今月から『これも学習マンガだ!』の11ジャンル(※)を1ジャンルごとに各ジャンルの専門家が紹介するインタビュー企画がスタートします。第1弾は「文学」ジャンルを取り上げます。book pick orchestra代表 川上洋平氏にご自身のマンガ体験や「文学」選書作品についての感想などを伺いました。
(※)「文学」「生命と世界」「芸術」「社会」「職業」「歴史」「戦争」「生活」「科学・学習」「スポーツ」「多様性」の11ジャンル
山内 いわゆる「日本の歴史」のような学習マンガは子どものときに読んでいましたか?
川上あまり読んでこなかったです。でも、普通の少年マンガはよく読んでいました。小学生の頃は、ちょうど週刊少年ジャンプ(以下、ジャンプ)の全盛期でした。たしか、小学4年生頃からジャンプを買い始めました。ジャンプを買う前から「キャプテン翼」「ドラゴンボール」はアニメで見ていて、たまたま年上のいとこの家に遊びにいったときにジャンプがあったんです。そこにはアニメよりずっと先の話が描かれていて、「すごい!なんだこりゃ!」ってなって(笑)。それが初めてのジャンプ体験です。
当時のジャンプの人気ぶりはものすごかったですね。自宅の近所の酒屋兼駄菓子屋みたいなお店が、「土曜ジャンプ」(ジャンプは通常月曜発売だが、流通事情で3日前の土曜に販売しているジャンプのこと)を売っていたんです。他になにもない線路沿いの場所なんですが、土曜夜になると小中学生がすごい行列をなしていましたね(笑)。自分もジャンプをはじめとする少年マンガから学ぶことは多かったと思います。
山内 中学生以降はどんなマンガを読んできましたか?
川上大学に入った頃(2000年頃)に読んだ、岡崎京子や魚喃キリコ、井上三太などの「おしゃれマンガ」がきっかけで青年マンガを手にとるようになったのが大きな変化だったと思います。それまで大人向けのマンガって「ゴルゴ13」とか40代以上の「いかにも大人向け」の印象があったんですが、これらのマンガは20~30代向けという印象があって、ああ、こういうマンガが出てきたのか!と。小学生でジャンプ、中学・高校時代のマガジン、サンデーの時代から比べて、この頃には週刊誌基準でマンガを選ばなくなったので、手に取るマンガのジャンルの幅が広がっていく感じがありましたね。
山内 そういう自分が親しんでいたいわゆるエンターテイメントマンガが「これも学習マンガだ!」で選ばれたことについてはどう感じましたか?
川上ふだん活字の本を扱っているのでそう思うのかもしれないけれど、このマンガ作家は昔だったら文学の作家として本を書いてたんじゃないかな?と思うような作品があります。昔の小説家や評論家が今生きていたら、マンガを描いていたかもしれませんね。
あと、昔は「本」という大きなジャンルの中の1ジャンルとして「マンガ」があったと思うんですが、『これも学習マンガだ!』では「マンガ」というジャンルの中の1ジャンルとして「文学」がありますよね。そこがすごく面白いなと思いました。さっき言った「おしゃれマンガ」が出てきた時もそれまでのマンガとは立ち位置が違うマンガが出てきたという感じがしましたが、今回の企画もその延長上にあるんだな、と。
もはや新しい風が吹いたという程度ではなく、「マンガ」という市場が新しくできた、という感じですね。ここから読み始める人は全く新しい感覚で読むのだろうな、と思います。
山内 川上さんにとって『これも学習マンガだ!』と思うマンガ作品ってありますか?
