2016.10.12更新
ぼくらはみんな生きているーー『UTAGE!秋の祭典』を観て。
いつまでも ずっと 忘れずに
『UTAGE!秋の祭典2時間スペシャル』を観た。
改編期の定番となったこの番組だが、1クールごと、つまり季節がめぐるごとに集会するサイクルはとてもしっくりきていて、この循環をつくりあげる前提のために、以前1年毎週放送してたんじゃないのかなと思うほどだった。
元アイドルの女性たち、という言い方はよろしくないかもしれないが、彼女たちが、セーラー服姿で、おニャン子クラブの代名詞とも言うべきあの曲を歌っているとき、雛壇で眺めている秋元康つながりのAKB48のみなさんよりも、なぜかE-girlsのひとたちの表情が目に入って、このひとたちはどんなことを考えているのだろう、と思った。
たとえば金髪のあの女の子は、いま、おニャン子クラブの曲を歌っている、元アイドルの女性たちと同じくらいの年齢になったとき、なにをしているのだろうか、漠然と考えた。
元アイドルの女性たちは、それぞれ、いろいろなことがあったが、それでもこうして、この番組に出て歌い、芸能界というところで生きている。
中居正広に、「あげない!と歌われても、いらない!だよ」と揶揄されても、楽しそうに、いま、このステージにいる。自分たちに与えられたステージに、朗らかに立っている。
それは、すばらしいことだと思った。
紆余曲折はだれにだってある。一度、引退して、また復帰するということも、芸能界ではよくある。
それはわたしたち普通のひとびとにも言えることなのかもしれない。人生から引退したくなるような気持ちになるときもあれば、また復帰したくなるときもある。いつか、どこかで、現役であればそれでいいわけで、別に生涯現役であることを自ら義務づける必要もないし、誰かに義務づけられる謂れもない。強制することも、強制されることもない。だって、自分の人生なんだから。
生きていれば、それで佳い。
そのひとなりに生きることができていれば、それで佳い。
それ以上、望むことなんて、なにもない。
おっと。マクラが長くなってしまったけれど。
なにげにAKBグループ精鋭たちの頑張りに胸が熱くなる回ではあった。たとえば、ダンス。あるいは、山本彩が演歌を歌う姿に、おニャン子クラブに演歌デビューしたメンバーがいたことを思い出したりした。
ただ、主役は明らかに前川清だった。
AKBをバックダンサーに従えての、夏の雪辱戦。何度かやり直しをしながらも結局、うまくいかなかったフィナーレ。
そして、息子、紘毅との共演。親子で「夏の終りのハーモニー」を歌った。
この歌は、ご存知のように、井上陽水と安全地帯のコラボで、陽水が作詞、玉置浩二が作曲した名曲。安全地帯はかつて陽水のバックバンドだった。だからこそ、この共作には深いものが流れている。
ひとが、人生のあいだに、体験できる季節は何回あるのだろう。そのなかで、大切なひととともに過ごせる季節は何回あるのだろう。ひとつの季節が終り、また次の季節がやってくる。そのはざまの、さみしさ、ときめき、すれ違ったり、出逢ったり、潮が満ちたり、引いたりする、かけがえのない一瞬を、わかちあえる季節は何回あるのだろう。
そんなことを想わせてくれる歌。
歌い終った前川清は、デビューして10年になる息子にはまだ実績もないし、半端なヤツだと思っていたけど、今日は彼に助けてもらった、いい子供に育ってくれました、というようなことをステージの上で語った。
いい息子に育ってくれた、と前川清が口にした瞬間、中居正広の笑い声が聞こえた。
ははは、と聞こえたが、こうやって文字にしてみると違う、もっとフラットで、もっとあたたかで、もっと見守るような、文字化できない慈しみがあった。
しんみりしすぎないように。
でも、大切に見つめることができるように。
合える、という表現が正しいかもしれない。
温もりが失われないように、いま、このときと、いま、この場所を、合えること。
いつか、と、どこか、を、合えること。
祈りの所作にも似たその笑い声は、父親に加担するわけでも、息子に加担するわけでもなく、たとえば、親戚のおじさんくらいの、絶妙な距離感から発せられていて、過剰なところもなければ、さめたところもない、まさに程よい合え加減で、父と子の、貴重なひとときを、ときほぐしていた。
だれかが生きていて。
別なだれかが生きていて。
その両者が重なりあう、限られた数の季節に、運良く立ち合うことができた気がした。
中居正広の声は、季節の声である。
歌詞の一節がよみがえった。
いつまでも ずっと 思い出に
いつまでも ずっと 忘れずに
相田★冬二
※このコラムは、楽天ブックスのオリジナル企画です。
※「Map of Smap」は、8月24日より毎週水曜更新に変更となりました。