『これも学習マンガだ!』の11ジャンル(※)を1ジャンルごとに各ジャンルの専門家が紹介するインタビュー企画。第3 弾は「社会」ジャンルを取り上げます。編集者・ジャーナリストである江口晋太朗氏に「社会」選書作品についての感想や、マンガから見えてくる社会と個人の在り方について語っていただきました。
(※)「文学」「生命と世界」「芸術」「社会」「職業」「歴史」「戦争」「生活」「科学・学習」「スポーツ」「多様性」の11ジャンル
山内 江口さんにとってマンガは子どものときから身近なものでしたか?
江口母親がマンガ好きだったので家にマンガがたくさんありました。母はスポ根好きで、『キャプテン』は家にありましたね。野球部という組織を描いていて、少年マンガにありがちな必殺技が出なくて、主人公が鈍くさい(笑)。現代的な野球マンガから逸脱してて、面白い作品ですよね。幼稚園のときには既に家に「週刊少年ジャンプ」(以下、ジャンプ)がありました。それからジャンプ王道系作品の単行本のほとんどは収集していました。
山内 マンガ好きには実にうらやましい環境ですね(笑)。
江口『ONE PIECE』が始まった頃がちょうど中学生だったかな。その頃には「週刊少年サンデー」(以下、サンデー)「週刊少年マガジン」(以下、マガジン)にも手を出し…。『キャプテン』以外にも母が『Major』『サラリーマン金太郎』『はじめの一歩』を買ってたのですが、実は本人はスポーツができないんですよ(笑)。だから作品の世界に没入できるらしいとか。私は少年マンガ以外も幅広く読んでいて、『彼氏彼女の事情』とかも読んでました。
私は今ちょうど31歳なのですが、ジャンプ黄金世代のときに小中学生で、マンガ以外では、ファミコン、スーパーファミコン、プレイステーションなどのゲームも一通りなぞっている世代。いわば、豊かなコンテンツ文化を浴びてる年代だと思います。基本的に18歳まではそういうのしかやってこなかったので、文芸書などのカタイ本は一切家にありませんでしたね。
山内 今はどれくらいマンガを読んでいますか?
江口マンガ雑誌は一通りチェックしていますね。「ジャンプ」「サンデー」「マガジン」「ヤングサンデー」「ヤングマガジン」「ヤングジャンプ」「スピリッツ」「モーニング」「イブニング」「チャンピオン」など、改めて、自分でもよくマンガ読んでるなと思いますね(笑)。発売曜日をチェックしていて、行けるタイミングでコンビニに行く。もう習慣ですね。もちろん気にいった作品は単行本も買っています。
山内相当ですね(笑)。では、その中でもどういう作品が好みですか?
江口最近は青年誌好みになってきています。少年誌の作品は昔のもののほうが好みかな。でも、 ジャンプで連載中の『僕のヒーローアカデミア』はジャンプ王道のヒーロー像作ろうとしている感じがあるので注目しています。あとは意外と動物マンガも読みます。いまだと『いとしのムーコ』、連載が終了した『チーズスイートホーム』など、ほのぼのとして好きですね。あとは『バーテンダー』。この作品は「これも学習マンガだ!」に入ってきてもいいのかな、とも思います。他には『悪の華』や『累』など人の心の闇や葛藤を描いている作品も好きです。
山内ジャンルを問わず幅広く読まれていますね。
江口マンガはその時代を反映していると思っていて、できるだけ色んなジャンルを読もうというスタンスでいます。その時代とその年代の人に受け入れられているもの、関心を持たれているものを知りたいと常々思っています。加えて、青年誌系のマンガの中には作者の視点で世の中をどう見ているのかを知ることができる作品があるので注目しています。『重版出来!』『王様達のヴァイキング』なんかがそうですよね。現実世界をなぞりながら、働く現場の様子や技術の発達と人のあり方、心理描写や悩みを表現している作品に惹かれるのかもしれません。
山内そんなマンガ通の江口さんから見て、「これも学習マンガだ!」の意義ってどういうところにあると感じますか?
