2016.1.19更新
わたしたちはみな臆病者である──『家族ノカタチ』第1回を観て。
(Just like)Starting Over
香取慎吾さんとTBSドラマと言えば、真っ先に『いちばん大切なひと』が思い浮かびます。あの作品での香取さんの演技の素晴らしさは既に多くの場所で綴ってきましたのでここでは割愛しますが、あのドラマが21世紀の若者たちのありようを予見していたことはあらためて指摘しておかなければいけません。『いちばん大切なひと』の主人公はまだ20歳でしたが、すでに「黄昏時」を生きていました。そのリアリティに当時、ものすごく胸を揺さぶられました。
あれから19年が過ぎました。『家族ノカタチ』の主人公は39歳。しかも、わたしは何も知らずに観て驚きましたが、なんとここには『いちばん大切なひと』の相手役、観月ありささんが出演しています。しかも、主人公の元カノ役で。『家族ノカタチ』と『いちばん大切なひと』には作品上のつながりは何もありません。しかし、『家族ノカタチ』の主人公もまた、かつて「黄昏時」を生きていた世代のひとりであることを体感させるシークエンスがあり、わたしは震えずにはいられませんでした。上野樹里さんとカフェで話をする場面で、ふたりは「仕事」や「老後」についてことばを交わし、自分たちは堅実な世代なのだ、ということで意見が一致します。上野さんの役の設定は32歳ですが、上野さんの部下の水原希子さんが、ある意味、上野さんとの世代間格差を象徴するキャラクターであることからも明らかなように、上野さんもまた香取さんと同じ世代であることが、本作では示唆されています。
一見、軽快でテンポのよいドラマに映りますが、背景に流れている通奏低音は、とてもシリアスです。
香取さんの役も、上野さんの役も、とても真っ当に自分の人生を生きています。香取さん扮する主人公の場合、真っ当に生きようとした結果、「俺の城」を手に入れました。「俺には俺がいる」。序盤で語られる彼の人生哲学は、めちゃめちゃシリアスです。彼はクールを気どってそうしているのではありません。そうしておかなければ、自分は真っ当に生きられないという結論を、彼なりに一度手にしているからこそ、このライフスタイルは生まれています。この姿勢は、自分という人間が臆病者であることを知っているから生まれているのだと思います。
香取さんは「俺」という一人称の一語だけで、そのことをはっきりわたしたちに受け取らせてくれます。そこには悲愴感はありません。自虐もありません。彼が毎朝飲む手作りのジュースのように、程よくクラッシュされ、適度ななめらかさを獲得した諦念だけが、流れています。『いちばん大切なひと』の主人公もある種の諦念を抱えていましたが、あのときよりも一歩も二歩も進んだ諦念がここにはあって、香取慎吾という俳優の19年間に想いを馳せずにはいられません。
たとえば、上野さんと初めてまともに会話する、火事騒ぎのときのやりとり。「俺はね」と、彼は何度か、自身のライフスタイルについて述べるのですが、この「俺」のニュアンスの奥深さは、カジュアルな会話の応酬だからこそ、際立っていました。
この主人公が口にする「俺」の一語は、まるでピリオドのように響きます。自分で自分に決着をつける。なぜなら、あらゆる局面において、自己弁護をしない、つまり言い訳しないで生きようとしているからです。それが、彼にとって真っ当に生きるということなのだ、ということが「俺」の一語から伝わってきます。香取さんはもともと一人称の取り扱いにこころをくだいてきた演じ手ですが、この繊細さにはあらためて唸るしかありません。
上野さん扮するヒロインもまた言い訳なしの人生を自分に課している人間です。男女というよりも、この「ふたりの人間」が、「これから」をいかに生きていくのか。わたしは、そのことに期待せずにはいられません。
『いちばん大切なひと』の主題歌はジョン・レノンの曲でした。レノンはこの曲を非業の死を遂げる2ヶ月前にリリースしました。そのとき彼は40歳になったばかり。当時、レノンは「自分と同世代、つまり30代や40代の人々のことを思い浮かべて、この曲を書いた」と語っています。『家族ノカタチ』はいま一度、あの曲の歌詞を噛みしめたくなるドラマです。
このコラムの執筆を終えた日の夜、『SMAP×SMAP』を観ました。SMAPも、わたしたちも、「(Just like)Starting Over」ではなく、ほんとうの意味で「Starting Over」できるのか、そうでないのか。そのことが問われているし、そのことから目をそらすべきではないと思います。もう「(Just like)」はいりません。
「これから」は、だれかに作ってもらうものではありません。そして、「これから」は、ひとりで作り上げられるものでもありません。「これから」は、自分とだれかとが、一緒に生成するものです。たぶん。きっと。
ジョン・レノンの発言のつづきをここに記しておきます。
「世界は変わった。ぼくらは、未知の未来に向かっている。それでも、ぼくらは、いま、ここに生きていられるわけで。そんな『ぼくら』のために、歌っているんだ」
以上。
毎日、あたらしい朝がやってきます。しかし、わたしたちは、毎日、あたらしい自分でいられるでしょうか?
それじゃまた。
相田★冬二
※このコラムは、楽天ブックスのオリジナル企画です。