わず「かわいい」って声にしてしまうものが、いにしえを探せば探すほど見つかるんです。「和」をめぐる旅にはその面白さがありますね。
- −−山口さんの前著、『反省文 ハワイ』は、それまで日本人が大挙して押し寄せる観光地のイメージしかなかったハワイの自然と文化を、ご自身の眼で再発見するまで知らなかったことへの反省から「反省文」というタイトルになったわけですが、今回は日本の美術工芸品を発見されていますね。
- 山口さんいつも反省の連続です(笑)。新しいことを知るたびに、どうして今まで知らなかったんだろう、気づかなかったんだろうって思います。楽しい反省の連続ですね。取材して、いいものに出会うたびに、こんなにいいものがあるんだって、世界に大声で叫んで知らせて、どんどん見せびらかしたくなります。
- −−カバーにも使っている菊寿堂いせ辰の千代紙や箱根の寄木細工、漆の万能椀など見事な職人の手業を紹介されていますが、取材先はどうやって見つけていったんですか?
- 山口さん一ついい出会いがあると、次へまたその次へとどんどんつながっていくんです。たとえば、私が日本の美術工芸品の魅力に気づいたのは西洋の印象派の絵画がきっかけでした。ゴッホやロダン、ドガたちは、みんな日本の浮世絵が好きでラブコールを送っていた。浮世絵には描いた絵師だけでなく、木版画という技術があり、彫り師、刷り師の高度な技によってあれだけ素晴らしいものになりました。千代紙にも、木版の技術が生きています。ひとつ職人さんの偉業を探り出すと、次々とさらに面白い分野にいつのまにか繋がってゆくのです。
★意匠のなかから読み取れる「世界」
- −−取材という「旅」を通じて、山口さんは美術工芸品の背景にある歴史や文化に気づいていく。その過程がうかがえるのもこの本の魅力ですね。
- 山口さん毎回、取材をするたびに現場に行くことは大事だと思います。そのかたちがなぜ生まれたのかがその場所に行くとよくわかります。気候や食べ物、それぞれ個性ある風土が、そこで生み出される「かたち」にとても大きな影響を与えていることがよくわかります。

- −−そして、装飾古墳の文様や、京都の建物に見つけた意匠デザインなど、日本独自のものと思われがちなものが、実は世界のほかの土地の文化との深いつながりがあるということを見つけるくだりは実にスリリングです。
- 山口さんかたちや意匠を読み解くのは面白いですね。工芸品の意匠などの文様が何を伝えようとしているのか。古からのメッセージを読み解くようでとてもわくわくします。特に、うずまきや、三角や丸を使った幾何学的な文様って世界の文化の中にも共通するものを発見できます。文様のなかに、日本を通してシルクロードや、ケルト文化的なものを感じるとき、一瞬にして、時間と空間がむすびつく。何千年も前の人からの手紙を受け取ったような気分が味わえます。
- −−この本のなかでさまざまな名品が生まれた背景を解き明かしていますが、時の権力者や財力を持った人たちが美を生み出すことに関わっていることも興味深いですね。
- 山口さん美は力である‐‐ 美しさというものが、人の気持ちを惹きつけて、人々を善き方向へと導いていたんだなと感じることがあります。私利私欲ではなく、人は美しいもののために、最善を尽くせる素晴らしい生き物だと思えます。天の星を見上げて前進してゆく気持ちって、大切ですよね。しかも、普遍的な美のためには、進化向上してゆくことを求められるから、作り手は全力を尽くしていい意味で競い合う。その結果、技術が磨かれ、創意工夫がなされていく。 みんなを驚かせて、楽しませてやろうって、職人さん達はいつも思ってくださっていますよ。
★使う側から声を上げていくきっかけに
- −−日本的なものを愛好する人たちって年代が上の人たちが多いような印象ですけど、『楽しい和ー』を読むと、一部の愛好家に独占させておくのはもったいないって思ってしまいますね。
- 山口さん十代、二十代の頃って、日本の美術工芸って、堅苦しくて窮屈で、とても退屈だと思っていました。
- −−ダサいと思ってました(笑)。
- 山口さん今考えてみると、それは発信の仕方に問題があったのでは?と思います。今出会っている日本の先達のセンスは、ほんとうにかっこいいし、かわいい!っと感じられるときめきがいっぱいです。そういう部分を、感じた者が素直に堂々と声にしていったら、世代を超えてもっと日本を楽しめるようになるのではないでしょうか。日本の美術工芸品は、手の届かない高級品として、あえて敷居をたかくしがちなところがありますが、本来は、高貴な階層からだけでなく、庶民文化のなかから、最高の技術や一流品を生んで来たのが日本文化でもあります。毎日使うもの、消耗してゆくものにも、最高に楽しく美しくと心をかけてものを作った人々の精神を、私たちはちゃんと受け止めて伝えてゆきたいですね。
- −−そこで重要なのが「かわいい」という感性だと思います。現代人の「かわいい」で日本の美術工芸品を再発見することって、新鮮だし、面白い。
- 山口さん「かわいい」って、実は、深くてハートがこもっている言葉だと思います。「かわいい」という言葉に象徴されるような、愛おしいという気持ちに忠実に、手を伸ばさずにはいられない衝動が日本文化のもとにあると思います。それを私たちはもっと誇っていいのではないでしょうか。
- −−かわいくて、かっこいいものたちを今の私たちがどう使いこなしてゆくのか、そのセンスを伝統の側から問われているのかも知れませんね。
- −−この本の第一章では美術館や博物館に収蔵されているような歴史的な名作を取り上げ、第二章では現代の職人たちがいまも続けている見事な手業を紹介しています。歴史をさかのぼりつつ、現代の視点から「和」の文化をレポートしてる。「和」が、いまを生きる私たちに身近に感じられます。
- 山口さん日本の面白さは、本来、美術館や博物館のガラスケースのなかだけにあるものではありません。生活の中で使われるものとして生まれてきたものがたくさんあります。昔の人々は、気持ちを込めて一流品を使いこなしてきました。今の暮らしにも生きるものを再発見したり、現代のライフスタイルに合わせて作り直した品がもっと増えれば、日本はもっと楽しくなるはず。 取材してわかったのですが、作り手側の職人さんは伝統を大切にした上で革新を求めています。「伝統とは革新の連続だ」という言葉をいただいたことがあります。心を込めてつくったものをもっと日常的に使ってほしいとみなさん願っていらっしゃいます。しかし、私たち使い手も、どうやって欲しいもののリクエストを伝えたらいいか、よくわからないのが現実です。作り手と使う側の距離が、もっと縮まる方法がこれからの課題ですよね。頑張って働いていただくお金を使うのですから、私たちはもっと「欲しい」という声の発信に、楽しい責任のようなものを持っていったらいいのではないでしょうか。
- −−そのためにはまず、日本の美術工芸品のすばらしさを多くの人に知ってもらう必要がありますね。『楽しい和ー』は、文字通り、「楽しい」入門書だと思います。今日はありがとうございました。
- (後記)颯爽とした女性−−山口智子さんはそのイメージ通りの方だった。日本の美術工芸品の魅力を語るその口調はあざやかで率直。ガラスケース越しに眺めるだけでなく、実際に使うために、私たちが声を上げていこう、という彼女の主張は、まさに、いま、私たちが心の奥で感じていることではないだろうか。伝統文化を新たな眼で捉えなおそうとしている山口さんの姿勢に共感できる方は、ぜひ、この本を読むことから「和」について親しんでいってほしい。(タカザワケンジ)















