2016/1/29掲載
2016年4月から全国12ヶ所にて開催される「PUSHIM LIVE TOUR 2016 “F”」 チケットは詳細はこちら!
ギミックやトリックのない“自分そのまま”をどう出せるか――PUSHIM、オリジナル・アルバム『F』をリリース 2014年には『15th -THE BEST OF PUSHIM-』、そして昨年は『RIDE WITH YOU ~FEATURING WORKS BEST~』と、キャリアを総括する作品が印象的だったPUSHIM。そういった流れを経て、約2年10ヵ月ぶりとなるオリジナル・アルバム『F』が、自身の立ち上げたレーベル“Groovillage”よりリリースされる。MUROがプロデュースを手がけたディスコティックな「Feel It」からスタートし、いわゆるレゲエとは肌触りの違うサウンドから幕を開けることに大きな驚きを感じさせられる本作は、ジャンル分けを超えたヴァラエティに富んだサウンドに、シンプルなメッセージと彼女らしい確かな歌声が刻み込まれ、その彩りを倍加させていく。PUSHIMのベーシックな部分と新たな一歩を同時に感じさせる一枚だ。
――昨年は韻シストとの「Don't stop」や、東京弐拾伍時との「時間ヨ止マレ feat. MURO & PUSHIM」など、ヒップホップ界隈のアーティストとのプロジェクトが多かったようにも思えました。またこの2曲を取っても、バンド・アプローチのグループ、王道のヒップホップ・ユニットと、かなり振れ幅のあるセッションだったというのも、リスナーとして非常に印象的でした。
■PUSHIM「タイミング的に近い時期に呼んで頂いて、たまたまそういう流れになったという感じですね。東京弐拾伍時のメンバーとは昔からの長い付き合いなので、客演に呼んでくれたのは嬉しかったです。〈時間ヨ止マレ〉はD.Lが亡くなったこともあって、皆の心からの想いが綴られたリリックが私自身にもグサグサと刺さったし、心を動かされました。実は韻シストとは去年初めてお会いしたんです」
――そうなんですね。
■PUSHIM「もちろん存在は知ってたし曲も聴いていて、同郷で歳もそんなに変わらないんですけど、去年まで接点が実は無くて。でも出会ったらすぐに意気投合して、〈Don't stop〉を制作した後に、アルバムに参加してもらうことにもなって。その意味では、色んなことが繋がっていった、とても大きな一年だったなと思うし、そういったお誘いを頂けるのは、歌い手として恵まれてるなって」
――「時間ヨ止マレ」に参加されていたMUROさんが、ニュー・アルバムでは「Feel It」のトラックを手がけていて、韻シストは「MATTAKU feat. Shyoudog(韻シスト)」と「A Place In The Sun」に参加しているのというのも、その流れの上にあるのかなと。また「Feel It」はディスコティックな雰囲気の曲だったので、非常に驚きました。
■PUSHIM「〈Feel It〉は、出来上がったトラックを聴いた瞬間にメロディも歌詞もバッと浮かんで。スゴくキャッチーでもあるし、ディスコ的なものとレゲエ的なものを併せたようなサウンドがやりたかったんですよね。ただ単純にそれだけの気持ちで、意外性を与えたいということでは無くて。自分がいままで聴いてきた音楽とリンクしているし、いままで作ってきた曲との違いは無いと思うんですけど、これまで実際に〈Feel It〉のような曲をやってはこなかったから、聴き手には新鮮に思えるのかなって。私の中では、ごく自然に出来上がったブランニュー・チューンですね。聴いてて楽しいでしょ?」
――もちろん。オーセンティックさと新しさが同居したグッド・ミュージックだと感じました。
■PUSHIM「でしょ。だから出したっていう感じです(笑)」
――アルバムに『F』と名づけられたのは?
■PUSHIM「今回は、全体のコンセプトだったり“こういうアルバム”という前置きは持たずに、それよりも一曲一曲を丹念に作っていくっていう方向性に注力していたんですよね。その中で、タイトルを決めないといけないタイミングになった時に、子供が携帯で“F”を連続で押していて、もちろん偶然なんだけど、そこにはいわゆる四文字のFワードもあるし、FEEL、FAMILY、FRIEND、FUTURE、FANTASTIC……って、いろんな“F”の言葉があるなって。だから、子供が偶然に選んだのもなんかの縁やなと思って、『F』というタイトルを付けました。正直、あんまり深い意味は無いです(笑)。ただ、近しい人と作ったアルバムではあるので、ファミリー感というのは出ていると思いますね」
――歌詞の主語について、“君”や“あなた”、そして“私”という言葉が中心になっている部分が強いと感じました。“あなた達”や“我々”といった、対象のぼんやりとした広さではなく、マンツーマンという構造の歌詞が多いということにもなりますが、それは意図的なものですか?
