−−芥川賞作家初のブログ本ということですが、確かに、普通の人のブログをまとめた本とは一味もふた味もちがうものだと思います。この本が出来た経緯を教えていただけますか?
柳さん 『名づけえぬものに触れて』というのは、もともと現在のHPができる前までやっていたブログの表題だったんです。それまで、ほとんどネットとの関わりはなかったんですけどね。
−−そうですね。デジタル機器やITは苦手と書かれていましたね。
柳さん 苦手だったんですが、『石に泳ぐ魚』という小説が裁判で負けて発禁処分になった時に、ネットではどういう反応があるのだろうと、はじめて自分の名前を検索してみたんです。そうしたら「柳美里ファンBBS」という、個人運営の掲示板を見つけたんです。らばるすさんという方が管理人をされている掲示板でした。それからしばらくして、らばるすさんの弟さんが「管理人だった兄が自殺をしてしまいました。どなたか真相を知りませんか」と、書き込みをされているのを見つけたんです。
数日して、弟さんから手紙が届きました。お兄さんは、わたしのファンで、会社をやめ、部屋に閉じこもりパソコンだけにしがみつくように暮らしていたのだけれど、自殺してしまった。「私が兄にしてあげられる事として、真っ先に考えついた事は柳さんにお弔いの言葉を頂けるようにがんばる事でした。おねがいします。一言で結構です。兄に弔いの言葉を頂けないでしょうか」とあり、わたしは「弔辞を書くことはある意味で容易いですが、なにも知らないのに弔辞を書くことは死者に対して失礼ではないでしょうか」とお返事を書いて、お墓参りに行きました。らばるすさんの郷里の萩でご遺族のお話を聞き、その後も弟さんとはメールのやりとりをしていたのですが、「兄の残したBBSに書き込んでくれたら、兄も喜ぶんじゃないかと思います」って書いてきたんですね。
わたしが書き込むようになると、らばるすさんとやりとりをしていた方々も集まってくれるようになりました。ところが、そうこうするうち、わたしがすごく深入りをしてしまったんです。ずっとネットの前にいる状態になって、離れられない。だれかが書くと即レスしまくって。結局、わたしだけが膨大に掲示板に書きこみしていたんです。チャットもやったんですが、徹夜徹夜でバランスがとれなくなってしまったんですね。そうしたら、そこに集まるみんなが話し合ってくれて、掲示板とチャットルームから距離をおいて、避難場所みたいな形でわたしがブログを書くほうがいいんじゃないか、ということになりました。みんな、見ず知らずのひとたちだったんですけど。
それで、この本の前身であるブログ「名づけえぬものに触れて」ができました。
それから、この本の解説を書いてくださっている文芸評論家の榎本正樹さんにも相談して、それじゃHPを立ち上げましょうということになって、公式HP「La Valse de Miri」が始まったんです。HPをはじめた経緯などは、「サイトオープンにあたって」として書きました。
−−死んでしまった人の思いや、さまざまなことを柳さんご自身も抱えられ、新しいHPを立ち上げるにいたったわけですね。柳さんにとってネットとの関わりはどんなものだったんですか。
柳さん わたしにとってネットとは何なのかというと、「窓」だったと思うんですよ。八方塞がりの時に、家の窓を開け放って叫んでも、道行くひとはだれも立ち止まってはくれないですよね。けれどもネットでは、どこかのだれかに声が届く。そういう場所だったんです。
だから、公式HPを立ち上げる時にも、夜、窓を開けて、だれか助けて!と叫べるような場所でありたいと、そういうふうに思っていました。
ネットに対しては、いろいろな意見もあるじゃないですか。ニュースやテレビでは、事件に関することのほうが多く報道されていますし……でも、わたしにとっては、だれかがいて、どこかにつながっている場所だったんです。
−−読んでいくと、憤りや、つらい思いなどとともに、光が見えたり、言葉がリズムを持つ日があったり。テーマだけでなく、表現もスタイルもさまざまですが、作家にとってブログというのは、どういうものなのでしょうか。
柳さん 原稿を掲載する媒体としての雑誌には、読者層もあり、編集長の方針もあり、いろんな制約があります。その制約のなかで書く面白さもあるんですけど、書けないこともあるんです。なるべく雑誌に掲載する場合は、感情的な部分を削いでいくんですね。
けれども、ブログは感情そのものというか、気持ちの揺れやブレ、言葉からあふれてしまう怒りとか悲しみ、逆に喜びといった感情が感じられる。ネットは、そういった感情を伝えやすいメディアなんですね。
だから、悪い方向に出てしまうと、祭になって炎上することもあるでしょうけど。そういったことも、必ずしも悪い面だけではないというふうに思いますね。
−−いろいろな人たちのいろいろな感情が、いろいろな形で吹き出している場所だということでしょうか。
柳さん ネットは、厳密に言葉だけを伝える場所だとは思っていないんです。感情が流れていくというか……チャットなどでも、書かれた言葉だけでなく「そうは言っても、今、落ち込んでない?」みたいに、気配や雰囲気まで伝わる……面白いですね。
−−そういったネットの特性を、ネットに触れてこなかった柳さんが、短期間でつかまれたのは?
