2013.10.1更新
生ドラマ『古畑任三郎 VS SMAP ーその後ー』が示す5人の真実
4時間半特別番組『GO!GO!SMAP』で、SMAP主演ドラマが実現
「作・演出、三谷幸喜」
「監督、河野圭太」
「あ、お願いだから『振り返れば奴がいる』とか『王様のレストラン』とか香取君の『HR』、さらには草��君の『TEAM』とかの話をするのはやめてね。過去作とかのウンチク、私、大嫌いだから」
「わかってるよ。重要なのはアレだよな。14年ぶり、っていうことじゃなくて、生ドラマだってことだよな」
「約15分。カメラ、何台回してたんだろ」
「あ、俺、そういう技術的なこと、一切興味ない」
「私もそうよ。でもさ、あんまりナマっぽくなかったよね」
「だね。密室劇といえば密室劇なんだけど、それほど演劇っぽくはなかったっていうか。やっぱり河野ディレクターの世界のような……」
「だから、スタッフ論は勘弁して。でも三谷さんのクレジット、『ドラマ演出』って、どういうことなんだろ」
「自分だってしてるじゃん。リハーサルのときの芝居を決めたのが三谷さんだってことなんじゃないの? まあ、舞台に上がってしまったら、あとはもう役者のもの、という意味では、やっぱり生ドラマは演劇と同一線上にあるわけだけどね」
「そのナマを切り取っているのは河野さんなわけで。カットは普通のドラマのように割ってるわよね。いわゆる長回しみたいな、わかりやすい緊張感漂う映像づくりじゃなかったから、ナマっぽくなかったのかな」
「別にナマっぽい必要もなかったと思うけどね。っていうか、アレでしょ、昔のテレビってみんな生ドラマだったんでしょ? 当初はこなれてなくて、役者やスタッフの緊張感が伝わってくるようなものだっただろうけど、そんなのさ、プロなんだから、こなれていったと思うんだよね。知らないけど。だから、今回の生ドラマはさ、テレビというメディアがある程度こなれてきた時代の生ドラマが規範になってたんじゃないのかなって、思うんだよね」
「そうよね。私たち客って、生放送に対して、どこかヨコシマな気持ちを抱いてるのよね。今回で言えば、初々しいSMAPが見たい、みたいな」
「ハプニングへの期待ね。個人的な結論から言えば、それはナンセンスだったと思うな」
草��と香取の交差、中居と木村の対峙に見る「俳優」SMAP
「アフタートークでさ、草��君が懺悔してたけど、気になった?」
「全然。むしろ、いい間だったと思うよ。演技としての緊張感じゃなくて、ドラマとしての緊張感が漂っていたもん」
「そうよね。あれは香取君の受けもよかったからだと思うんだけど」
「まあ、アフタートークの話が本当だとすると、そのことを誰よりも感じたのは香取君だっただろうからね」
「このドラマ、香取君で始まるのよね」
「三谷幸喜との関係性からいけば当然でしょ」
「導入はかなり長いあいだ、彼ひとりきりでしょ。つまり、最初にこのドラマの世界観を作っていたのは香取君だったと思うの」
「そうだね。あの時点で地上にいるのは香取君だけだし。彼の最初の動きが、ドラマのムードを決定づけているのは間違いないな」
「かなり画面、暗かったよね。そこに草��君が下から顔出して絡んでくるから、活性化していったと思うんだ」
「あそこで、香取君のなかで暗から明にチェンジするでしょ。あの間合いが、『しんつよ』ならではのコンビネーションだよね」
「三谷さん、ツカミがわかってるなあって」
「香取君は、草��君と会話をすることで、あるモードに入っていく。あのとき、あ、SMAPがSMAPを演じるドラマが始まったんだ、っていうスイッチが入った」
「草��君はあれよね、普段のSMAPのときとも、ソロで俳優のときとも、微妙に違う、若干アゲめの芝居してたよね」
「あの塩梅は絶妙。逆に、香取君はどんどん自然な感じになっていく。素に近いっていうか、演技を外していく感じ。あれは見事な交差だったな」
