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2015/8/7掲載
■テーマは私自身のなかに潜在する――土岐麻子、2年ぶりのアルバムは“都会で暮らす不惑の女性のサウンドトラック
昨年秋のカヴァー集『STANDARDS in a sentimental mood ~土岐麻子ジャズを歌う~』を経て、土岐麻子が2年ぶりとなるオリジナル・アルバム『Bittersweet』を届けた。2010年に発表した『乱反射ガール』以降、少女期に影響を受けた80年代の“シティ・ポップ”を再解釈することで楽曲の世界観を豊かにしていった彼女だが、近作と趣旨の異なったジャケットのヴィジュアルからして、今作はネクストに向かうドアを開けた、そんな印象を感じさせるアルバムだ。洗練されたバンド・サウンドはそのままに、しかし、歌のなかの主人公は、不惑を目前にした彼女自身をそのまま重ね合わせることができるリアリティと、いままで以上の親しみ、色っぽさを感じさせるものだ
――今回のジャケットは”自撮り”ということで。ちょっと前に”土岐撮り”(Twitterの相互フォロワーであるバカリズムが“最近、僕らの間では食べ物などをわざと下手に撮ってまずそうにみせるという「土岐撮り」が流行っている”とツイートしたことが発端)というのがSNS上で話題になってましたけど、さすがにご自身の姿はちゃんと撮られてますね(笑)。
■土岐「そりゃあ、そうですよ(笑)。実は今回、カメラマンさんもちゃんといて、アー写はカメラマンさんに撮ってもらったものなんですけど、撮影のあいだに小一時間ぐらい自撮りをするコーナーを設けて、鏡を見ながらシャカシャカ自分で撮ったんです。自分が見られたいと思っている自分の顔っていうのがあって、自撮りだとそれがすごく表れてるんですよね。欠点をね、すごく隠す。自分のコンプレックスになっている、たとえば顔の歪みとかシワとかっていうのを目立たせない撮り方とか、ちょっと手で隠したりとか。それがまさに今回のアルバムのテーマに繋がるなあと思って」
――欠点を隠してるアルバム、っていうことじゃないんですよね(笑)。
■土岐「違います(笑)。いまその、Instagramとかでいろんな人が自撮りを晒してるじゃないですか。それを見てると、実際に会ってみると違った印象を受けることがあるんですよね。端から見たらぜんぜん綺麗なのに、顔が丸いのがコンプレックスなのか、上目遣いで撮ってたり、たぶん、この人はこう見られたいんだろうなとかっていうのがわかって、おもしろいなって。そういうことっていくつになっても、ギャルじゃなくても、自分で自分を撮りなさいって言われたらみんなそうすると思うんですよ。それがその、今回のアルバムのテーマである“惑っている女の人”ってところに繋がって」
――なるほど。
■土岐「女性も私ぐらいの年齢になると、自分がこの先どうやって生きていくのかなあとか、どんな人生にしていったらいいんだろうとか、一抹の不安があるわけですけど、そういうときこそ自分をちゃんと見つめなきゃいけないというか、自分の欠点を見ないようにしてたら問題はいつまでも解決しないって、ここ数年すごく実感していてるんです(笑)。うまくいってないところとか欠点をスルーして生きていけば、50、60って歳をとっていったときに“ああ~”ってなるに違いないって。たとえば、子どもを産むか産まないかっていう選択を迫られる時期だったりもするんですけど、子どもを産めば、いままで築いてきた生活ががらっと変わってしまう。いまの生活はいまの生活で成立してるし、わりと好きにお金も使えて、だけど、家族が増えるってことになれば、イチからやり直さなきゃいけないんじゃないだろうかとかって思ったりとか、そういう葛藤を抱えてる人って結構いるし、単純にパートナーがいないっていう悩みを抱えてる人もいるんですよね。でも、そこで考えるのを面倒臭がってスルーしてると、時間だけが刻々と流れていってしまう」
――そういったことは男性でも考えられることですよね。
■土岐「男性は男性で、独立するんだったらいま、なんてことがあるかもしれませんし。子どものことだけじゃなくて、仕事のことに関しても、男女とも選択を迫られることが多い、そのピークなんじゃないかと思うんです。ジャケットではコンプレックスのある部分を隠してますけど、そんなことじゃいけないんだよっていう、逆の意味でのメッセージで(笑)」
――隠したがっている部分も含めて、こういう39歳女性(独身)だけど、どう?っていう提示でもありますよね。
