2016.10.26更新
『特命指揮官 郷間彩香』で稲垣吾郎は「大義」をどう表現したか。
「仲間」との「血の通ったコミュニケーション」
稲垣吾郎さんが立て篭り犯を演じると言えば、『踊る大捜査線 歳末特別警戒スペシャル』を思い出さずにはいられません。個人的に、あの作品は、このシリーズの最高傑作であるばかりか、本広克行監督の仕事の中でも最良のものだと確信しています。あれからなんと19年。稲垣さんが今度はどんな立て篭り犯を見せてくれるのか、わくわくしながら『特命指揮官 郷間彩香』を観ました。
まず、竹中直人、そして内田裕也という大ベテランのあとに、ほんとうの「トメ」として稲垣吾郎の名がクレジットされるタイトルバックに感動。そして、この扱いにふさわしい芝居を稲垣さんは見せてくれました。
稲垣さん的なクライマックスは、中盤に訪れます。稲垣さん扮する銀行立て篭り犯の下に、松下奈緒さん演じるヒロインが赴き、その真意を問いただします。そもそも、この犯人は、事件を起こしたとき、この女性を指揮官にするよう要求しています。つまり、彼は彼女に直接伝えたかったのです。彼なりの大義を。
この犯人が起こした事件は、ある大義に基づいたものものでした。世が世なら、直訴と呼んでもよいものかもしれません。
もちろん、そこには信念があります。辛すぎる過去もあります。しかし、稲垣さんはそれを強調したり、わかってくれよと懇願するようなキャラクターにはしていません。共感を誘ったり、押しつけがましい吐露を繰り広げたりはしないのです。
登場人物が回想するとき、その言葉は過剰なものになりがちですが、稲垣さんはそのあたりが実にスマートです。説明的な文言になったり、感情に頼ったりということがなく、淡々と、誠実。
たとえば「血の通ったコミュニケーション」、あるいは「仲間」という言葉の響きに、その姿勢がよくあらわれていました。
信念は、デフォルメしたり、着飾ったりしなくても、ただ黙ってそこにいるだけで、鈍い光を放つものなのでしょう。稲垣さんは、そんなふうにこの人物を体現しながら、最低限の所作の傍らに、この男性の、本人も気づいていないような「ツンデレ」な性質を潜ませます。彼が一見、クールな人間に思えるのは、冷静沈着にことを進める必要があるからです。彼自身は、ヒロインの父親がそうであったように、「仲間」を求めています。
足を組みながら、松下さんの話を聴く稲垣さんの表情や姿には、このキャラクターの本質が、さり気なくあらわれていました。そして、思いの他、あっさりと真相や真意を語るのは、もちろん切迫した事態によるものではあるのですが、やはり、この人物の素直さのあらわれだと思うのです。
どこかに、人懐っこさが仄めかされている。稲垣さんは、そんなふうに立て篭もり犯を演じていました。だからこそ、松下さんにすっと近寄り、そっと抱擁し、耳打ちする様が、単なるカモフラージュを超えた、あの人物ならではの振る舞いとして、確かな個性として、伝わってくるのです。
かつて、わたしは、稲垣さんを「家具」にたとえましたが、稲垣さんには密室がよく似合います。稲垣吾郎という俳優にとって、密室こそが、相手と「血の通ったコミュニケーション」を交わす場なのだと思うのです。
相田★冬二
※このコラムは、楽天ブックスのオリジナル企画です。
※「Map of Smap」は、8月24日より毎週水曜更新に変更となりました。