「これも学習マンガだ!」の11ジャンル(※)を1ジャンルごとに各ジャンルの専門家が紹介するインタビュー企画。第4弾は「生活」ジャンルを取り上げます。お菓子研究家でありながら、マンガ関連の著作も多く手がける福田里香氏に「生活」選書作品についての感想や、学びの多様性について語っていただきました。
(※)「文学」「生命と世界」「芸術」「社会」「職業」「歴史」「戦争」「生活」「科学・学習」「スポーツ」「多様性」の11ジャンル
山内 福田さんはお菓子研究家でありながら、『まんがキッチン』などマンガ関連の著作も多く手掛けていらっしゃいます。かなり特殊なキャリアだと思うのですが。
福田私、美大出身なんです。卒業後に就職したのが新宿高野という果物屋さんで。その後、独立してお菓子研究家になりました。40歳間近になって、ふと、「このままマンガに関わらず死ぬのかな」って思った時に、いや待てよ、ちょっと仕事のやり方をひねればマンガに関わることができるんじゃないかな、と思って。
山内マンガ家を目指したことは?
福田マンガ家になる夢は小学生の頃諦めたんです。でも、マンガは大好きで。マンガを描かなくても、マンガを紹介することならできるんじゃないかなって思って。それで1999年頃に「オリーブ」という雑誌で「料理研究家の秘密」みたいな特集ページがあって、そこでやってみたんです。そのページは料理研究家がお気に入りのものを紹介する、という内容なんですけど。オリーブですもんね。すてきなエプロンやお気に入りの調味料を紹介しろって話なんですけど、私、空気を読まずにマンガをおすすめしたんですよ(笑)。そこで紹介したのが、よしながふみ『こどもの体温』、大島弓子『いちご物語』や安野モヨコ『ハッピー・マニア』など。そこで、BL(ボーイズラブ)のえみこ山『抱きしめたい』も紹介したんですけど、オリーブは全部載せてくれた。それで、あ、載るんだって思って(笑)。結局、マンガは私の作るお菓子に影響を及ぼしているわけで、「料理研究家の秘密」として紹介するのはおかしなことじゃないんですよね。それから十数年経っているけど、未だにたまに言われるんですよ、あのときオリーブで見たって。大多数に届いたわけじゃないかもしれないけれど、ピンポイントで誰かの胸を打っていて、それが今の仕事につながったりするんですよね。
山内オリーブをきっかけにマンガコラムを手掛けるようになったんですね。
福田そうですね。オリーブの後、2000年にファッション誌「装苑」で1ページのフードコラムの連載の仕事が来たんです。そこでフードマンガ特集ページを担当編集さんと企画して、よしながふみさんを特集したんですが、ディレクターから担当編集が怒られちゃって。まあ、そうですよね。装苑的にはマンガじゃなくて、新しくできた美味しいお店を紹介してよってことだったんだと思います。でも、私はファッション誌にマンガの情報が無いのってどうなの?って、思っていて。そしたら、その後よしながさんが講談社漫画賞を取って、『西洋骨董洋菓子店』が月9ドラマになり、風向きが変わって「年1回やっていい」と(笑)。その後は羽海野チカさんの『ハチミツとクローバー』や二ノ宮知子さんの『のだめカンタービレ』と、15回続いています。
山内『まんがキッチン』はどんな経緯で?
福田竹村真奈さんが編集長の「Girlie」誌でマンガに出てきたお菓子を再現した連載をしませんか?と言われたことがあって、「それは嫌だ、マンガをイメージにしたものをお菓子で作りたい」って言ったら、それが通って(笑)。それがまとまったのが『まんがキッチン』なんです。
山内作中のお菓子を再現するんじゃなくて、作品からインスパイアされたお菓子を作りたいということですね。
福田そうそう。私にとって再現は美術で例えるなら石膏像を模写するようなものなんですよ。それも楽しいのは分かっているんだけど、私がやりたいのは二次創作。『まんがキッチン おかわり』で中村明日美子先生と対談させて頂いたんですけど、中村先生からズバッと「福田さんのやっていることって二次創作ですね」って言われて、本当にそうだなと。好きなマンガ作品を小説かマンガで二次創作してコミケに出す代わりに、私はお菓子で二次創作してるという。しかも公認で(笑)。
山内 今回の「生活」ジャンルの4作品はどれも以前から読まれていましたか?