■土岐「そうそう。今回のアルバムには惑っている途中を切り取った曲が結構あって、必ずしも答えが見えてるわけじゃないんですよね。今回のテーマは私自身のなかに潜在するテーマだったりするんだけど、聴く人によってピックアップする部分は違うでしょうし、聴き終わったあとになんとなく考えることって人それぞれ違うと思うんです。ちょっと嫌なところとかスルーしていたところを見つめる、見つめなくちゃって思ってもらえるような作品になれたらなと思ってるんです」
――今回のアルバムを聴いてまず感じたのは、わりと“近い”なという印象なんですよね。描かれているのが、年齢相応の決して特別ではない女性の心象だと思いますし、同世代の女性であれば共感を呼ぶ、男性からしてみても恋愛感情とは違った感覚で惹きつけられる魅力が、このアルバムのなかにいる土岐さんにはあるなと。
■土岐「今回はジェーン・スーさんにコンセプト・プロデュースをしていただいたのも大きいかったですね。スーさんが、壁打ちテニスの“壁”になってくれたんですよ。コンセプト・プロデューサーだからイチからいっしょにアイデアを考えてるし、歌詞も1曲共作しています。スーさんには、女性同士の会話っていうか、ひとりが自分のことを話して、ひとりがその話を聞いて、客観的に“あなた、それはそうじゃないよ”っていうふうに言ってくれたりとか、導いてくれたりっていう、そういう役割で参加していただきました」
―― 頼もしい相手ですね。長年連れ添ってる女友達のようで。
■土岐「そうですね。私がひとつの歌詞を書き上げて、それをスーさんが読んで、“この主人公は、どんな男と付き合ってきたのかわかりづらい”とか、“主人公の本当の望みはなんだろう?”って意見を投げてくれるんですね。それでまた練り直していくと、“あっ、そっか、落としどころが違ったなあ”と気づいたり、こういう人と付き合ってたっていう設定をちゃんとさせることによってもっとイマジネーションが膨らんでいったりっていう、結局その、自分のなかにある言葉を精査する作業に持ち込んでくれるんです。そういうのって、ひとりだと面倒臭いというか、自分の見たくない部分まで見つめなきゃいけないから、スルーしちゃう。自問自答っていうのは本当に難しいことだと思うんですけど、問いかけてくれる役割をスーさんがやってくれたので、それで答えを導き出せた感じですね」
――1曲目の「セ・ラ・ヴィ ~女は愛に忙しい~」の歌い出しからしてイイですよね。三度目の運命の恋も ただの人違い”って。
■土岐「これはですね、スーさんが最初の会議でぽろっと言ったことで、“なんか運命の恋だとか言ってるけど、何度目だよ!って、そういう人いるじゃない?自分自身もだけどさ(笑)”っていう。みんなが“そうそう!”って思い当たるような、こういうのを歌詞にしようって。人って、運命を改ざんして生きていくものですからね。勘違いもいいんじゃないっていう」
――今回の歌詞は、時間設定が絞られているような感じもしました。“真夜中 ひとけのない 路地裏”“昼過ぎに目を覚まし”“また眠る 寝る 寝る 午後五時”“白く消えそうな 街あかり”“壁紙をすべってゆくヘッド・ライト”……まどろみとか、淋しさとか、静けさみたいなものを感じる時間というか、その流れのなかというか。
■土岐「そうかもしれない。内省的な時間ってそんな感じなんでしょうね。たとえば5年前に出した『乱反射ガール』のときは、海を感じて風を感じて……みたいな一枚の画があって、夏の日差しの画があって、ひたすらそこからすべての曲を発生させていったから、そういった意味ではすごくムーディーでファンタジーな作品だったんですけど、今回はリアルなメッセージとか言葉が核にあって、そのまわりにムードを肉付けしていった感じなんです」
――それを聞いて、まだニュー・アルバムを未聴のファンは安心するかと思います。ムードもなしでアラフォー女子のリアルな惑いを切々と歌われても……ってなるので(笑)。
■土岐「ねっ。そうだったら、どうしようもなくなっちゃう(笑)。今回……そう、そのリアルをものすごく理論的に考えて、その役割をスーさんが担ってくれたんですけど、アルバムには何曲入れるかっていうところから始まって、12曲だったら12のフェイズ、ひとりの女性の12のシーンを考えていきましょうって、ホワイトボードに書いていって(笑)。失恋、虚無感、羨望、失恋からの立ち直り、女友達との時間、新しい恋をみつける、過去の自分を許せるようになって……とか挙げていって、そこから歌詞を書いていったんですよ。だから、すごく理論的にというか、物語を作るように作っていって。必ずしもそのフェイズの通りになったわけではないんだけど、ひとりの女の人のいろんな時期を切り取ったアルバムになっているんですよね」
――フェイズの通りにならなかったのは、歌詞を書いているうちに土岐さん自身のリアルから離れていってしまったからとか……ですかね?
