2015.1.25更新
永遠の初心者、灰原達之の帰還──『新ナニワ金融道』を観て。
変わらないもの
「“皆様の声にお応えしてドラマをやることになりまして”とよく言いますが、そういうベタな感じではなく、ただぼくがやりたい、スタッフもキャストもみんなやりたい。だからやる、ということです」
これは昨年11月6日に、フジテレビ広報部が公式に発信した中居正広さんのコメントです。
前作からちょうど10年ぶり。シリーズ開始から20年目となる今年、通算第7作『新ナニワ金融道』が放映されました。中居さんが主人公、灰原達之を演じるのは、これが7回目です。
中居さんが継続しているドラマシリーズにはもうひとつ『味いちもんめ』という作品があります。最初の『ナニワ金融道』が放映されたのは、連続ドラマ『味いちもんめ』の翌年のことでした。ふたつのTVシリーズを経てスペシャルドラマへと続いていった『味いちもんめ』と違って『ナニワ金融道』は始めからから単発ドラマとして作られています。この違いは、大きいと思います。つまり、大雑把にくくれば、『味いちもんめ』は主人公の成長が描かれますが、『ナニワ金融道』において主眼はそこにありません。もちろん主人公像や業界の違いもありますが、そもそも『ナニワ金融道』は主人公の成長を描くフォーマットではないのです。『ナニワ金融道』は2時間の1話形式ということが重要なのであって、それは『新ナニワ金融道』とタイトルが変わった今回も変わることがありません。
もともとの原作者も、社長を演じた緒形拳さんも、もうこの世にはいません。しかし、変わらないものがここにはあります。
簡潔に結論を申し上げれば、灰原達之という人物は、初心者なのです。わたしたちは、この10年間、中居さん演じる灰原と出逢ってないわけですから、そのあいだに、彼は金融業者としてのスキルを向上させていることでしょう。また、番組のなかでもふれていたように、この10年間に、金融業をめぐる法律も変わりましたから、それに対応してこの業界で生きてきたプロフェッショナルである灰原のメンタリティも変化しているはずです。しかし、スキルの向上やメンタルの変化ということに、実は本質はありません。中居さんはここで、人物描写とは何か、ということを開示しています。
無意識のかたち
灰原達之は何者か。このシリーズは、それを延々問いつづけているとも言えるかもしれません。そして、中居正広という俳優はその都度、それに答えつづけてきたし、今回も答えた。わたしはそのように認識しています。
人物の成長を描くのではなく、その人物が誰なのかを提示する。『ナニワ金融道』とは、そのような運動体なのだと思います。
もう一度繰り返しますが、灰原達之は初心者です。完璧な初心者であり、永遠の初心者です。いくらスキルが向上しようとも、いかにメンタルが変化しようとも、初心者は初心者なのです。そのありようを、中居さんは体現しています。
灰原は今回、ある女性のために身を呈する決断を選択します。この、プロの金融業者にあるまじき、優しい(手練れの先輩たちから見れば「甘い」)覚悟のことを初心者と形容しているのではありません。あの振る舞いに、初心者の特性があらわれているのではなく、灰原は日々を初心者として生きている。その行動様式のありようを、中居さんは表現しています。
これは原作でもそうなのですが、大阪が舞台のこのシリーズで、灰原だけが標準語を話しています。他のキャラクターはみんな関西弁です。灰原だけが違う「言語」を使っている。つまり、灰原はこの物語において「他者」なのです。ここで描かれている「世界」に溶け合わないでいる存在なのです。そのことを中居さんは言語だけに頼らず表出させています。
端的に言えば、中居さんは灰原の動きを「硬くして」います。それは、小林薫さんと一緒に歩くときや、他の複数の金融業者と対峙する緊迫した場面においても顕著ですが、わたしが瞠目(どうもく)したのは、ヒロイン、蓮佛美沙子さんと屋台でラーメンを食べる場面でした。食べる行為が「硬い」のです。それは、ぎこちないということではありません。灰原という人物は「硬いのだ」という真実を指し示しているのです。灰原という人間の内部にあって、スキルの向上やメンタルの変化などによって、決して朽ちたりしないものを、こうしたカジュアルな食べものを前にしたときの、きわめて原初的な動きを通して、伝えています。
初心者というのは思想ではありません。つまり、自覚的な主義主張ではなく、そのようにしか生きられないという性(サガ)であり、質(タチ)。こうした灰原の無意識の性質を、中居さんは目に見えるかたちにしています。
「”皆様の声にお応えしてドラマをやることになりまして”とよく言いますが、そういうベタな感じではなく、ただぼくがやりたい、スタッフもキャストもみんなやりたい。だからやる、ということです」
これは中居さんのことばというより、灰原のことばに思えます。やりたいから、やる。それが初心者であり、「初めての心」ですから。
相田“Mr.M”冬二
※このコラムは、楽天ブックスのオリジナル企画です。