■PUSHIM
「自然にそうなっていったんだと思います。前作の『IT'S A DRAMA』は恋愛を全くしない中で作ったアルバムだったんですけど、それから多少の恋もしたし、そういう変化も歌詞に反映されてきたのかなって。『F』は、時間をかけて客観的に組み立てていくよりも、いま自分の中にあるものをストレートに、しかもどれだけ強く一気に放出できるかっていうイメージで作っていったんですね。一体何が出てくるのか、自分でもワクワクドキドキしながら。例えば化粧は、時間をかけ過ぎるとスゴく濃くなってしまうんですけど(笑)そういう風にならないように、ギミックやトリックのない、何も格好つけてない“自分そのまま”をどう出せるかにフォーカスして。とても“自分”のアルバムになったと思いますね。出来上がった瞬間に身震いがするような経験をさせてもらいました」
――その意味では、原点回帰に近いものも感じますね。
■PUSHIM「ファッションで音楽をやってるわけではないから結局、自分を出さないと歌い手じゃないと思うんですよね」
――「People In The Shadow」や「Keep Peace Alive」はシリアスで、しかも現在の世相や社会状況を映した曲ですね。
■PUSHIM「〈Keep Peace Alive〉は去年の頭に作って一年間ずっと歌ってきた曲で、日本が戦後70年を迎える中、今また日本が戦争に巻き込まれるのか、参加するのかっていう状況になってると感じていて。私もその事実について考えざるを得なかったし、そこからさらに考えを進めて、もし自分が内戦や戦争が起こっている国で生まれて、空爆で家族を失うようなことになったら、その怒りや哀しみは復讐に向かうのかそれとも……って想像して書いた歌ですね。平和や幸せっていうのはかけがえの無いものだし、そう思うからこそ平和について唱えていかなくちゃいけない。だから“反戦ソングです”って宣言して歌っていました」
――昨年は〈WORLD PEACE FESTIVAL〉にも参加されましたが、それもそういった思いとリンクした行動の一つということですね。
■PUSHIM「一人の人間として思ったことと、その上でのアクションだったと思いますね」
――――「MATTAKU」ではShyoudogをヴォーカルに迎えられていますが、韻シストの中からBASIやサッコンというラッパー陣ではなく、Shyoudogを迎えられたのも興味深かったです。
■PUSHIM「デュエットを出したかったというのもあって、ヴォーカルとしてアプローチをして欲しかったんですよね。デュエットで男女の話、しかも女がちょっと苛ついてるけど、それでも許してしまう……というような内容を歌として仕上げるなら、Shyouくんの声が必要だったというか。ええ声やし」
――凄くセクシーですね。また「Welcome To My Village」にはビートボックスにAFRAを迎えています。
■PUSHIM「ミドル・テンポの曲が多いので、エッセンスとしてこういうビート感が欲しいと思ったんですよね」
――Roy Ayers「Running Away」のブレイクっぽさも感じさせる疾走感のあるビートですね。いまのPUSHIMさんにはミドル・テンポがフィットしているということでしょうか?
■PUSHIM「私が望んでの部分と、トラックメイカーが私に対して望む部分とで、結果的にこうなったんですけど、そこに対して例えば“もっとノリの良い曲を入れなくちゃダメかな”とか、怖がる必要もないなって」
――ただ、オーセンティックであったり、オーソドックスな形のレゲエ・サウンドという部分は、あまり強くないとも思いました。
■PUSHIM
「制作でジャマイカに行かなかったっていうのもあるし、レゲエをやらなあかんという意識にも至らなかったんですよね。いまの自分にふさわしい“いいもの”に素直になったら、こういう形になったというか。だから“路線が変わったと思われるかな”とも全く思わなかったですね。この作品で終わるわけじゃないし、この先も当然、レゲエの作品を作っていくと思うし」
――今回のアルバムはPUSHIMさんの立ち上げられたレーベル、Groovillageからのリリースになります。
■PUSHIM
「自分の作品はもちろん、レゲエに限らず、自分以外のミュージシャンにも参加してもらって、良い曲を提供できるレーベルにしたいですね。新しい挑戦として、そんなアプローチをやってみたいなって。若い人たちに“あのレーベルにめっちゃ入りたい!”って思ってもらえるようになれればいいですね」
取材・文 高木“JET”晋一郎 CDジャーナルweb 2016年1月20日掲載