江口昔の人が持っていた、職業観や倫理観、未来観、目指していた世界を知ることができるという点で意味があると思います。そうした視点で読むとマンガを読むときの指針になると思います。「社会」のラインナップで言うと、心をざわつかせる内容のものが多いので、ハッキリ言って、読後感がスッキリしないものもある。誰しも、自分に都合の良いものだけを情報選択しがちですが、「これも学習マンガだ!」をフックに、「痛みはあるけど考えさせられる」という体験を提供できれば良いのではないでしょうか。あとは、作品を読んでおしまいにするんじゃなくて、読んでからの共有体験があるといいかもしれません。例えば、学校で感想を発表しあうのって難しいんですか?
山内今後はそういう取り組みも積極的にフォローしたいと思っています。ただ、嬉しいことに、今、全国の高校図書館から問い合わせをたくさんいただいていて、中には実際に図書館で選書作品を紹介する棚を作ってくれているところもあります。高校生の将来の選択や自分がどう生きていくのか?を考える時の手助けとなっているという報告もありました。
江口人が社会で生きていく中で、例えば、人と人との摩擦の中で生まれる不条理なものを目の前にした時に、自分ひとりで解決するのは難しいですよね。そんな時にマンガでその不条理との向き合い方を追体験して学ぶのはとても良いことだと思います。
山内 「社会」ジャンルで選出された作品をご覧になった印象をお聞かせください。
江口選書作品を見渡してみると、生活保護を題材にした『健康で文化的な最低限度の生活』や『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』(以下、『いちえふ』)など、題材として、過去にあまり扱ってこなかったもの入っているところがまず面白いと思いました。あと、『ヘタリアAxis Powers』(以下、ヘタリア)はこの中だと異色ですね。
山内
『ヘタリア』はずっと読んできた作品とお聞きしました。
江口マンガだけでなくアニメも見ています。世界各国を歴史や文化、習慣を踏襲して擬人化しているところや、キャラクターのデフォルメが面白いですよね。イギリスとアメリカの微妙な関係性や、イタリアのいいかげんさ、ドイツの真面目さ、日本のキリっとした感じとか。
山内擬人化することで、圧倒的なわかりやすさがありますよね。
江口『ヘタリア』は実は外国でもウケてるんですよね。アニメエキスポとかでヘタリアを模して自国や好きな国の民族衣装を着ているレイヤーさんがいたりとか。
山内日本では『艦隊これくしょん』も流行っていますけど、このタイプの擬人化マンガは現状日本じゃないと描けないと思いますね。ある程度マンガの文化が根付いていないと、これほど思い切ってデフォルメはできないのではないかと。
江口「キャラ化する」というのは日本の八百万の神という考え方の影響があるかもしれませんね。それは手塚先生や水木先生が築いてきたのではないでしょうか。
山内では、『ヘタリア』と全く違うタイプの作品、『土佐の一本釣り』はいかがでしたか?
江口当時の「男のあるべき姿」や、職業倫理が描かれていますよね。この作品が発表されたのは、昭和50年ですね。あ、私、生まれてないですね(笑)。この作品を「社会」というキーワードで切り取ったのはユニークですよね。
山内私が最近読んだ『男一匹ガキ大将』でも「男のあるべき姿」が描かれていました。どちらの作品も現代の青年誌マンガのようなストーリーの緻密さよりも「魂」を伝えようしていたのかな、と。「社会」で選出された作品の多くが、当時の世相や社会情勢を色濃く反映していますよね。
江口たとえば『沈黙の艦隊』は、描かれた1990年前後の当時の原子力の考え方や国連のあり方、日本とアメリカの関係を反映していますよね。『加治隆介の議』では当時の日本の政治の現場や国際情勢、政策的な話が描かれている。『サンクチュアリ』もそうですけど「社会」ジャンルは90年代のマンガが多いですね。
山内たしかにそうですね。経済の急激な成長の一方で歪とそれから生じる社会不安が潜在的にあった時代。その不安を読者の代わりにマンガが代弁していたのかもしれないですね。
江口でも、この時代のマンガは、不安という「マイナス」なものを表現する一方で、同時に人間の可能性を信じるような「プラス」のものも描いている気がします。『沈黙の艦隊』では、主人公である海江田が国際平和を目指し国連の現状を打開しようとする話が出てきます。そこには、人類や世界はもっと分かり合えるんじゃないかという希望も込められているように感じます。90年代という時代は、インターネットなどのテクノロジーやコミュニケーションの多様化が今ほど発達していなかったですよね。その分、人間の「想像力」で補っていた部分があったんじゃないかと。希望を伴った想像力を持つ人がいる限り、人の延長線上にある社会はもっと良くなるんじゃないか、と考えていたような時代かもしれませんね。
山内なるほど。では、それと比べて2010年代の作品についてはどうですか?
