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スペシャル特集vol.01『これも学習マンガだ!』選書委員対談 マンガナイト代表 山内康裕氏×日本財団 本山勝寛氏

「これも学習マンガだ!」選書委員対談

「これも学習マンガだ!」100作品を選出した選書委員のお二人に自身のマンガ体験や、マンガの可能性について語っていただきました。

  • 本山勝寛
    本山勝寛(Katsuhiro Motoyama) 日本財団
    東京大学工学部システム創成学科卒業、ハーバード教育大学院国際教育政策専攻修士課程修了。
    日本財団で広報グループ、国際協力グループを経て日本財団パラリンピックサポートセンター広報部/推進戦略部ディレクター。同財団で、新規事業「これも学習マンガだ!~世界発見プロジェクト~」を立ち上げる。著書に、『マンガで鍛える読書力』(サン マーク出版)、『頭が良くなる!マンガ勉強法』(ソフトバンク文庫)、『16倍速勉強法』、『16倍速仕事術』(以上、光文社)など。
  • 山内康裕
    山内康裕(Yasuhiro Yamauchi) マンガナイト代表/ レインボーバード合同会社 代表社員
    1979年生。法政大学イノベーションマネジメント研究科修了。2009年、マンガを介したコミュニケーションを生み出すユニット「マンガナイト」を結成し代表を務める。
    イベント・ワークショップ・デザイン・執筆・選書(「このマンガがすごい!」等)を手がける。また、2010年にはマンガ関連の企画会社「レインボーバード合同会社」を設立し、マンガに関連した施設・展示・販促・商品等のコンテンツプロデュース・キュレーション・プランニング業務等を提供している。主な実績は「立川まんがぱーく」「東京ワンピースタワー」「池袋シネマチ祭」など。「DOTPLACE」にて『マンガは拡張する』シリーズを連載中。「NPO法人グリーンズ」監事、税理士なども務める。

マンガを読んだら読書が好きになった

山内 まず、「これも学習マンガだ!」の立ち上げ人として、事業を始めたきっかけを教えてください。

本山私が勤める日本財団には「語り場」という名で新規事業を立ち上げるスキームがあります。チーム横断型のメンバーで話し合いながら会長や役員に新しい事業の提案をし、提案が通れば実際に進めるというもので、この「語り場」で私がこの事業を提案しました。
そもそもなぜ「マンガ」「学び」という切り口だったかというと、1つには、私が国際協力の事業をしていた時の経験が影響しています。
当時、「現代日本理解促進のための英文図書100冊」を選書して、世界中の研究施設や図書館に寄贈するプロジェクトを行ったのですが、武士道や日本の政治経済についての学術書がある中で、一番人気だったのが、マンガやアニメなど日本のPOPカルチャーについて英語で書かれた学術書だったんです。
その時に日本のマンガやアニメの持つ影響力を肌身で感じて、このパワーや影響力を何かに活用できないかな?と思っていました。

もうひとつは、私の個人的な体験によるものです。私は割と貧しい家庭で育って、あまりマンガを買ってもらえなかったんですね。ゲームもなかったし家に娯楽というものがなかった。ただ、『マンガ日本の歴史』シリーズは誕生日に1巻ずつ買ってもらっていたので、家に学習マンガだけはあったんです。他に読むものもないので、とにかく、そればかり読んでいました。暗記するほど何十回も読むうちに、自然と歴史が好きで得意になりました。それが小学生の頃のことです。
でも、読書は全く好きじゃなかった。読書感想文の課題が出ても、まえがきとあとがきを読んで適当に書いているような子だったんです。
転機が訪れたのは高校1年の時。『お~い!竜馬』をたまたま読んだら、めちゃくちゃ面白くて、夢中になって、しまいには「よし、俺は竜馬になるぞ!」と心に決めたほどでした。それくらいハマりましたね。

山内 学習マンガしか読んでこなかった人にとって、『お~い!竜馬』のようなエンターテイメントマンガはかなり新鮮だったんじゃないかと思いますね。

本山 そうですね。『マンガ日本の歴史』などの学習マンガは史実から離れることなく、歴史上の人物たちの想いが深いところまでは描かれず、いかにも「勉強」っぽい感じでしたが、『お~い!竜馬』では竜馬がとても感情豊かで、ずーっと泣いてたりするんですよね。私もまた当時多感な高校生だったので、そんな竜馬に感情移入して、竜馬はすごい!かっこいい!!と熱狂的に憧れるようになりました。
その後、市民図書館で竜馬の本を探していたら司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を発見したんです。司馬遼太郎のことは全く知らなかったんですが、「お、竜馬だ!」と思って手にとりました。本自体ろくに読まないのにいきなり長編なんて読めるかな?と一瞬躊躇したのですが、「竜馬好き」としては読むしかないと思って読んでみたところ、読破できたんです。
読破できた理由として、『お~い!竜馬』のおかげでイメージが頭に入っていたことと、前提知識があったことが大きかったと思います。『竜馬がゆく』を読んで、さらに竜馬や他の幕末の志士たちへの憧れが強くなりました。
これをきっかけに読書に夢中になっていきました。同じ司馬遼太郎の『坂の上の雲』等の歴史小説から始まって、歴史モノ以外の本もたくさん読むようになりました。

関心のなかった分野への入口となるマンガ

本山 歴史の次に夢中になったのが政治でした。大学1年の時に、マンガ『大宰相』を読んで、そのあと原作の『小説吉田学校』を読んで、政治って面白いなと思って、続けて『加治隆介の議』『サンクチュアリ』を読んで、さらに政治の世界にハマっていきました。

山内 大学ではどんな勉強をしていたのですか?

