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スペシャル特集vol.06ジャンル別インタビューシリーズ「科学・学習」大阪大学教授、理学博士(理論物理学、弦理論)橋本幸士氏

ジャンル別インタビュー「科学・学習」

「これも学習マンガだ!」の11ジャンル(※)を1ジャンルごとに各ジャンルの専門家が紹介するインタビュー企画。第5弾は「科学・学習」ジャンルを取り上げます。話題の超ひも理論等の研究者でありながら、大のマンガ好きでもある橋本幸士さんに「科学・学習」ジャンルの選書作品についての感想や、SFマンガの楽しみ方について語っていただきました。
(※)「文学」「生命と世界」「芸術」「社会」「職業」「歴史」「戦争」「生活」「科学・学習」「スポーツ」「多様性」の11ジャンル

  • 橋本幸士
    橋本幸士(Koji Hashimoto)大阪大学教授、理学博士(理論物理学、弦理論)
    大阪大学大学院理学研究科・教授、理学博士。専門は理論物理学、弦理論。1973年生まれ、大阪育ち。
    2000年京都大学大学院理学研究科修了。サンタバーバラ理論物理学研究所、東京大学、理化学研究所などを経て、2012年より現職。著書に『超ひも理論をパパに習ってみたー天才物理学者浪速阪教授の70分講義』(講談社サイエンティフィク)、『Dブレーン 超弦理論の高次元物体が描く世界像』(東京大学出版会)がある。Twitterアカウントは@hashimotostring
  • 山内康裕
    聞き手
    山内康裕(Yasuhiro Yamauchi)『これも学習マンガだ!』選書委員
    1979年生。法政大学イノベーションマネジメント研究科修了。2009年、マンガを介したコミュニケーションを生み出すユニット「マンガナイト」を結成し代表を務める。
    イベント・ワークショップ・デザイン・執筆・選書(「このマンガがすごい!」等)を手がける。また、2010年にはマンガ関連の企画会社「レインボーバード合同会社」を設立し、マンガに関連した施設・展示・販促・商品等のコンテンツプロデュース・キュレーション・プランニング業務等を提供している。主な実績は「立川まんがぱーく」「東京ワンピースタワー」「池袋シネマチ祭」など。「DOTPLACE」にて『マンガは拡張する』シリーズを連載中。「NPO法人グリーンズ」監事、税理士なども務める。

『北斗の拳』を読んで科学者を志す!?

山内 橋本さんは物理学の研究者でいらっしゃいます。どんな研究をされているんですか?

橋本専門は理論物理学です。科学にはいろんな分野があって、学部名で言うと「工学」「理学」「医学」「薬学」なんかがあるんですけど、その中の「理学」に属します。物事の真理を見つめると言うんですかね。物の真理と書いて「物理」なんですけれど、その研究をしています。宇宙のはじまりと終わりについてや人間を作っている原子が結局何で出来ているのかとか、そういうのを数式を使って紐解いていく学問ですね。

山内ホットな話題だと重力波が最近ニュースになりましたよね。あれは重力波によって宇宙の根源が解明しやすくなったという事ですか。その程度しか分からず…。

橋本それだけで十分ですよ(笑)今おっしゃったのがまさにエッセンスです。重力波は重力の空間の歪みの波なんですが、それを望遠鏡でとらえることが出来たという事がすごく重要なんです。今まで見えていなかったものが見えた、と。見えたらいろいろ分かる事がありますよね。で、実際に新しいことがたくさん分かって、それであれだけフィーバーになっているんです。

山内解明というよりも望遠鏡の質が上がって見えなかったものが見えたという事だったんですね。

橋本そうなんですよ。なにせ重力波は理論から100年経っていますから、科学者はみんなずっと拝むように待って(笑)でも、おかげで新聞の一面にババーンと出て注目されて、基礎科学をやっている者としては100年経って社会とやっと繋がったことが凄く嬉しいです。

山内マンガ的に言うと「重力波」っていう名前がいいですよね。男の子は多分好きですよ(笑)
宇宙戦艦ヤマト』の波動砲や『ドラゴンボール』のカメハメ波を彷彿とさせるような。

橋本たしかにネーミングは重要ですよね。例えばビッグバンなんかは非常にいいネーミング。ネーミングはある科学者が考えて、それが非常にキャッチーだった場合、一瞬で業界に広まるんです。初めは批判があっても結局、みんなそれを使うことになる。

山内僕は『聖闘士星矢』でビッグバンを知りましたけどね(笑)作中に「アテナエクスクラメーション」という必殺技が登場するのですが、これが「小規模ながらビッグバンに匹敵する破壊力」として描かれていたので、僕のビッグバンの最初のビジュアルイメージは『聖闘士星矢』のキャラとセットでした。