江口90年代と比較すると2010年代は希望的観測を含めた想像力が乏しくなってきているのかもしれません。だからこそ、より具体的な事象を描くものが受け入れられやすくなっているような気がします。具体的には『いちえふ』『健康で文化的な最低限度の生活』などですね。 『土佐の一本釣り』の時代は個人の生き方が中心に描かれて、『沈黙の艦隊』の時代には社会のあるべき姿が描かれるようになり、2010年代の今は、具体的な事象の中で、もがく個人を描くという大まかな系譜があるように思います。
山内面白いですね。確かに『土佐の一本釣り』や『男一匹ガキ大将』で描かれるキャラクターは強烈な個としての憧れの対象ですよね。でも、最近は個を強くして、個として社会で戦っていくことにリアリティを持てない時代かもしれませんね。
江口そうですよね。『いちえふ』と『健康で文化的な最低限度の生活』は不安定な個やもがきながら葛藤をする人間関係や社会課題を描き出すことが主軸なんですよね。そうした意味で、個それ自体よりも他者や社会との関係性が描かれていますよね。
「社会」って何か?を考えたときに、複数いる人間の間でやりとりをしながらどうにかして調整して行っていくという姿があって、その調整のために法律や国があるんですよね。その「社会」がありながら、一方で自分自身である「個」がある。そして、それぞれに「あるべき姿」を求めようとする。誰しも、社会の「あるべき姿」と個の「あるべき姿」を行ったり来たりしているわけです。その行き来の過程や苦悩の切り取り方が、マンガなり、小説なりの作品の魅力を決定する重要な要素になるんだと思います。
山内 すでにたくさんのマンガを紹介していただいていますが(笑)、最後に改めて江口さんのおすすめマンガを教えてもらえますか?
江口
「社会」という切り口を意識して何冊か持ってきました。まずは『ザ・ワールド・イズ・マイン』。人間の贖いきれない自然の脅威やメディア論など様々なメタファーが含まれている作品です。これも90年代の作品ですね。個を失った烏合の衆としての大衆が描かれているのですが、それが今のソーシャルメディアの「炎上」ととても似ていて、ハッとさせられます。強烈な個をもった2人が自分たちのやりたいこと、世の中に訴えたいことを社会に切り込んでいく。切り口は違いますが、『沈黙の艦隊』に通じるものがあると思います。いろんな感情が生まれる作品です。
山内 この作品、読むのに体力使いますよね。
江口
このインタビューの話をもらって、改めて読み直したんですが、全部読むのに2日かかりました(笑)
他には『太陽の黙示録』が好きです。聡明な主人公が第三国を作るという話ですが、まず未曾有の大地震によって日本が真っ二つになるという設定がすごいですよね。また、最後には環境問題や国のありかたを考えされるような話が出てきます。日本が分断されて、パニックの中で人がどう動くのかをシミュレーションしているマンガでもあります。三国志をモチーフにした作品なこともあり、とても好きな作品です。
山内 他にもってきていただいたのは…『レッド』ですか。
江口 これこそその時代を直接的に反映している作品ですよね。日本ではまだ数少ない近代の歴史の出来事を微細に表現している作品です。しかも、この作品の舞台は60年代から70年代の日本を舞台にした全共闘の話です。全共闘に関する書籍は一般書ではたくさん出ていますが、マンガでこれを題材にしたものは珍しいと思います。特に秀逸だと思うのが、人が死ぬ順番でナンバリングされているという表現手法。そして、そこに生きている当時の人たちの圧倒的な躍動感。人間は必ず最後は死ぬということを表現しながら、どういう風に生きて、どのように考え、どういう風に死ぬか?ということを描いているんですよね。
山内まさに、社会と個を行き来する人間のありかたを考えさせる作品ですね。私も改めて読んでみたくなりました。本日はたくさんの興味深いお話しをお聞かせいただき、ありがとうございました。
構成・編集 岩崎 由美