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| 明日も、あさってもことりといっしょの朝が来る――そう信じていたのに突然、最愛の友だちをなくしたくまは、ひとり暗闇に閉じこもってしまいます。ところがある日、いいお天気の朝がきて……。大切な記憶、かけがえのない時間を瑞々しく描いた作品で人気を集める作家の湯本香樹実さんが、絵本『くまとやまねこ』を上梓。絵本作家・酒井駒子さんとの初のコラボレーションによって生まれたこの絵本について、湯本さんに伺いました。 |
| 『くまとやまねこ』 |
| 『夏の庭』 |
| 『魔女と森の友だち』 |
| 『西日の町』 |
| 『わたしのおじさん』 |
| 『いたずら王子バートラム』 |
| 『こうちゃん』 |
| 『よるくま』 |
| 『よるくまクリスマスのまえのよる』 |
| 『ビロードのうさぎ』 |
| 『リコちゃんのおうち』 |
| ※ウッディ・アレンが大好きな湯本さん |
| 『アニー・ホール』 |
| 『バナナ』 |
| ウッディアレンの一覧はこちら |
| 『ワン・クワイエット・ナイト/パット・メセニー』 |
■絵/酒井駒子さん(さかいこまこ) 1966年兵庫県生まれ。東京芸術大学美術学部油絵科卒業。絵本に『よるくま』(偕成社)、『ゆきがやんだら』(学習研究社)、『こうちゃん』(文:須賀敦子/河出書房新社)など多数。2004年『きつねのかみさま』(作:あまんきみこ/ポプラ社)で日本絵本賞、2005年『金曜日の砂糖ちゃん』(偕成社)でブラティスラヴァ世界絵本原画展金牌、2006年『ぼく おかあさんのこと…』(文溪堂)ではフランスでPITCHOU賞、オランダでZilveren Griffel賞(銀の石筆賞)を受賞。 |
−−横たわることりの姿が描かれた扉の絵からとても印象的です。死から始まるというのは、この本を書くにあたってこだわられたことですか? 湯本さん 死をテーマにしようと思って書き始めたわけではないんです。何か大切なものを失ったところから、再び新たな何かが始まるまで、その中で流れている「時」というものを書きたかった。時というのは容赦なく「経ってしまう」ものだという一面もありますが、それだけではないですよね。日頃から私の持っている、時間に対する信頼と感謝の念が、この物語のもとになっていると思います。大なり小なり誰もが経験しているいろいろな喪失……死ばかりではなく、逢えなくなるとか、自分にとって大事な何かを失うというのは、それがたとえ人でなくても、あるいは不幸なことでさえなくても、その人自身にとっては「小さな死」といえるのではないでしょうか。その小さな死が起きた時、時間というものの中で再生していく。小さな死と再生が一人の人間の中ではほとんど絶え間なく起こっていて、再生されたものが元通りかといえばそういうことも決してない。失ったもの、失ってからの時間、そういったすべてが手をとりあったうえでの再生なんだと思います。
−−酒井駒子さんとのコラボレーションはこれが初めてですね。 湯本さん そうですね。もともと酒井さんのお仕事を拝見していて、すばらしい本を作る方だなと思っていました。酒井さんの絵そのものが美しいのは今さらいうまでもないことですが、本として出来上がったときの完成度がすごい。描かれているものとの距離感が適度で風通しがよく、心地よい距離感を保ちながら、それでいて一分の隙もないというか。一緒に作ることが出来て、幸せです。 −−出来上がったものを見てどう感じましたか? 湯本さん 最愛の友だちをなくしたくまが自分の中に閉じこもって、それがある日、窓を開けてみたら……という時間の経過が、絵本にしたことではっきり伝わるのがすごくうれしいですね。一枚一枚ページをめくることで、時の経過を体で感じることができる本になっていると思います。止まっているように思えても、絵本のページをめくるように時は動いていて、ある日、窓を開けたくなる。とくに、閉じこもっていた部屋を出たくまがやまねこと出かける場面で酒井さんが描かれた、世界の明るさと広さがとても好きです。