柳さん わたしがもともと、ネット的な人間だったのかもしれません。10代から高校中退して、引きこもりのハシリみたいなところもあったと思うんですよ。
(注:過去の作品などに詳しい)
もともと、不特定多数のひとにつながるものがキライじゃなくて。一時、テレクラが流行った時には、テレクラにもハマっちゃったんですよね。20代前半の頃かな。徹夜して電話かけてましたね、設定を変えて。それも、ネットのハンドルネームで、キャラクターや年齢設定を変えて、いろいろ書き込むのと似てますね。
−−興味深いお話ですが、そうまでして、だれかと触れあいたかった……なにに触れたかったんでしょうか。
柳さん やはり『名づけえぬものに触れて』としか言いようがないですね。
−−たしかに「名づけえぬもの」ですね。見えるか、見えないのかわからないけれど、そこにいる、何か。バーチャルと言い切れないリアルなものが、向こう側にいる……。
柳さん そう。いるんですよね、実際に。
わたしが、いま一緒に暮らしているひとが、その時チャットをやっていたひとで、15歳年下の……。
−−本にも登場する「彼」ですね。
柳さん 「彼」ですね。「名づけえぬものに触れて」で出逢って、チャットで交流を深めて、ウチに来たのが、ちょうど朝日新聞の連載小説(『8月の果て』)が打切りになった日です。そのとき、19歳とかでした。ヤバい年齢ですよね(笑)。
−−でも年齢差って、ネットなどで出会ったケースだと、関係なかったりしますね。
柳さん 実際のお見合いだと、お互いに条件を出しあうじゃないですか。年齢や年収がいくらで……と。ところが、そういう条件では絶対に出逢えない、でも実はすごく気が合うというひとに、ネットで出逢えたわけです。お見合いでは、いくらやっても見つからないですね(笑)。
−−たしかに、本の中にもありましたが、ネットには属性を削ぎ落とす効果もありますね。そういったさまざまなつながりも登場しますが、本に収録されているのは2005年7月まで。これは、どんな時期だったんですか。
柳さん 激動の時期でしたね。
途中、新聞連載が打切られたこともありました。お互い情報を流さないということだったのに、打切りの経緯について、新聞社サイドの情報が出てきちゃったんです。こちらは黙っていたのに、どういうことなんだろうと思いましたし、しかも実際とぜんぜんちがう……それを書いたら産経新聞に引用されたりもしました。情報発信としても、ブログがあるということは、強いなというふうに思いましたね。わたしはすごくいいメディアだと思っているんです。
それにこの時、ネットがなかったら、死んじゃっていたかもしれないと思いますね。「彼」との出逢いもないし。らばるすさんにも支えられたし、たくさんのひとたちに支えられました。10代の女の子に、パソコンの前で泣いてちゃダメだよ、寝ないと……って書かれたり。
捨て猫と捨て犬の里親募集サイトにも見入っていました。結局、犬3匹、猫8匹を飼っちゃっいましたね。その募集サイトを見ていると、生まれたばかりの子供はすぐにもらわれていくんですけど、その子のおかあさんのほうはどうなるの……とか、8歳の犬でほえ癖があって3日で返されてくるなんていうのを見ていると……なんかこうメールアドレスを送信したりしてて……。「彼」に相談する前にやるので、あとで怒られるんですけどね。
この犬たち、猫たちにも支えられていた部分もありますよね。この子たちがいなかったら、どうだったか……精神的にも経済的にも、ほんとにどん底だったんですけどね……。
−−そういった日々をまとめられたんですね。どういう意味合いが込められているのでしょうか。
柳さん これは記録でもあり、支えてくれたひとりひとりのビジターのそばに置いておいてもらいたいものです。この本を読むひと、それぞれの自分の時間を振り返るという意味もあって、自分はこの日、何をしていたのか……と思い出してもらえれば嬉しいです。そういう意味で、日付の文字を大きくしてあるんです。
−−デザインも斬新ですね。ブログを意識した本文の横組み、ネットの画像では真っ白になってしまってわからないかもしれないのですが、キーボードのような凹凸の加工が表紙にあって、中のタイトル文字のところなども凝ったデザインになっています。
柳さん 装丁は帆足英里子さんという方です。デザイナーの方とお会いすることはあまりないのですが、今回は自分の気持ちを伝えたいと思って。お願いしたのは「本なんだけど、本じゃないよ」……みたいなこと(笑)。ネットから立ち上がったということを大切にして、本を閉じてもおさまらないデザインにして欲しいというふうに伝えましたね。
−−なるほど、パソコンをイメージして作っているんですね。栞がまた、ビニールコードで。これはマウスコード?