川上衝撃的だったのは「鈴木先生」です。思想書に近い作品だと思います。思想書や哲学書といったジャンルは本の中でも奥深く、特に手にされにくいものなんですが、それをマンガで読めるというのはすごいことだと思います。「鈴木先生」は極めて純粋な思考の葛藤が学校を舞台に展開されていて、単純な「勝ち負け」でストーリーが展開されるのではなく、「どう納得させるか?」というところを突き詰めているんですよね。マンガの読みやすい、分かりやすいという利点を生かしつつ、内容を薄めて読みやすくするのではなく、考え方そのものの展開を提示している点がとても魅力的な作品だと思います。
あとは、「文学」ジャンルで言えば「大正野郎」が好きです。大正浪漫に憧れる時代錯誤な大学生が主人公の話なんですが、絵の描き方、言葉のやりとりなど、時代の雰囲気をおかしみとともに読ませるのがとてもうまいと思います。ちょっと変化球ですが、この作品をきっかけに大正という時代に興味を持つ人もいるかもしれないですよね。物語そのものではなく、物語の周辺へ広がっていく学びもあると思います。
川上 『これも学習マンガだ!』では学びについてどのように考えているのでしょうか。
山内 世界を発見できる、知らない世界に興味を持つきっかけになる、新しい世界の入口となるという意味での「学び」と考えています。選書委員会では、「実際、学べないマンガはないよね」という話になりましたが、本当にそのとおりで、100作品選ぶのはとても大変でした。
川上 新しい世界の入口ですか。いいですね。これをきっかけに書店で、関連書籍と一緒にマンガが置かれると面白いですよね。
山内 選書はまさに川上さんの得意分野だと思いますが、どんな書籍とマンガが一緒に置かれたら面白いと思いますか?
川上「月に吠えらんねえ」だったら、そのまま「月に吠える」(萩原朔太郎)を置けば、見栄えは良いと思うけど…。朔太郎の時代について書いているものや、作家が周りの作家について書いているものを探すかもしれません。例えば、「月に吠えらんねえ」にも登場する、北原白秋、萩原朔太郎についても書かれている、室井犀星の「我が愛する詩人の伝記」等を並べても面白いんじゃないかと思います。
山内「文学」ジャンルの作品を読んでみてどうでしたか?
川上参考文献が載っているマンガが新鮮でした。特に、さっき話した「月に吠えらんねえ」は参考文献の数がすごいですよね。作者は一体どんな方なのかな?と興味が湧きました。
「花もて語れ」はストーリーテリングがうまくて、ぐいぐい引き込まれる感じがありましたね。扱っている「朗読」という題材も新鮮で、とても面白かったです。
「よちよち文藝部」は名だたる文豪を結構思い切って辛口に描いているエッセイマンガですが、この思い切りがマンガだからこそできるノリでいいなと思いました。
山内夏目漱石、萩原朔太郎、芥川龍之介を題材にしている作品が多い印象がありますね。
川上文学者であってさえもやはり男前がメインになりがちな傾向はあるんですよね(笑)純文学は自分自身を色濃く出していくものが多いので、見た目は重視されやすいのかもしれません。でも、実は、いかつい顔の作家の作品も味わい深く、ぼくは好きなんですよね。モテなかったからこそ書ける文章というのもあるんです。そういう作家の作品もマンガで表現してもらえると面白いかもしれないですね。
山内マンガ作品によって、同じ文学者を描いても、描かれ方が違う点も面白いですよね。
川上たしかにそうですね。学問=正しい像を追い求めるという方向になりがちですが、どういう人だったのか?ということを想像する余地が多いほうが、面白味がありますよね。作家による表現の違いが見えてくると、描かれる文学者像をより立体的に理解することもできますしね。
時代によって、作家の見方が変わることもあると思います。「文学」のマンガで出てくる文学者たちの作品は、今日の文脈で読みなおすことで新しい発見ができる文学作品がたくさんあると思います。
山内「坊っちゃんの時代」の夏目漱石はどうですか?