■土岐「そういうのもありますし、あとはサウンドの影響っていうのも大きくて。今回もシュンちゃん(渡辺シュンスケ)と川口(大輔)くんとTomi Yoさん、それと橋口なのめさんっていう高校生のシンガー・ソングライターに曲を作ってもらっているんですけど、こういうテーマのアルバムですっていう打ち合わせはしたものの、上がってくる曲っていうのはいろんな曲があって、この曲にこのフェイズは合わないとかっていうものありましたね。実現できなかったフェイズのなかには、“母との確執”っていうのがありました(笑)。自分の人生を生きたいけれども、年老いてきた親の望む人生を生きることが親孝行だったりもするし、でもそれもできないし、どのように親離れ子離れをするべきか、っていうのを歌にしようってフェイズを設けたんですけど、それに合う曲調がまったく見つからなくて(笑)」
――たしかに、その歌詞をどういう音で、ムードありきでやるのかっていうのがまったく想像できないですね(笑)。
■土岐「あとは、女友達における叱咤激励の歌とかもあって、それは作曲のオーダーまでしたんですけど、そういう言葉を乗せたらあまりにもロマンがなくて(笑)。余白がないというか、そこはエッセイとか小説のようにはいきませんでしたね。サウンドの気持ちよさとかサウンドに寄り添った言葉でムードを作るのも大事なので、そうやってうまくハマらなかったものあるんですけど、ただ、サウンドに感化されてできた新たなフェイズとかもあったりして」
――ほうほう。
■土岐「たとえば、9曲目の〈愛のでたらめ〉は、曲を聴いたときにすごくエロいなあって思って(笑)。なんかこう、艶っぽいというか、気怠くて、色気があって。そういうフェイズは用意してなかったんですけど、アラフォーの女性なら一度はそういう……論理とかじゃなくてどうしても吸い寄せられてしまう魅力とかに翻弄されたことがあるのではないかと思って、“エロい”っていうフェイズを加えました。あと、ラストの〈地下鉄のシンデレラ〉という曲もそうなんですけど、これはなんとなく曲を聴いていたら、すごくその、客観的な目線で語りたくなったというか、三人称で語る曲にしたくて。アルバムの主人公になっている女性の成長物語を客観的に……自分のことなのか、後輩のことなのか、友達のことなのかわからないけど、第三者の目線で描こうって思ったんですね」
――そういえば、今回もいろんなプレイヤーの方々が参加されていて、多くは土岐さんの作品でおなじみの方なんですが、KIRINJIの弓木英梨乃さんは初顔合わせですよね。
■土岐「ライヴで観て、イイなあって思ったんです。あとはKIRINJIの新譜もすごく好きで、ちょうど今回のアルバムを作り始めたころに聴いて、これは素晴らしいなって。とくに〈雲呑ガール〉っていう曲のギター・ソロを聴いて、弓木さんカッコイイなあって思ったんですよね。これはもう、ひとり若い世代のプレイヤーを迎えたら、バンドがおもしろくなるんじゃないかって思って、お願いしたんです。弓木さんも最初は“私でいいんですか~”とか言ってたんですけど、ものすごくかっこいいギター・ソロを考えてきてくださって。あんまりエゴイスティックじゃないというか、ギターっていうパートはナルシスティックだったりエゴイスティックな感じとくっついていたりするものだと思うんですけど、弓木さんには一歩引いた冷静さがあって、クリエイティヴなものを出してくる。エゴイスティックじゃないけど、決して裏方ではない感じですね」
―――もしかして、今回収録してる「Kung Fu Girl」という曲は、KIRINJIの「雲呑ガール」からインスパイアされた曲だったり?
■土岐「いや、それはちょっと違っていて(笑)。私のなかで最近“中国”が流行ってるんですよ。去年の2月のライヴで歌った〈杏仁ガール ~Far Eastern Tale~〉っていうオリジナル曲があって(今作のCD + DVD仕様に収録)、そのときはチャイナ服を着て歌ったんですけど、なんかわからないけどブームになっているんです。たぶん、子どものころに流行っていたのが記憶にあるんでしょうね。YMOの曲にもあったし、キョンシーの映画(『霊幻道士』)に影響されて、小学校5年のときにカンフーボタンのシャツを着ていた覚えがあります(笑)」
――土岐さんにゆかりのある方だと、EPOさんの「くちびるヌード」なんていう中華風のポップスもありました。
■土岐「そうそう、あの感じがいま再来していて……と思ったら、最近のファッションでもカンフー風のジャケットが流行っていたりとか、k3の春夏コレクションで、レザーのバッグがチェーンで繋がっているヌンチャク風のものがあったり、もしかして、みんなそういう気分なのかな?って思って。そしたらKIRINJIもだし」
――ところで、今回のアルバムは、やはり同世代の女性にはとくに聴いて欲しいところですかね。
■土岐「そうですね。これを聴いて、“いや、私は違う”と思ってくれても構わないというか、共感できなくても、言っていることがまったくわからないっていうことはないと思うんですよね。そういう意味で、聴いてどう思う?っていう感想を訊きたいですね」
――残念ながら僕は同世代の女性ではないので、感じ方はちょっと違うと思うんですけど、わりと近い世代を中心に、男性でも興味をそそられるアルバムであることは間違いないかなと。
■土岐「それはもう、“ジェーン・スー塾”のおかげ、客観性のテコ入れの結果かも知れないですね。そう、RHYMESTERのアルバムが『Bitter, Sweet & Beautiful』っていう同じようなタイトルで、同じ日に発売なんですよね。直接聞いたわけではないんですけど、ラジオのなかで宇多丸さんが“この歳になるとね、こういうことですよね”っていうようなことをおっしゃっていたみたいで、男の人もそういう苦さと甘さの中間で、なんともいえない惑いがあるのかなって思ったりしました」
取材・文 久保田泰平CDジャーナルweb 2015年7月29日掲載
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