2015.6.23更新
STREET FIGHTING MAN──『HERO』撮影現場レポートepisode3
セットとロケの違い
撮影現場の木村拓哉を見ていて、不思議に思ったことは、いくつもある。それは前回述べたように、いつの間にかの移動が筆頭なのだが、それにつづいて気になったのが、セット撮影とロケーション撮影での様子の違いだった。
最初は、なにが違うのかすら、わからなかった。ただ、なにかが違う。ただ漠然とそう思っていた。
室内で撮影しているときと、屋外で撮影しているとき。木村拓哉のなにかが違っている。それは、シーンの違いによるものだろうか。
たしかに、屋外での撮影時には、比較的、共演相手は少ない。城西支部のフリースペースのような人数になることは皆無ではないものの、セット撮影に較べれば、やはり数が限られることは否めない。
はたして、それが要因なのか、どうか、わからないが、木村拓哉は室内撮影に較べ、屋外撮影では、佇まいが静謐なのである。
いや、別に、セット撮影において、彼が特別賑やかだというわけではない。賑やかなメンバーは他にいる。木村は、賑やかなのではなく、求心力を発揮するエネルギーが、動的なだけなのだ。
このエネルギーのありようが、ロケでは違っているのである。室内撮影では、真ん中で回転する心棒のようであったエネルギーが、屋外においては、あたりをヴェールのように包み込む、やわらかなオーラと化している。
ハーフタイムの静謐
神戸。川崎。そして、東京の荒川。印象に残るロケ撮影を回想すると、ひとりっきりで居る木村拓哉の姿が脳裏によみがえる。
極寒の神戸。タキシード姿の彼は、なにもはおらず、路上に立ち尽くしていた。見かねたスタッフが、ダウンコートを持ってくる。木村は、優しくこう言う。
ありがとう。大丈夫。
そして、そのままの状態で、撮影準備が整うまで待っている。次の撮影は、彼がいま立っている場所からはじまる。だが、その姿は、自分の持ち場を温めているというよりは、撮影現場そのものを、黙って見守っているように思えた。
不動の木村拓哉が、目に焼き付いている。
だが、屋外では常に動かない、というわけではない。
深夜の川崎では、雑踏をふらりと歩きまわっていた。晴天の荒川土手では、リラックスした風情で軽い走りこみをしていた。
ただ、いずれも、たったひとりで、撮影までの時間を過ごしていた。
あの静けさは、なんだったのか。いまだに、わからない。
どのような比喩を用いたらいいのかも定かではない。
サッカーにたとえれば、ハーフタイムのようなものなのだろうか。違う気がする。
木村拓哉の演技身体に、どのような時間が流れているか。
それは、いくら見つめてもわからなかった。
相田冬二※このコラムは、楽天ブックスのオリジナル企画です。