川上一般的な漱石像はお札に描かれている紳士的な英米文学者だと思うんですが、「坊っちゃんの時代」では、神経質でやっかいな人として描かれていますよね。そこが面白いですね。著者の関川夏央さんは、文学者を描くのが本当にうまいんですよ。そこに、これまた谷口ジローの巧みな絵が加わるという…。かなり、文学度の高い作品ですよね。文学を知っている人がもっと世界を広げることができるマンガなのかもしれないですね。
川上 学習っていうと、書いてあることを余すところなく知らなければいけないような、高みに向かっていかなきゃいけないような印象がありますが、例えば、文豪で言えば、その人物像の輪郭だけでも分かっていると、それが、学ぶ人自身の日々の生活の中で、折にふれて「反応」することがあると思うんです。それが学ぶ楽しさなんじゃないかな、と。作者の解釈が反映された文豪の人物像は、昔の学習観だと「こんな適当なこと言っちゃいかん」と言われてしまうかもしれませんよね。でも、研究し尽くしても、わからないものはわからない。まずは自分の理解できる範囲で誤解を承知で楽しんで、自分自身の日々との「反応」を起こしてみる。それが学びの始まりになるんじゃないかと思います。
山内 『これも学習マンガだ!』の今後に期待することはありますか?
川上
個人的には、回を追うごとに選書テーマやジャンルが細分化され、バリエーションが増えたら面白いなと思っています。僕も人に本をすすめる仕事をしていますが、本を手に取る「入口」ってとても重要なんですよね。本を知る機会はいろいろありますが、新しい領域へ「歩み出す」ところを後押しするようなことができるといいですね。その一つの方法として、マンガをジャンルで切り分けて提示されるのは新鮮だと思いました。知らない分野を知る機会にもなりますしね。私自身、「文学」とくくられるだけで、「おっ」と思わされました。
書店のマンガコーナーでジャンル分けってしていないですよね?
山内 ほとんど見かけませんね。書店で、書店員がジャンルを判断して分類するというのは難しいのだと思います。「立川まんがぱーく」では一部ジャンルで分類しているのですが、苦労していました。
川上 例えば、書店のマンガコーナーに「文学」とか「社会」とか並んでいたら面白いのに、と思いますね。ありそうでなかった、意外と新鮮な見せ方だと思います。今回のジャンル名や分け方はどうやって決めたんですか?
山内 選書メンバーで作品を選びながら、同時にジャンルについても、その場で話し合って決めました。名称も「生命と世界」なのか、「命と世界」なのか?など、かなりこだわって決めました。ジャンルというフレームがあることによって、選書メンバーそれぞれが、どんな視点でその作品をみているかが語りやすくなったと思いますね。
川上
選書って選ぶ作業自体が楽しいですよね。先日、千葉県のDIC川村記念美術館で展示されている収蔵品に合わせて本を選びました。美術作品の研究書や関連書などではなく、画家と立場や考え方が近しい作家の本を選ぶことで作品の理解が広げてもらうという視点で選びました。
例えば、ジョルジュ・ブラックの《水浴する女》には吉野せいさんの随筆を選びました。《水浴する女》は普遍的な豊穣の女神のイメージが投影されていると言われていますが、一方で土臭さを感じさせ、逞しい男性のようにも見えます。吉野せいさんは、若い頃に文学に触れるも、農民として50年以上生活を続け、70歳を過ぎてから初めて本を書いた作家さんなんです。文章も土の中に埋まっているような異質な力強さがあるので、ブラックの絵に合わせてみたわけです。
山内 面白そうですね。なぜそのような本の選び方をしようと思ったのですか?
川上
感動って、自分自身の生活体験の中に響くことからしか起こらないと思うんです。美術作品を学問的に「学ぼう」とすると、そういう体験から遠くなってしまいがちです。なので、あえて外して、「絵を見た体験を広げる本を選ぶ」ことで、絵を見た人の感動に向けて橋をかけたいと思ったんです。このような方法も、知らなかった世界にふれるためのひとつの形かな、と思っています。
マンガも本も「楽しむ」ということが共通点ですよね。作品に力があれば、読者にとって身近な価値観や、求めているものに作品の世界が重なって、そこに感動や面白さが生まれるんだと思います。
その手助けしてあげることがぼくらの仕事の一番大事なところかもしれませんね。
構成・編集 岩崎 由美