本山 「竜馬になろう!」と思ったけど、今は幕末じゃないし、何をすればいいのかなと思って(笑)
宇宙が好きだったので理系の学部に進んだのですが、マンガをきっかけに政治って結構面白いなと思って、そこから、政治の世界や社会と密接にかかわることに関心を持つようになっていきました。こういった私自身の経験がこの事業を行いたいという想いにつながっています。
マンガを通じてあらゆることを学ぶことができるし、世界の見方が変わる、世界が広がるという体験をしていたので、これをうまく事業にできないか、これを自分だけの経験ではなくて、もっと多くの子どもたちに、そういうきっかけを提供できたらという想いがあります。マンガは日本がもっている強みのひとつです。マンガの可能性を引き出して日本の学びを変えていきたいし、できればそれを世界に発信して日本発の学びの革命、楽しい学びを伝えていくような事業ができたらなと思っています。

山内 歴史、政治以外にも、自分は関心のなかった分野への興味を持つきっかけになったマンガはありましたか?

本山ナニワ金融道』は大学時代に読んで、なんだこりゃと衝撃を受けました(笑)エグい裏の世界が描かれていて、こういうことも知っとかなきゃいけないなと思いましたね。これがきっかけで、経済や法律にも興味を持つようになりました。
他には『リアル』。車椅子バスケを題材にした作品です。同じ井上雄彦先生の『スラムダンク』はもともと好きで、兄とふたりで新聞配達のアルバイトをして買っていました。『スラムダンク』がきっかけで、兄弟でバスケに夢中になりました。
リアル』は障害者のイメージ、概念を変えるマンガだと思います。日本財団は様々な形で障害者の支援をしているのですが、障害者福祉の世界って、助けなきゃいけない世界というイメージが強くて、そういう壁みたいなものを感じていたんですが、『リアル』で描かれるのは100%スポーツの世界。車椅子をうまく使う技能を極めるスポーツの世界なんですね。そのかっこよさと、事故で歩けなくなった人の困難の両方を描いている作品で、パラリンピックスポーツに関心を持つきっかけにもなる作品だと思います。

山内 物事をイメージしやすいという力がマンガにはありますよね。私は税理士の勉強をしていた時、当時の先生に「現実世界でどう活かされるか?を知るために『ナニワ金融道』を読みなさい」と言われたことがあります。『リアル』や、今回選書されている『健康的で文化的な最低限度の生活』で描かれていることは、なんとなくニュースで知っているけれども、実際に当事者はどういう気持ちでどういう形で物事に取り組んでいるのか?ということまではなかなか分かりにくい世界ですよね。それを知るのに、マンガの「イメージさせる力」はとても有効だと思います。
一般にはわかりにくい事を伝えるマンガというのは、とても今っぽいですよね。マンガの作品性の素晴らしさにのみに注目が集まっていたのが最近は風向きが変わってきたと思います。「学べる」「コミュニケーションの手段になる」というような機能面も注目されるようになってきている。例えば、『ヒカルの碁』は連載当時とても流行っていて、これを読んでいたらクラスの人たちと話が通じた。スポーツが下手な人でも、みんなが読んでいるようなヒット作品を読んでいれば話に入っていけた。これは、コミュニケーションの真ん中にマンガがあるということです。他にも、マンガの「分かりやすく伝える」力に注目すれば、例えば家電のマニュアルだってマンガでも良いわけじゃないですか。そういう「機能を生かしたマンガは今後ますます増えてくると思います。夏休みの読書感想文をマンガで描くのもアリかもしれないし、絵日記をマンガ日記にしてもいいですよね。

社会問題を提起するメディアとしてのマンガの可能性

本山 物事を伝える表現と言えば、例えばハリウッド映画が有名ですが、映画を通じて社会に問題提起することができますよね。例えば、環境問題は『不都合な真実』というドキュメンタリー映画がひとつのきっかけとなって世界中に広がって、社会に浸透していった。このように、ドキュメンタリーなどの映画はまさに、アメリカ発の問題提起をするメディアだと思うのですが、日本だったらマンガやアニメがありますよね。
日本のマンガやアニメは、これまではエンタメとして楽しまれて終わりだった。それだけで価値があることだけど、実はもっとすごい可能性と幅があると思っているんです。アメリカにとっての映画のように、アニメ、マンガは社会に問題提起するメディアとなり得るのではないかと。
例えば『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』(以下『いちえふ』)では福島第一原発の実態を描いています。実態を知らずに、「原発はヤバい」「原発は怖い」という頭の中のイメージだけで原発問題を考えるのではなく、実際に現場で作業員がどんな想いでどんな作業をしているのかをマンガという表現を通じて、身近に感じながら考えるきっかけになりますよね。