福田『奈知未佐子短編集 ~思い出小箱の15粒~』だけ今回初めて読みました。これ、泣いちゃいますよね。アニメの「日本昔ばなし」を彷彿とさせるような、現代のおとぎ話。思い切った単純な線で描かれていて、絵柄がかわいらしい。本当に嫌なところがひとつもないというか。男の子でも女の子でも両方読める良作だと思いました。
山内 『はみだしっ子』は『まんがキッチン』でも取り上げていましたよね?
福田そうですね。『イグアナの娘』の萩尾先生も別の作品ですけど、『まんがキッチン』で取り上げさせてもらっています。少女マンガの金字塔とも言える2作品ですよね。『イグアナの娘』は親との葛藤を描いています。最近、「毒親」「毒母」といった言葉が出てきているけれど、これはマンガですと田房永子さんの『母がしんどい』いうエッセイマンガから定着した言葉です。自分と親の関係を体験記として描いて熱い支持を得ています。一方、体験記として描けなくて、物語を使わざるを得ない時代や、作者の精神状態というのもあると思います。『イグアナの娘』は親子関係の苦悶を物語として見事に昇華させている。『はみだしっ子』もそう。育児放棄など、問題のある家庭があるということを、舞台を外国にしたり、主人公たちの性別を男の子にしたりして、物語に仮託しなければいけない時代だったんだなと思います。どちらも普遍的なテーマを扱っていて、今の若い人が読んでもとても面白いと思いますね。
山内『クッキングパパ』はどのように見られてますか?
福田私、福岡出身なんですよ。福岡をグルメシティに押し上げたのは辛子明太子と『クッキングパパ』だと思う(笑)。
山内確かにそうかもしれないです(笑)。
福田九州って男尊女卑が強いとよく言われてますけども、そこを逆手に取ったところが衝撃的。奥さんが仕事に忙しくて、それに文句も言わずにごはんを作ってくれる旦那さんが実は理想の男性像なんじゃないの?って、打ち出したのが早かった。その舞台が博多だったというのもインパクトがありました。それで、世の男性が実際に料理を作れるようになったかはわからないですけど(笑)。
山内少なくとも、料理をつくるのは大変だってことはわかったと思います(笑)。
福田『クッキングパパ』が家にあった男の子は、なかった男の子より、「料理をやってみようかな」の確率が確実に上がってると思います。「豪華な男の料理」じゃなくて日常のありあわせでちょちょいと作っちゃうところもポイントですよね。それでもって、会社の部下のかわいい独身の女の子に恋心を持たれる。「こういう人がモテるんだよ」っていう提案をしているわけです。深いですよね。
山内子どものころはどんなマンガを読んでいましたか?
福田 貸本って分かります?おじが理髪店を営んでいて、そこで読む貸本が一番最初に読んだマンガでした。何を読んだかは具体的に覚えてないんですけど、無国籍・スパイものが多かったかな。家が「マンガは読ませない」って感じだったんですよ。両親が民藝運動をやっていて、親が与える本は柳宗悦の本とか(笑)。活字が好きだったから、それも読んでいたんですが。だから、うちにマンガを持ち込んだのはおじさん(笑)。最初にプレゼントしてもらったのは一条ゆかり先生が表紙の「りぼん」でした。その後、近所の本屋さんが貸本屋も兼ねていることに気づいて、そこからはお小遣いで貸本を借りたり、立ち読みとかしてましたね。
山内図書館でマンガを読んだことは?
