- 吉田修一さん (よしだ・しゅういち)
- 1968年長崎県生まれ。法政大学経営学部卒業。97年「最後の息子」で文學界新人賞を受賞。02年「パレード」で山本周五郎賞、「パーク・ライフ」で芥川賞を受賞する。そのほか作品に「熱帯魚」「東京湾景」「長崎乱楽坂」「ランドマーク」「春、バーニーズで」などがある。純文学とエンターテインメントを自由に行き来する注目の作家である。
インタビュー
- −−『7月24日通り』をお書きになったきっかけを教えてください。
- 吉田さんもともとは「小説新潮」に2回に分けて書く予定だったんですが、書きはじめる前に、ケータイでも配信して、J−WAVEでラジオドラマになることが決まったんです。恋愛小説というのは決めてあったので、じゃあ、どういう話にしようかなというところからスタートしました。
ラジオドラマは12月24日の晩に放送されることが決まっていたので、クリスマス・イヴの夜10時から12時にラジオを聴く女性ということも多少は意識して「どんな女性だろう」とぼんやり考えていたら、主人公の「小百合」っていう女の子が浮かびました。 - −−小百合は自分が住んでいる海沿いの町を、ポルトガルのリスボンに見立てているという設定がユニークですね。
- 吉田さんこれまでのぼくの小説はどれもそうなんですが、場所がとても重要です。『パーク・ライフ』だったら日比谷公園、『東京湾景』であればお台場、『春、バーニーズで』だったら京王線沿線。いつも場所にこだわって書いてきました。今回も場所を探すことからはじめましたが、主人公の「小百合」が住むのにふさわしい町がなかなか見つかりませんでした。
高校の先輩と久しぶりに再会して、心が揺れる。そういう時期に、彼女にとって、町がどう見えるのかな、と思ったら、それは架空の町ではなくて、かといって、リアルな町でもない……。いろいろと考えたあげく、日本にはピンとくる場所がなくて、海外に考えが行った。でも、この女の子が海外にいるわけないし。そんなところから、海外の町の通りの名前や広場の名前を、自分が住んでいる町に重ね合わせるということが思い浮かんできたんです。 - −−なるほど、いかにもこの主人公らしい、町に対する視線が感じられました。吉田さんの小説の魅力のひとつは、登場人物のリアリティーにあると思います。こういう人物を描こうということは、いつも考えているものなんですか?
- 吉田さん登場人物にモデルはいません。登場人物は全員、ぼくの頭の中で想像した人物です。でも、想像できるということは、これまでに会った人たちの話し方なりクセなりをちょっとずつ選び取っているのかな、とは思いますけど。
書く前には、ストーリーよりもキャラクターをしっかり思い描くことが多くて、実際に小説のなかでは使わないようなことでも考えておきます。『7月24日通り』でいえば、小百合は日曜日に何をしているんだろうとか、好きな映画は何だとか、こんな感じの洋服を着ているとか、こんな家具を欲しがっているとか……。キャラクターを作り上げていくのは好きですね。 - −−吉田さんの小説では固有名詞が実にうまく使われています。この小説でも、小百合の上司がフィアットに乗っていたり、スーパーのマイカルが会話のなかにさりげなく出てきてイメージが喚起されます。
- 吉田さん固有名詞を入れることについてはいろんなところで批判されて大変です(笑)。
ぼく以外にも固有名詞を使われる作家さんはたくさんいらっしゃいます。よくあるのが、固有名詞を形容詞として使うやり方。たとえば「酒井若菜みたいな髪型」のような使い方は時代が変われば、通用しない。だから、ぼくはそういう使い方はしないようにしています。
あとは、今これが流行っているんだってことを言いたいために使う場合。よく誤解されるんですが、そういう使い方もしません。
固有名詞を使う場合に気をつけているのは、自分の趣味で固有名詞を選ばないこと。この登場人物ならば何を選ぶかというところで選んでいます。だから、ぼくが嫌いなお店だったとしても、キャラクターに合えば使います。でも、それがおしゃれな場所だったりすると、知識をひけらかしているように見られちゃうこともあるんですけど、そういうわけではありません。 - −−あくまで、その登場人物のキャラクターが反映されているわけですね。しかし、固有名詞は時代とともにイメージが変わっていくので、意味が風化してしまうのではと考えがちですが。
- 吉田さん梶井基次郎の『檸檬』って小説がありますよね。あれには丸善が出てきます。そして、丸善という店をさらっと丸善としてしか書いてない。あれこそぼくがやりたい固有名詞の使い方です。その当時の丸善を知らないのに、作家が描きたかった丸善のイメージがちゃんと伝わってくるんですよね。
時代ともに固有名詞のイメージも変わっていく、町も変わっていく。その流れの中で書いていくしかないわけだから、あまり躊躇しないでこれからも使っていきたいですね。 - −−スペインの詩人、フェルナンド・ペソアの詩が重要な役割を果たしますね。以前からお好きだったんですか?
- 吉田さん前から好きで何度も読み返していますね。おすすめの詩人です。小説のなかで詩を引用するのも難しいんですが、『7月24日通り』は軽く読める小説ということもあって、ペソアの詩が出てきてもうまくなじむかなと思って使いました。
- −−文芸誌、女性誌と幅広く書かれていますが、掲載媒体によって小説の内容も変えますか?
- 吉田さん多少は考慮します。以前はよく、純文学とエンターテインメントの違いは何だって聞かれて、自分が書くぶんにはそんなに区別はないんだって答えていたんですが、最近は、やっぱり媒体による読者層の違いはあるなあ、と思いますね。媒体によって読者を想定するというほどではないですが、読者のことを考えることでイメージが湧いてくることもあります。
ただ、『最後の息子』に収録されている初期の三つの作品(「最後の息子」「破片」「Water」)がぼくの小説の3本の柱になっていて、今回の作品はその中の「Water」みたいな直球な小説です。そういう意味では媒体に左右されない部分はあると思います。 - −−デビュー作でもある「最後の息子」で思い出しましたが、近作『春、バーニーズで』の主人公は「最後の息子」の「ぼく」のその後という感じですね。
- 吉田さん「春、バーニーズで」は、もともと、「パークライフ」で芥川賞をとったあとに、受賞後第一作の短編を書かなくてはならなくなって書いたものです。芥川賞をもらった時に、「最後の息子」で文學界新人賞をもらってなかったら、こうして芥川賞をとることもなかったんだなって思ったんです。それで、「最後の息子」に感謝したい気持ちもあって、登場人物二人の再会の場面を短編で書きました。
そうしたら、三十過ぎて子連れの女性と結婚して聖蹟桜ヶ丘に住んでいるっていう主人公(筒井)の設定が妙に気になってきて、続けて3つの短編が出来ました。筒井の話は、5年後、10年後にまた続きを書いてみたいと思います。そのときには、筒井の連れ子の子供も大きくなっているでしょう。ほかの作品を書く合間に、自分といっしょに主人公が年を取っていくような感じでゆっくり書いてければと思いますね。 - −−これからのお仕事のご予定を教えてください。
- 吉田さん雑誌に発表した短編をまとめて短編集を出す予定があります。あとは書下ろしをやりたいですね。それが終われば、一区切りつくと思います。それからはまた、新しいことを考えたいですね。
- −−今日はありがとうございました。
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