山内 アニメやドラマと違って、マンガは少人数で作れますよね。編集者と漫画家の2人でも作れなくはない。そういう意味での濃さが出ますよね。一般化したフラットなものではなくて、個々人の熱がより如実にマンガには出るのかなと思います。『いちえふ』も現場に勤務する人自身が描いたことに大きな意味がありますよね。スピード感や想いの根本がダイレクトに表現されています。

本山 アニメやドラマとの違いという点から話すと、アニメやドラマはどうしても受動的な見方になると思うんですが、マンガの場合は自分で手にとって、自分のペースで理解したり、感動したり、味わったりしながら読みますよね。これは読書体験と同じ。マンガには「読んで自ら学ぶ」ことを促す力がありますね。

山内 マンガと本の違いについて少し話すと、文章だけだと、読んでいる人それぞれのイメージするものが違うと思うんですね。マンガは絵があるのでイメージしやすい。そういう意味で、自分の知らない世界を知るには、マンガは入口としてすごく良いのではないかと思います。本山さんのように、まずマンガを読んでイメージが頭の中にある状態でさらに本を読むと新たな視座が得られそうですね。

本山 そうですね。同じ題材であっても、マンガ、小説、学術書で内容が少しずつ違うので、様々な見方を知ることができ、学びに広がりが生まれると思います。

山内 確かに、比較して読む面白さはありますよね。マンガの場合は、例えば歴史モノでもフィクション部分が多いので同じ歴史上の人物を描いても、作品によって人物の掘り下げ方が異なり、そこに注目して読むと面白い。例えば、三国志のオマージュ作品を多読してみると、新しい発見がありそうですよね。

本山 掘り下げ方の話で言うと、『風雲児たち』を読んで、それまであまり魅力に感じていなかった江戸時代も結構面白いぞ、と思うようになりましたね。解体新書を訳すのに、オランダ語が全然できなくて、ひとつひとつ単語を何時間もしらべて訳すというものすごい努力をするんですが、それを面白おかしく描いていて、感情移入してしまう。作者のみなもと太郎先生が一般的なイメージを覆すような独自の解釈で描かれている。そういう歴史の見方や物事の見方を作家さんの個性を出しながら表現していくというのがすごく面白いなと思いました。同じ題材でも作品それぞれの切り口が違うところを楽しめるとマンガを読む楽しみがいっそう広がりますね。

選書のプロセスそのものが学びにつながる

山内 さて、ここからは「これも学習マンガだ!」の選書作品を決めた選書委員会の話をしたいと思います。今回は、学術研究の方もいれば、マンガ業界に近い方もいるバランスのとれたメンバー構成で選書委員会を設けて、丸1日かけて100作品の選出を行いました。マンガを大量に並べながら、みなさん、どの作品も思い入れがあって、100作品に絞り込むのに結構苦労しましたよね?

本山 私としてはとても面白かったです。勉強にもなりました。

山内ジャンル分けはポイントになったと思ってます。その場で、切り口がいくつかあったほうがいいという話が出まして。(※)1ジャンルの中でもどういうバランスをとるのか?ということを検討しましたよね。「歴史」だったら、日本の歴史も西洋の歴史も中国も、というように舞台となる国が偏らないように、かつ描かれる時代もバランスよくなるように工夫をしました。

本山選書するというプロセス自体も面白かったですよね。私の『お~い!竜馬』のような経験は、人それぞれあると思うんですね。それを友達にすすめたり、こういう切り口で選んでみようよ、というのがどんどん広がるといいと思います。学校の授業や放課後にやっても面白いのではないでしょうか。
私は子どもの頃、マンガを買うお金がなかったので公共図書館で『火の鳥』などのマンガを読んでいたんです。なので、学校図書館や公共図書館に今回選書した作品を置いてもらって、より多くの人に読んでもらいたいという気持ちがあります。それと同時に、じゃあ図書館に10作品だけ置くのだったら何を選ぶのか、とか、クラスの学級文庫に3作品だけ置くとしたらなにを選ぶのか?それらをクラスで話し合って決めることもとても面白いと思います。選書する・推薦するというプロセス自体も学びにつながりますし、良いコミュニケーションにつながるのではないかなと思います。

山内私は立川まんがぱーくというところで、定期的に子どもむけのマンガの描き方教室を企画しているんです。参加している子どもたちは最初に好きなマンガを紹介しあうことになっているんですけれど、拙いながらに一生懸命紹介しようとするんですよね。自分の好きなものを紹介するということはプレゼンの基礎ですよね。好きなものでそういう力が培われれば一番いいですよね。

(※)「文学」「生命と世界」「芸術」「社会」「職業」「歴史」「戦争」「生活」「科学・学習」「スポーツ」「多様性」の11ジャンルに分類

構成・編集 岩崎 由美

対談中に紹介されたマンガ一覧

  • 『これも学習マンガだ!』公式ウェブサイトはこちら

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