福田 まったくなかった。ゼロですね。図書館にマンガがあったら借りまくっていたと思います。
山内 今、図書館にマンガを置くところは増えてますよね。独自のキュレーションでマンガを入れたりして、司書さんも工夫している。昔はマンガは文芸書より幼稚なものだと思われることが多かったけれど、その認識は変わってきていると感じます。
福田 そうですね。でも、「マンガは文芸書より下だ」っていう認識がなかなか抜けない人も少なくないのかな、と。ある人に、「マンガには絵がついている。文字を読んでいたほうがよりイマジネーションが湧くから、私はマンガを読まない」と言われたことがあって。そんな風に思っている人がいるのかとびっくりしたけれど、同時に「私も気を付けよう」と思ったんです。無意識に、自分の苦手なものを差別していることって意外とあるのかなって。実は私、音楽で泣いたことが無いんですよ。正直音楽ってよく分からないんです。って言うと大概引かれてしまうんですが(笑)。でも、音楽からインスパイアされたマンガに感動することはたくさんあるわけです。それって、間接的だけどちゃんと音楽を摂取できてるってことだと思うんですよね。だから、自分にとってピンと来ないモノを迫害してはいけないな、と。
山内マンガにピンとくる人もいれば文章にピンとくる人もいるってことですよね。
福田 そうなんです。今の教育って文字に偏向しているところがあると思っていて。文字が読めなければ試験が受けられない、問いに答えられないとか。本当はすごく能力があるのに、文字が苦手なばっかりにスポイルされている人が相当数いるんじゃないかな。文字じゃなくて、絵や音で理解するほうが得意な人もいるんだっていうことが、もっと社会で認識されればといいのにと思います。
山内僕はマンガには「伝える手段」という重要な側面があると思っています。大衆文化から出発して60年経過したマンガは、文芸との単純な比較ではなくて、そのポテンシャルに見合った評価をされるべきかな、と。
福田 そうですよね。だから、今回「これも学習マンガだ!」を知ったときに、素直に「あ、賛成だな」って思ったんです。竹宮惠子先生も「マンガには何かを説明する力がある」っておっしゃっていましたし、高野文子さんも「ユリイカ」でのインタビューで今何に興味があるか?を聞かれたときに「学習マンガ」っておっしゃったんですよね。高野さんのような学習マンガとは一番遠いところにいるような人が「学習マンガ」って言い出したことがすごく衝撃だったんです。そして、その高野さんがそのインタビューの後に描いたのが『ドミトリーともきんす』。まさしく学習マンガですよね。
山内『ドミトリーともきんす』を読んだ人の中から、将来、科学者や数学者が生まれるかもしれないですよね。
福田
そうそう。インプットとアウトプットは別なんですよね。マンガを読んで科学者になるということもある。入ってくる回線と出ていく回線は同じじゃない。だから、どんなものでもバカにしちゃダメ。偏見を持っちゃダメなんです。例えば、藤村シシンさんという古代ギリシャの研究家がいて、彼女が書いた『古代ギリシャのリアル』は学術書では異例の重版がかかっているんですけど、彼女は『聖闘士星矢』を読んだのがきっかけで古代ギリシャの研究に足を踏み入れたという(笑)。「タメになるから」じゃなくて、娯楽としてマンガを読んで、結果として誰かのツボをつくというのが一番理想的な形なのかな、と。
山内 同感です。内容が事実と合っているかどうかを熱心に気にする大人もいますが、そういうことじゃない。
福田 ですね。事実に忠実にかけという制約はぜったいかけちゃだめだと思う。事実かどうかなんて、興味を持った読者が自分で調べればいい話。それこそが勉強ですよね。その確認作業を自分の研究としてやればすごく楽しいんじゃないかな。フィクションとノンフィクションの差を埋めていく作業が学習なんですよ。『ベルサイユのばら』(以下、ベルばら)なんて、まさにそう。実在のキャラクターとフィクションのキャラクターが入れ子なっている。だから面白い。それを大人がいちいち「この人は実在しないんだよ」とか教えて、楽しみを奪わないでほしい。だって、オスカルのいないベルばらなんて考えられないでしょ(笑)?
山内ベルばらに影響を受けたマンガ家は多いですよね。
福田 実はよしながふみさんはベルばらの同人からスタートしてるんですよ。そして今『大奥』を描いている。これはすごいこと。男女逆転の大奥を描くことで、ジェンダーロールを考えさせる名作です。『イノサン』もベルばら以後の作品。ベルばらのモブキャラが主人公なんです。見てください、この表紙!この美しさ!!他には池田理代子先生と同世代の名香智子先生が『山猫天使』というベルばらの前日譚の時代を描いています。
山内誰をヒロインにするかで善悪の見え方が逆転するとか、関連作品を併せて読むとまた新しい発見がありそうですね。 本日はマンガ愛にあふれるお話をたくさん聞かせていただき、ありがとうございました。
構成・編集 岩崎 由美