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『赤壁(レッドクリフ)の戦い』の数年前、劉備軍の武将であった関羽は敵である曹操に捕らわれていた。捕虜になりながらも関羽は、『白馬の戦い』で劣勢だった曹操軍の手助けをして勝利を呼び込んだ。曹操は様々な手を尽くし、“義侠心”を重んじる関羽に再三配下に入るよう説得するが、関羽は断固として劉備の元へ戻ることを願う。曹操は「義侠心」をもって敬意を払い、関羽が5つの関所を通行手形なしで通過できるよう部下に命じた。
しかし、彼は関所で曹操の部下である6人の武将に命を狙われることとなる。いったい誰が関羽を殺す命令を出したのか?





中国の後漢末期から三国時代にかけて群雄割拠していた時代(180〜280年頃)の興亡史。 名前にある「三国」はその名のとおり、魏(ぎ)、呉(ご)、蜀(しょく)の三国を表し、それら三国の歴史が記されている。元蜀の家臣で後に西晋に仕えた陳寿によって編纂された。
その後、歴史書の「三国志」やその他の民間伝承を基に、三国の争覇を描いた説話が数多く生まれ、その説話に基づき、明の初期に羅貫中らの手により歴史小説「三国志演義」が誕生した。
この壮大なるドラマが描かれた歴史小説「三国志演義」には多くの英傑たちが登場し、多彩な人間関係とストーリーの楽しさで人々を長年魅了している。また、脚色はあるとしてもほぼ実在の人物と出来事を中心に書かれており、小説好きだけでなく、歴史好きの人をひきつける魅力でもある。
近年「赤壁の戦い」を映画化した『レッドクリフ』の大ヒットで再びクローズアップされた「三国志」の世界。 「三国志」の中でも高い人気を誇るキャラクターとして知られるのが最強の武将、関羽である。見事な髭をたくわえ、青龍偃月刀を手に敵を討つ人並み外れた武勇伝とともに、人に対する義を重んじるその姿と忠義を貫く姿は、敵である曹操さえも惚れ込んだ。その関羽が活躍するエピソード「過五関、斬六将」を映画化したのが、本作の『 KAN-WOO/関羽 三国志英傑伝』である。

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