2015.9.29更新
SMAPは日常をドレスアップする──『のど自慢in山田町』を観て
みんなフィーチャリングSMAP
『SMAPプレゼンツ NHKのど自慢in山田町』という英文字とカタカナとひらがなと漢字と小文字が仲良く隣り合わせにある番組タイトルからしてもうヤバかった。しかもカラフルでありながら気どりのない実にのど自慢テイストのデザインで。いま思うにあのロゴそのものがのど自慢の思想や本質を明るみにしていたと思う。
ひとの人生に大きいも小さいもなくて。上手も下手もなくて。だれもがあらかじめ差別などされていなくて。生きている。生きているからうたうんだ。
予選から審査員として参加しその流れで合格者の日常にも参加したSMAP。この番組においてSMAPは触媒だった。いやもともとSMAPはSMAPのうたは触媒なのだと思った。僕たちの日常をほんのちょっとだけドレスアップする存在としてSMAPがいるのだということにあらためて気づいた。
のど自慢のステージは晴れ舞台だ。14歳の男の子のことばをかりれば「輝いている」。だけど「輝いている」のはステージの上だけではない。そのひとの日常が「輝いている」からこそステージの上でも「輝く」ことができるんだ。
深々と頭を下げた小学生の女の子。ドレスからのぞく日焼けした背中は「輝いていた」。背中は人生だ。
うたうときひとはほんの少しだけドレスアップするのだと思う。背筋をのばして。誇りをもって。たとえ家族を失ってもうたうときはしゃんとしてすっくとうたうのだと思う。うたにはそんな力がある。祭りだ。祭りに小さいも大きいもない。たったひとりでも祭りは祭りだ。自分だけの神輿をかつぐことができれば祭りは「輝く」。必ず「輝く」。
その日SMAPはステージでうたう人々の人生のサポートメンバーだった。主役はあのひとたちだった。「結婚は度胸だ」と断言するおばあちゃん。そのことばを知らないはずの交際7年目のカップルはうたったうたの世界そのままにステージ上でプロポーズと受諾を実現した。のど自慢のステージが人生のステージになった。
SMAPフィーチャリング消防団の青年じゃなかった。消防団の青年フィーチャリングSMAPだった。あの肌ざわりっていったいなんなんだろう。どうしてSMAPはあんなことができるんだろう。
孫を「かわいい」と言い姉を「うまい」と言い母を「きれい」と言う家族たち。壇上の夫から「きれいでしょ」と紹介される妻。客席もまたステージを媒介に堂々と「輝いている」。
だからこそSMAPはステージを降りて「Joy!!」を歌った。
どうにかなるさ
人生は
明るいうたでもうたっていくのさ
ぼくたちはドレスアップすることができる。日常を。人生を。「輝かせる」ことができる。その夜のSMAPが教えてくれた。
相田冬二※このコラムは、楽天ブックスのオリジナル企画です。