2015.6.2更新
木村拓哉は脳外科医である──「クレしん」コラボを目撃して。
スクラップ&ビルド
「アイムホーム」コラボ。クレジットにはそう表記されていましたね。
絵コンテ・演出はムトウユージ。このひとはものすごい才能の持ち主です。一般的に「クレヨンしんちゃん」の映画シリーズと言えば、『嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』(2001)か、『嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』(2002)か、ということになっています。後者は草��剛さん主演で実写映画化もされましたね。どちらも、原恵一監督の作品です。評論家たちのあいだでも、この2本は非常に評価が高い。
しかし、わたしが思うに、それ以上にすごい作品があって、どうして誰もこの映画について語らないのだろうと不思議でなりません。2006年に公開された『伝説を呼ぶ踊れ!アミーゴ!』。これはハッキリ言って、映画史を更新する画期的な一作で、詳しくは述べませんが、わたしは、ある老舗映画専門誌から、古今東西のアニメーション映画のベストテンを選べ、とオーダーされた際、もちろん本作を入れました。で、この映画を監督したのが、ムトウユージなんですね。
ムトウユージがやっていることは、一言で言えば、コメディというか喜劇なんですが、たとえばマルクス兄弟などに代表される卓越した喜劇作家たちが抱え持つものと同質の、ものごとに対する「批評性」が根底にあるんですね。そもそも、笑いというのは単純なクリエーションで生まれるものではなく、非常に複雑な工程を経ているものなのですが、「組み立て直す」という側面があるように思います。古い哲学用語を用いれば「脱構築」と言っていいかもしれませんが、ムトウユージはもっとドラスティックに「スクラップ&ビルド」をおこなっています。
彼が破壊=再生している対象は、現代や現実です。壊すと、ものごとは、一度、バラバラになります。で、ピース(破片)になることで、以前にはなかった価値が生まれるんですね。その価値を「素材」に、あたらしい何かを作り出す。抽象的な言い方になりますが、「スクラップ&ビルド」というのはそういうことです。
そんなムトウユージが作り上げた「クレヨンしんちゃん」×「アイムホーム」コラボが、ただのパロディに終わるわけはありません。わたしたちは、わずか50秒ではあるものの、とんでもないものを目撃してしまいました。これは、ムトウユージによる『アイムホーム』論であり、「木村拓哉」論なわけです。しかも、木村拓哉本人をフィーチャリング(「SPゲスト/木村拓哉」とクレジットされていましたね)したかたちでおこなっている。
ぶっちゃけた物言いをすれば、テレビ朝日、すげえな。ハンパねえ攻め方してんな。あと3回で『アイムホーム』終わるというタイミングで、これ、放映しちゃうんだ。ということになります。今後の『アイムホーム』の見方にも大きな影響を与える衝撃作。視聴者に真剣勝負を挑んでるんだと思います。つまり、本気で作ってる。ムトウユージに、こうした作品を作らせてしまうこと自体が、テレビ朝日の本気ぶりを伝えています。
乳児と動物、声と音
『アイムホーム』との関連については割愛しますね。ここでは「木村拓哉」についてだけ、ちょこっとお話しします。
『ハウルの動く城』を観ればわかるように、木村拓哉は声優としても素晴らしい資質を持っているのですが、今回のこの50秒作品では、ボイスアクトとは別のことをおこなっているように感じられます。役を「実在させる」のとは別の現象ですね。このことは『アイムホーム』というドラマの特異性とも密接な結びつきがありますが、それはともかく。
本作において、重要な点は大きく言って、ふたつあります。まず、木村拓哉が複数のキャラクターを演じているということ。そして、木村拓哉が木村拓哉を演じているということです。
さて、木村拓哉はここで、何人の声を演じていたでしょう。
6人です。野原家は5人。しんのすけ、みさえ、ひまわり、シロ、そして、ひろしを演じたあと、「つづく」と言うナレーターも演じています。
しんのすけや、みさえがイイ感じ、ということはまあ、当たり前の話なので省略します。ポイントは、ひまわりとシロですね。
食卓を囲むとき、ひまわりだけ、哺乳瓶でミルクを飲んでるんですが、このミルクを飲む音を、木村拓哉は演じているんですね。ミルクを飲む音ですよ。あれって、声なのか。ミルクを飲む音というのは、考えてみれば、物質と、人間とが、こすれ合う音なわけです。つまり、ハーフ&ハーフ。音でもないし、声でもない。いや、音でもあるし、声でもある。そういうものを木村拓哉はここで作り出していて、しかもそれは、木村拓哉化したひまわりの音=声なのだ、ということを体現している。ちょっと、クラクラしませんか? 合わせ鏡のなかにいるみたいな話です。これね、ものすごーく、ちいさな場所に、糸を通すような行為ですよ。オペですよ、オペ。脳手術なみの難易度。要求が多すぎるの。ひまわりは乳児ですからね。もともと、ことばはない。木村拓哉化した乳児ってなんだよ、それ、って話ですよ、本来。しかも、単純な声じゃないっていうね。ミルクを飲む音だよ。ミルクを飲む音。その音が、木村拓哉化した赤ちゃん、ひまわりが派生させているものだ、という状態を、木村拓哉は作り上げている。ありえないくらい、これはスゴいことですよ。
あと、シロの寝息も演じています。またしても、なんだよ、それ、ですよ。寝息っていうのは、声なのか? 単に漏れてる音じゃないのか? しかも、犬だよ、動物だよ。いやいや、プロフェッショナルな声優さんたちはそういうことをやっております。それが声優さんの仕事です。でも、なんで、木村拓哉はそれができちゃってるの? しかも、木村拓哉化した動物の寝息だよ。途方もないことが、ここでは、ごくごく自然のこととして起きています。やはり、ムトウユージは普通じゃない。
例によって、唐突に結論に移ります。
思うに、木村拓哉というひとは、声というものを物質的に扱えるひとなんじゃないか。わたしたちは、どうしても、声をナイーヴなものとして捉えることが多いのですが、そうではなく、声もまたモノなんだと。木村拓哉はそのように認識しているんじゃないですかね。逆に言えば、声も音もモノなんだ、という視座があるからこそ、あそこまで繊細な表現ができるのではないでしょうか。
木村拓哉は脳外科医である。
誰の脳を手術してるのか? って。決まってますよ。わたしたちの脳を手術しているのです。
あ、戻ってる。
と、木村拓哉化したひろしは口にするわけですが、あの声=音=物質は、相当ヤバいことがおこなわれていることを示しています。
『「アイムホーム」コラボ』のほんとうのヤバさは、おそらく『アイムホーム』本編が終了したときに判明するでしょう。
そのとき、わたしたちの脳はどうなっているのか。
楽しみですね。
つづく。
相田“Mr.M”冬二※このコラムは、楽天ブックスのオリジナル企画です。