−−あえて文字だけにされているページもあって驚かされました。 湯本さん 次のページから動き出す感じがよく表れていて、いいですよね。本としてどんな風に読んでくれる人に届けるかを、酒井さんはすごく緻密に計算している。もちろん私もそれは心がけていることです。文章が先にあっても、絵が出来てきたとき、文章と絵が重なっているようなところがあれば、文をどんどん削っていきますし、書き直したりもします。絵と文と、両者が適度に押したり引いたりする作業が絵本を作る醍醐味だと感じています。 −−子供時代から絵本はよく読まれていたのですか? 湯本さん 今のように絵本が豊富にあった時代ではなかったですし、特に絵本に関心がある親でもなかったので、身近に絵本がたくさんあったわけではないんです。ただ、家にあった子供向けの英語の百科事典をよく眺めていました。外国の家庭用品とか、目にしたことがないものがきれいなカラーの挿絵で描かれていて、勝手にいろいろ想像していたおぼえがあります。もう一つ忘れられないのが、幼稚園、小学校と通っていたミッション系の学校で配られた子供用の聖書。印刷が独特の不思議な色合いで、よく浸っていたものです(笑)。その絵を見たり、学校で聖書の話を聞きながら、現実の、今この目で見える世界とは別の世界がどこかにあるんだな、と考えていました。特定の宗教に帰依するとか、具体的な天国のイメージを持つとか、そういったこと以前の、もっとシンプルで本能的な感覚で、そういう子ども時代の経験は大なり小なり皆持っているんじゃないかと思います −−処女小説の『夏の庭―The Friends―』は、ご自身のおじいさまとの記憶をきっかけに書かれたそうですが、おじいさまを亡くされたのもその頃ですか? 湯本さん そうですね、小学校に入ってからでした。祖父が亡くなったり、飼っていた動物が死んでしまったり、誰しも経験することではありますけれど、そのことについていつも考えていたようなところがありました。考えというにはあまりにもやもやっとしたものでしたし、もちろんただ遊びほうけている普通の子どもの生活をしていたわけですが。『夏の庭』は、たしかに子どもの頃、うまく言葉にできないなりに考えていたことを、物語というかたちで表したものだといえます。 自分の心の中の雑音みたいなものを沈めていって、澱が沈んできれいに浮いてきた、その上澄みを書くことで表したいんですね。意図的ではなく、どんな風に浮いてくるかを待ちたい。だから時間の経過が必要で、書くことに関しても時間に書いてもらっているという気持ちがあります。そういう意味でも時間に感謝していますね。
−−絵本を書くことの面白さは感じていますか? 湯本さん もちろんです。絵本は言葉の数も限られているので、長い文章とは頭の違う部分を使って書いている実感があります。ある程度作業が進んでくると絵とのバランスをみて文章を削ったり、今回はそういうことはなかったのですが「このページはカラーだけどこのページは白黒」といったような制約がある場合もあって、でもそういう制約をどんどんクリアしていくと本として完成したとき「最初のままよりよかった」となるのが面白い。出来上がってから何度も手に取るのも絵本です。自分の書いた小説を読み返すのは、ちょっと勇気がいるんですよ(笑)。 人によっていろいろやり方はあると思いますが、書く時は自分を自由にして思いきり書いて、あとでザクザク切っていくんです。最初から自分を律してしまうと書けないです。360度どこにでも行ける、という自由を味わいたくて書いているので、効率は良くないけれど、仕方がないと思っています。 −−今後も絵本に取り組んでいきたいですか? 湯本さん そうですね。今、少し長いものを書いているところですが、小説と絵本を同時につくるというのが、自分にとってはいいバランスなのかもしれません。絵本のアイデアを出そうとしてただ机に向かっていても駄目で、両方あるのがいいみたいです。 −−最後に、読者へのメッセージを頂けますか? 湯本さん 自分を信じるというのは、すべて自力でやるということじゃなくて、自分の生きている時の流れを信じる、ということなんじゃないかと思うのです。今、どういう時間の中にあるにせよ、時間と いうのはよい味方なのだと思ってほしい。 −−この絵本をめくりながら、時間の流れを感じてみたいと思います。ありがとうございました! |
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