2015.7.8更新
このひとにほめられたい──『HEAT』の稲垣吾郎について。
社長は教祖ではない
『HEAT』というドラマで、稲垣吾郎さんは社長さんを演じていてます。
まあ、物語の設定とか、少々ややこしいので、あとはご自分で確認してください、という感じなんですけど、これ、原作はないんですね。漫画とかではない。
ですから、稲垣さんが演じている社長さんも、キャラクターとしてのモデルがいるわけではない、ということは、とりあえず言えることかもしれません。
この社長さんは、AKIRAさんと田中圭さんという、ソースと醤油ぐらいはかけ離れた対照的な社員ふたりを競わせるわけですが、なんと言いますか、別に、ふたりそれぞれにいい顔をして、けしかける、ってわけではないんですよね。ひょっとしたら、脚本上はそうなっていたのかもしれないし、ドラマを観るひとによっては、けしかけてるじゃん、って思うひともいるかもしれないんですが、そのぐらいの、なんというか、断定しないかたちで、けしかけてはいないよ、という状態を作り出しているんですね。
たぶん、この社長さんは悪いひとだ、このひとのせいで、AKIRAさんと田中圭さんは戦うハメになっている、というふうに捉えたくて捉えるひともいるとは思いますし、まあ、構造上はある程度、そうはなっていると思うんですけど、やっぱり、どうもそういうことではないような気がするんですね。様子が違うんです。
なにを考えてるのかわからない、というのは、この手の社長さんの基本設定として、もはやお約束のようなもので、ある意味、世の中の社長さんというものは、カリスマ性があるにしろ、ないにしろ、そういう部分がなきゃ、やっていけないんじゃないの? と思います。考えてることが手にとるようにわかる、だだ漏れ社長なんかには、だれもついていきたいとは思いませんよね。ほんとは、なにを考えてるのかわかんないけど、でも、なぜか、信じたいような気がする、そういうものが、リアルな社長さんの資質なんじゃないでしょうか。オレが言ってることは100パー正しいから、黙ってオレについてこい、みたいなのって、バカみたいだし、まあ、なかには、そういう社長さんについていきたい血気盛んな若者系の社員もいないことはないんでしょうけど、とはいえ、社長さんが言ってる100パーをまんま100パーとして受けとる単細胞なひとは、おそらくいないでしょう。会社は宗教じゃないんですから。
こう考えていくと、稲垣さんが演じている社長さんはものすごくリアルなんですね。もちろん、社長さんですから権力はあるし、決定権は握っているわけです。それで、自分に影響力があることも自覚している。ただ、教祖様みたいなタイプではないんですね。幻惑的な部分はあるんですけど、絵に描いたようなカリスマとは一味も二味も違うんです。
逆に言えば、カリスマってつまんねーなー、とさえ、思わせるものがあります。蝶ネクタイをして、社長室で薔薇を育てているこの社長さんは、部屋を訪れた社員に紅茶を入れてくれたりするんですね。で、田中圭さんも、AKIRAさんも「お茶をいただいたぞ」なんてことを符牒のように口にして自慢するわけですけど、ここで重要なのは、田中さんも、AKIRAさんも、どこかうれしそう、という点なんですね。
このドラマは、会社というものを、ある種の競争社会として描いていますから、当然のこととしてAKIRAさんと田中さんは、それぞれの野心とプライドを抱きつつ、張り合っていて、「どうだ? オレは社長に取り入ったぞ」ということではあるんですけど、実はこのひとたち、単に出世だけが目的ではなくて、どこか、あの社長さんに、ほめられたい欲望があるんじゃないのかなー、って気がするんです。
というか、そういう対象として、稲垣さんは、この社長さんを演じているように思えます。
山の天気を演じる
いつものことなんですが、稲垣さんは余計なことはしないんですね。
余計なことというのは、この場合、アレです。この社長さん、実はいいひとなんじゃないか、とか、反対に、想像以上に邪悪なひとなんじゃないか、とか、感じさせる演技のこと、つまり、含みを持たせるような、思わせぶりな態度のことです。
これをやっちゃう役者さんは案外多くて、それがカモフラージュにせよ、伏線にしろ、もう、その時点で、わたしなんかシラけてしまうんですが、稲垣さんは、たとえば映画『十三人の刺客』みたいな強烈な役のときも、そういうワザとらしい真似は一切しないんですね。あのときは、このひとは、狂ってるのか、狂ってないのか、よくわかんないな、でも、よくわかんないからリアルだな、というラインで演じ、存在していたと思うんですが、この社長さんも、相当スマートなタイプではあるんですけど、まあ、わかんないな、わかんないから、惹かれちゃうんだよな、社員が、という感じなんです。揺さぶるわけではない。推理させるわけでもない。だから、ほんとうの意味で幻惑的なんですね。
たとえば。これから旅に行くとします。国内です。そんなに遠くない山です。どうだろ、晴れてるかな、曇ってるかな、少し降ってるかな、山だから霧がかかってるかもしれないな、よくわかんないな、でも、とりあえず行ってみよう、という程度の幻惑なんですね。
っていうか、山の天気は変わりやすいし、だいたい行かなきゃわかんないじゃん、天気が良かろうが悪かろうが、関係ねえよ、だって山なんだから、というような雰囲気すらあるフラットさで体現していて、だから、すがすがしいし、チャーミングなんですね。AKIRAさんに「リスクのない利益はありませんからね」というようなことを言い、「そういうの、大好きですよ」みたいなことすら言うんですが、どこまで本気かわからないんですけど、これ、うれしいよね、AKIRAさん、と声をかけたくなるような感じなんです。細かい話なんですが、こういうことばって、なに考えてるかわかんないひとが言ったほうが響くんですよね。あの「大好き」は、非常にさらっと言ってのけてるんですが、さっき話した「よくわかんない山の天気」みたいな部分があって初めて成立している。稲垣さんの演技って、非常に精巧な建築物のようなところがあって、しかも、バカでかいビルディングとかではなくて、小さなオブジェみたいな肌触りがあるんですよね。あと、これも稲垣さんのアプローチの特徴なんですけど、そのひとがいる部屋ごと、自分のキャラクターにしてしまう。この手腕はすごいです。やっぱり、非常にさり気なくやってますけどね。この回で言えば、社長室が、この社長さんの身体の一部、みたいなことになっている。
大仰な芝居とは無縁のまま、余計なことはまったくしないで、部屋を自分の体内におさめてしまうのが、稲垣さんの演技です。
一見、ちょっと変わった社長さん、というような意匠が、逆に、リアルな社長像を醸し出しているあたりも、やっぱり稲垣さんならでは、だと思います。
ひとは、社長室になにをしに行くのでしょう。怒られに行くわけではありませんよね。緊張はするかもしれないけど、わざわざ緊張しに行くわけでもない。結局、ほめられたいから行くのです。
このひとにほめられたい。
社長にいちばん重要な資質って、そこだと思うんです。なにを考えてるかわからないとか、お茶とか、薔薇とか、そういうものは付随的なもので、稲垣さんは、社長に必要なものをないがしろにしないで、このキャラクターを成立させています。
しかし、蝶ネクタイ似合いますね。
相田冬二※このコラムは、楽天ブックスのオリジナル企画です。