2015.4.7更新
START ME UP──映画『HERO』撮影現場レポートepisode1
冬の光につつまれて
運良く映画『HERO』の撮影現場を見学する機会に恵まれた。
おそらく、非常に主観的なものになるかもしれないが、自分なりにレポートしていこうと思う。
では、始めよう。劇場版としては2作目となる本作。タイトルは『HERO』。つまり、前作と同じ。サブタイトルは、昨年夏の第2シーズンとなる連続ドラマにもついていないが、映画の続編にサブタイトルがない、というのは画期的なことではないだろうか。言うまでもなく、これはリメイクではなく、主人公も、演じている俳優も同じ。しかも、時間経過も、ある程度、描き込まれている。パラレルな設定ではない、いわゆる続きもので、タイトルがまったく同じ、というのは、世界映画史においても、特異な例と言えるだろう。
つまり『HERO』は『HERO』である。何も足さない。足りないものは何もない。そんな潔さ。そんな揺るぎのなさ。それこそが『HERO』なのだ。とかく、説明や、わかりやすさが求められる昨今において、この気持ちのいいほど何の装飾も施さない、威風堂々たる題名は貴重である。
撮影現場もまた、非常にすがすがしいものだった。二か月ちょっと。真冬の時期だったが、いささかも縮こまることなく、のびのびとした空気が継続していた。冬には冬のやさしさがある。冬には冬のあたたかさがある。冬には冬のまばゆさがある。映画『HERO』の現場は、冬の空のように清潔で、冬の光のように輝いていた。
こころの時計をあわせる
12月某日。某撮影所でクランクイン。久利生の検事室。この日の出演者は、木村拓哉、北川景子、濱田岳の3名。心なしかピリッとした空気感。ただ、勝手知ったる城西支部のメンバーたちだけに、無言のまま、阿吽の呼吸でつながっている様子がうかがえる。北川、濱田にとっては、初めての劇場版。そんな緊張感があるのかもしれない。
わたしが、この映画の現場を思い出すとき、最初によみがえる情景は、木村拓哉が、たったひとりで、久利生の椅子に座っている姿だ。座っているだけで、それは久利生にも見えるし、木村にも見える。彼は、ただそこで待機しているだけなのだが、なにかを身体になじませているようにも思えるし、すでに久利生にとけあっているようにも思えた。判別できない。オンとオフの境い目がわからない。オンのようなオフと、オフのようなオンが、黙ってシェイクハンドしている。木村にとって、久利生にとって、それがオンであるか、オフであるかは、さほど重要なことではないのかもしれない。
木村拓哉が、そのとき、なにを見ていたかはわからない。わからないまま、わたしは思い出していた。ついさっき、同じ撮影所のなかに組まれたセット、あのバーの空間をうれしそうに眺め、ゆっくりあたりを歩いていた木村の姿を。
木村拓哉は、ひとりの時間に長居をするわけではない。わたしがぼんやり回想していると、木村は、スタッフに問いかけた。
「これ、合ってる?」
わたしは、木村のあの発声を一生忘れないだろう。あの声は、表方=演じ手のそれではなく、裏方=作り手のそれだった。木村拓哉は、もの作りしている。そのことを五感で察知させてくれる声だった。
彼は、久利生の仕事部屋の時計が合ってるかどうか尋ねたのだった。劇中の時間に合っているかを。
「はい、合ってます」
その声を聞くなり、木村は自分の腕につけた時計の針を、部屋の時計に合わせた。久利生の腕時計が画面に映る可能性はほぼない。だが、彼は、『HERO』というフィクションの世界の時刻に、時計をあわせることで撮影を開始した。
それは、儀式ではなかった。きわめて実務的な作業に思えた。こころの時計を合わせること。そうか。木村拓哉が久利先公平の、久利生公平が木村拓哉のコンディションを整えているのだ。それは気分ではなく、時計の針という具体によって計測しうるもの。ある世界の時空にフォーカスを合わせること。わたしは息を呑まずにはいられなかった。
まだ、本番どころか、テストさえはじまっていなかった。だが、紛れもなく、映画『HERO』はその瞬間に離陸していたのである。
相田“Mr.M”冬二※このコラムは、楽天ブックスのオリジナル企画です。