柳さん そうです(笑)。編集してくれた日経BP社の平島綾子さんとも、ネットつながりですね。雑誌の取材を受けたのがきっかけで。そのインタビューなども収録されています。
−−いまやブログはネット上にたくさんありますし、ブログの文章を本に移しかえただけのものもたくさんありますけど、この本は、リアルに生まれ直してくる、現世に還元され手元に来る……そういう形を作ったんですね。支えてくれた人たちや、柳さんをとりまくいろいろなつながりを感じることができる本でもありますね。
柳さん ネットでのやりとりは、すごく自分の中でプラスになっています。新しい文体を習得したかな……という手応えもあるんですね。ネットでのしゃべり文体っていうのは、その後の小説にも生きています。
−−たしかに文体もこれまでと、かなりちがっていますね。今年出た、ほかの小説もそうなんですか。
柳さん そうですね。『黒』もそうだし、『山手線内回り』もそうですね。チャット文体です。『黒』はなかなか、声に出して読めないと思いますけど……。
−−『黒』の読みどころも教えてください!
柳さん これは、東さんの視点で書いているんですよ。「黒」「白」「緑」の3作収録されていて、「黒」は東さんと同居しているわたしがある夜、パジャマのままベッドを抜け出して、タクシーで別の男のもとにいった日のことを、東さんが罵倒しまくるところから書いています。「白」は、ガンになって闘病中、モルヒネがはいって混濁していく意識を、「緑」は焼き場の炉のなかから、です。死者になった東さんの視点で、『命』を逆側から見たらどうか……ある意味、踏みにじるというか、そういった作品です。
−−さて、再生をはたした柳さんは、今年、文筆活動20周年を迎えられたということですが、今後はどのような活動をされていくのですか。新たな動きもあるようですが……。
柳さん 振り回されることをやってみたいなと思っています。自分の書いている作品の完成度を上げることよりは、どちらかというと、壊していきたいと思うし。今までやっていなかったこと、柳美里はこんなことをやるんだということに関わって、自分自身ボロボロになるまで振り回されてみたいですね。それが演劇……青春五月党の再旗揚げなんですが、いまその準備を進めています。それから、「週刊現代」でテレビをテーマにした連載もはじまります。
−−新たな動きのために入力しつつ、エンジンをかけはじめたところなんですね。
柳さん でも相変わらず、自分にとっては、ネットは重要ですね。今も毎日、「今日のできごと」というフォトログをケータイからアップしているんですけど。あれもたぶん、作家のHPなかで一番、更新頻度が高いんじゃないかな(笑)。多い日は40本とかアップすることもあって、ほとんどブログ中毒みたい(笑)。
ただ、チラリとやるだけでは、わからないんですよ。ハマってみないと。振り回されてみないとね。犬猫も、まだ抜けられなから、時間ができたら、ドックトレーナーの学校にもっと通いたいとか……。
だから、もっと時間がほしいですね。
−−ますますのご活躍を楽しみにしています! 今日は、ありがとうございました。
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パソコンを模した斬新な装丁。そして、あまた出版されているブログ本の文体とはまったくちがう文章に驚き、日々、揺れ動く内容に感情を揺さぶられ、そのうち不思議な清々しさが感じられる本です。インタビューでは、ネットは感情の流れる場所である……という指摘に、感性の鋭さを感じました。どこかなにか、心の隙間と魂の寂しさを感じるあなた、読んでみてください。
【インタビュー 波多野絵理】
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