手塚治虫先生のご長女であり、現在はプランニングプロデューサーとして、手塚作品を様々な切り口で紹介する企画展や、他のクリエイターとのコラボレーションを企画するなど多岐に渡ってご活躍されている手塚るみ子さん。今回は手塚先生のご家族だからこそ知るエピソードや人となり、作品や企画への思いなどをお伺いしました。
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―― 様々な作品に手塚先生ご自身をはじめ、ご友人、ご家族など関係者が登場されていますよね。
手塚 中学校時代の友人が書いたおじいさんの似顔絵を拝借したという「ヒゲおやじ」をはじめ、赤塚不二夫先生、藤子不二雄先生、石ノ森章太郎先生などトキワ荘のメンバーとか、知人をあえて作品に出すというユーモアが昔からありましたよね。そう、子どもの頃に読んでいた『W3』の中に馬場のぼる先生が登場するんですけど、当時は存じ上げなくて。その後、実際に馬場先生にお会いした時に「どこかで会ったことがあるような……」ってよくよく考えてみたら、『W3』だったという(笑)

―― るみ子さんご自身の知人も登場されているとか。
手塚 私が中学生の時に吹奏楽部に所属していて、4つ上に村井先輩という方がいらしたんですけど、ある日冗談半分で「お前の父さんの漫画に出してくれよ」って言われて。無理だろうなーと思いながらも父に話すと、父はわりと吹奏楽部の定期演奏会を観に来てくれていたので、あぁあの先輩ね、って。イメージは浮かんだんでしょうね。当時連載されていた『ドン・ドラキュラ』の村井警部として登場させてくれました。まぁ似ても似つかないキャラクターですが、吹奏楽部では話題騒然となって。未だにOB会で「村井は描いてもらってスゴイよな」なんて話になります。

―― るみ子さんご自身も『マコとルミとチイ』に登場されてますよね。手塚家をモデルにした家族が主要人物の、言わばコミックエッセイです。
手塚 連載されていた当時は実は読んでいなくて、単行本になって初めて読んで、ビックリしたんですよ。もちろんおもしろおかしく脚色はされてますが、わりとどのエピソードも思い当たるんです。家の裏の工場が火事になったり、チイが生まれた時にプレゼントされた大きなカバのぬいぐるみも実際ありましたし。ルミもちょっとおませでおてんばな女の子っていう感じなんですが……まぁ当たってますよね(笑)特に驚いたのが、幼稚園児のルミが電話で男の子に告白されるところ。中学生の頃私も、当時の彼氏とよく長電話してたんですが、実際その彼に電話で告白されたんですよ。それがまさに漫画になってて。えっ!どこで聞いてたの!?みたいな。

―― 手塚先生と言えばものすごく多忙なイメージですが、ご家族との時間も大事にされてたんですね。
手塚 当時のスケジュールを見てみるとギッチリなんですけど、夏休みには家族旅行に出かけたり、遊園地に連れていってくれたり、父と過ごした幸せな時間として深く刻まれているので、子ども心には全然寂しいとは思いませんでしたね。
―― 手塚先生の人となりをご存知だからこそ、作品の捉え方も違う気がします。
手塚 そうですね、もちろん子どもの頃から父親の作品として、手塚の漫画を読んできたんですけど、父が亡くなって改めて読み返してみて、父がどんなことを感じ、描きたかったのか、ということを考えるようになりましたね。自分が若い時には気づかなかったことも、ある程度社会経験をしていくなかでわかるようになったこともありますし、むしろ生前、父親と話せなかったことを、自分が今この歳になって求めている時に、答えになるとは言わないけど、埋めてくれるというか。作品の中に、生きた手塚の姿を感じられますよね。
―― 今の時代に読むと改めて、腑に落ちるところがあるというか、まるで現代を予期していたかのような作品もあります。常に先を見据えていた手塚先生が、もし今いらしたら、どんな作品を描かれるんでしょうか。
手塚 手塚が亡くなったのが平成元(1989)年で、昭和から平成に、そして21世紀になり、現在に至るまで、日本でも世界でも本当に様々なことが起こっていますよね。同時多発テロや戦争、東日本大震災……それこそ激動というか、ある種社会の変わり目な気がします。手塚も環境問題や教育問題、戦争……人間はこの地球上でどうあるべきか、という大きなテーマを持って描いてきましたから、きっと描きたい思いは募るほどあると思うんです。なのできっと、「僕は描けないけどキミが何とかしなさい」的なエネルギーがあの世の方向から飛んできていて(笑)、クリエイター、漫画家や音楽家はもちろん医者や政治家など、昔から手塚作品を読んで育ってきた次世代の人々が、何か発信していかなくてはと突き動かされているんじゃないかなって。
―― そういう思いもあって、様々なコラボ企画やリメイク作品などに取り組まれているんですね。
手塚 手塚自身、「手塚治虫はこうでござい」みたいなものに反発しながら、期待を裏切りながら新たに期待を持たせるということをやって来たと思うんですね。もしかしたら王道のファンを傷つけることもあるかもしれないけど、清濁併せ呑んでもやっぱりこれが手塚の味だよね、っていうのが良いかなって。『火の鳥』も人類が破滅する話を描くじゃないですか。でも絶望と破壊の世界のなかで、命を繋いでいくことが希望となるという。だから手塚自身の肉体が滅んでも、遺された作品によって次世代が影響を受けて、その次の世代がそれに影響を受けて……文化の部分でも遺伝子のように受け渡していくことが、希望になるんじゃないかと思うんです。

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イッチこと北村市郎はある日、奇妙な隊列を目撃する。実体のないその人影たちは幽霊だった。偶然居合わせた週刊誌の記者・本田にその不思議な体験を語った市郎は、その帰りに駅のホームにたたずむ一人の少女・くるみと出会って……
連載当時ブームだったオカルトを手塚流に仕立てた作品。人が死んだらどうなるのか、自分じゃなくなってしまっても生き返りたいか、それとも自分のままで居続けるために、生まれ変わらず霊魂のままでいるか……10代の多感な子どもたちに、死生観をどう伝えるかという部分で、色々と想像を膨らませられるお話になっています。

男手一つで育てられた乱暴者のヤケッパチこと焼野矢八。ある時ヤケッパチからエクトプラズムが飛び出し、空気人形に憑依する。マリアと名付けられたその少女がヤケッパチと同じ中学校に通い出すと、様々な混乱を巻き起こし……
これもオカルトというか学園ドタバタコメディですが、男と女とは、性とは何かという性教育の要素もあって時代性も反映されています。2次元的な、ちょっと変わったヒロインの存在によって、主人公の男の子が成長していく、という現代でもよくあるラブコメのパターンの、ある種先駆けとも言えるんじゃないでしょうか。
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