「ふたりの資質の違いも、手にとるようにわかったわ」
「今回、何がいちばんドキドキしたかっていうと、中居君が登場するところ」
「物語のキーパーソンだもんね」
「フィクサーと言ってもいいくらいだよ。で、いざ、出てきたら、すごい作り込んだ芝居なわけ。SMAPの中居を演じてはいるから、メンバー間のやりとりとしては一応カジュアルなんだけど、テクスチュアがめっちゃ硬質で。あれはたまらんかった。すっごい、高度な芝居だと思う、アレ」
「中居君が木村君に『木村さ、』って言いかけて、木村君が阻止するときの、ふたりの芝居のやりとり、私、クラクラした!」
「あれは、ものすごい瞬間だったね。木村君って、スピード、つまり演技的瞬発力がハンパないでしょ。きっちり作り上げる中居君に対して、真逆のアプローチで、生まれたての芝居をぶつけていく。あそこ、ふたりっきりじゃなかったんだけど、ふたりっきりみたいな気がした」
「ほんと、いつか完全な密室で、ほんとにふたりきりで芝居してほしいな」
「実際は数秒だったけど、すさまじい充実感だったね、アレは。ほんとうに美味しいものって、少量でもとんでもない満足感があるけど、まさにそんな感じ」
そして、メタフィクションの権化としての稲垣吾郎
「このドラマ、密室劇なのに密室劇じゃない感じがするのは、移動に次ぐ移動があるからよね」
「ふたりになったり、3人になったりしながら、SMAPとは何ぞや? と問いかける作劇だったと思う」
「そこで、やっぱり重要なのは稲垣君かなと」
「同感。『しんつよ』がセットなのは衆目の一致するところだし、そもそも、このドラマ自体そうやって始まる。で、中居君と木村君も、両雄並び立つことで、さっき言ったみたいな、とんでもない時間が生まれたりするわけでしょ。つまり、稲垣君は、この2組を、ひとりでつないでる存在なわけ」
「少なくとも、このドラマのなかではそうなっているわね。だって『ひとりでも脱走する』みたいなこと言うでしょ」
「アレ、めちゃめちゃ重要。ここ、テストに出ます(笑)。メタフィクションっていう言葉、わかる?」
「wikiには『自己言及』ってあるけど」
「たとえば、一本の映画のなかで、その映画の舞台裏を描くみたいなこと。自己批評っていうか、一種の開き直りだね」
「よくわかんない」
「このドラマはさ、SMAPがSMAPを演じるという趣向でしょ。そのこと自体、メタフィクションなわけ。俺らがこうやって、ああいうところがSMAPっぽいとか語ってることも含めて、全部、メタフィクションに誘導されてるんだよね」
「作り物のなかに、作り物じゃないものを見るということ?」
「そうだね。しかも、これは生ドラマだったりもする。で、何が言いたいかっていうと、5人のなかでいちばんメタフィクション的な芝居をしているのが稲垣君だってこと。というか、そういう役どころなんだけど」
「オーバーな芝居を意図的に盛り込んでたよね。でも、それがギャグにも照れにも転じるようなキャラクターになってた」
「それは稲垣君が、現実のパブリックイメージとしての稲垣吾郎を、あるときはトレースしたり、あるときはデフォルメしていたからなんだ」
「私ね、すごいなって思ったのが、香取君から中居君まで、芝居度がどんどん上がってるような気がしたことなの。香取君がいちばん自然でしょ。で、中居君がいちばんカッチリ作り上げてる」
「『しんつよ』を淡いカラー、中居君と木村君を濃いカラーと捉えれば、稲垣君はグラデーションの真ん中にいるんだよね。見事なバランスだと思う」
「でも、それって、チームワークの成せるワザでしょ? ってことは、演出はSMAPだった、とも言えるんじゃないかな?」
「うん、そうだね。放送が始まったら、三谷さんも河野ディレクターも、途中で止められないわけだから」
「作、三谷幸喜。映像監督、河野圭太。演出、SMAP。ってことで、ひとつ!」
文:相田冬二
※このコラムは、楽天ブックスのオリジナル企画です。