橋本マンガの良いところはやっぱり読むと直接経験したかのように感じられるところですよね。
それは、危険なところでもあるんですけども。

山内そうですね。間違った思い込みをしてしまうこともありますよね。

橋本科学の学習マンガを見ていると、素粒子が丸い球でバンバン飛んでいたりして事実とはだいぶかけ離れた感じなんですよね。元は数式なんですよ。そのままだと理解できる人が限られるから、まず数式を文章で説明する。そうすると事実じゃないものが少し含まれていくわけです。さらに分かりやすくするために、文章をビジュアルにするとまた一段、事実が曖昧になっていくわけです。そう考えるとマンガなんて「もうどれも全部間違っている」ってことになりますよね。でも結局は全部グレーで、そもそも事実かどうかが曖昧な世界なんですよね。科学者だって、ビジュアルのイメージから入って最終的に数式を出すこともある。大事なのは、そのグレーの度合いをちゃんと読む人がわきまえておくことなんじゃないかと。小学生向けなら、ここは本当の科学でここは創作なんだとちゃんと見分けられるものをすすめたいですね。

山内マンガには嘘があるから子どもにすすめたくないという話はよく聞きますね。でも、マンガと学習参考書は違う側面があると思うんです。今回「これも学習マンガだ!」の選書にあたっても、ダイレクトに学習につながる「嘘」がない参考書になるマンガではなく、学習のきっかけや入口になるマンガを意識して選びました。

橋本なるほど。たしかに、マンガは学習の入口として最適かも。でも、例えば僕が高校生向けの講演でマンガの話をすると、うしろで聞いている親御さんたちが嫌な顔をすることもあるんですよ。受験が大変なこの時期にマンガの話なんて…っていう。ただ、実際に講演を聞いた高校生から感想を聞くと、科学者もマンガを読んでいるということにとても興味を持ってくれていましたね。マンガがきっかけで科学者になるという事が実際にあるということを伝えることには意味があるんだなと感じました。

山内マンガをきっかけに科学者になったというのは?

橋本僕の場合、科学のマンガを読んで科学者を目指そうとしたわけではなくて、『北斗の拳』や『風の谷のナウシカ』がきっかけで。僕が高校生だった当時、「もう将来はないですよ」みたいなマンガが大流行していたんです。

山内1980年代ですか。冷戦の終わりの頃ですね。

橋本そうです。冷戦のニュースを毎日聞いていて、近々核戦争が起きるかも、なんて話も出てて。その横には『北斗の拳』が置いてあるわけですね。これは本当の話だなと。今のこたつにぬくぬく座っている世界から、明日にはいきなり荒野に放り出されるかもしれない。「もう将来がない」んだったら、じゃあ自分の人生は何をしたいかとか、何を楽しくやっていくべきかっていうのを考えて、それで科学者を目指すことにしたんです。

柳沢教授みたいな人、います

山内 今回の「科学・学習」ジャンルのマンガはご覧になっていかがでした?

橋本宇宙兄弟』がやっぱり好き。宇宙飛行士をとても身近に感じられますよね。宇宙飛行士になるための訓練の様子が非常に詳細に描かれているところなんか、食い入るように読んでしまいます。宇宙飛行士って最初からなれないものって思っちゃいますよね。でも、小さい頃はみんななりたいなって思っていたわけで。『宇宙兄弟』は地に足の着いた追体験できそうなところから、非常に高いところまで連れていってくれる。やっぱりすごいですよね。

山内ハルロック』はどうでしたか?女性が主人公の電子工学マンガです。

橋本こういう人が増えてきたら面白いですよね。女性にとって科学は敷居がものすごく高い。例えば、科学モノ…SFなんかは大抵主人公が男性ですよね。

山内昔は男性向けマンガの主人公は男性、女性向けマンガの主人公は女性という傾向がありました。でも今は変わってきていて、男性向けで主人公が女性というのもアリになってきています。

橋本それはいいですね。『ハルロック』を読む前は主人公が女性だから感情移入できないんじゃないかと思っていたんですが、実際に読んだら結構面白くて。日本は他国と比べて女性の研究者のパーセンテージが低いんですよ。高校で理系クラスを女の子が選ぶのは抵抗があるとも聞きます。これってマンガの影響が大きいかもしれないですね。SFとか科学が好きなのって男の子でしょっていう先入観ってあると思うんですよ。

山内たしかにそうですね。少女マンガでは科学やSFはそれほど多くないですからね。

橋本女性が『ハルロック』を読むことで、「私以外にも女性で科学に熱中する人がいるんだ」と分かってそれが理系に進む後押しになれば面白いですよね。

山内理系マンガだと他には『もやしもん』も選出しています。菌を擬人化しちゃっているマンガです。

橋本これも面白いですよね。擬人化は人じゃないものの視点が得られるので物語に入り込みやすいですよね。高エネルギー加速器研究機構(KEK)が出している『カソクキッズ』という科学マンガがあるんですが。KEKは素粒子を高速でぶつけて実験しているんですけど、実験のために税金がものすごく投入されているんです。でもそれを使って世の中の暮らしが直接すぐ良くなるかっていうと、そうはならない。重力波もそうですが、世の中の役に立つのは100年後かもしれないわけです。でも、税金を投じているのだから社会に説明する義務がありますよね。マンガはそういうのを広く知ってもらうにはすごく良い媒体だと思うんです。内容も擬人化されていたり、ギャグマンガ調になっていたりで親しみやすい。僕の娘もすごく楽しんで読んでいますね。

山内擬人化したキャラクターに感情移入できるのって、日本独自の感性かもしれないですよね。マンガやアニメを浴びるように楽しんでいくことで培われてきた読解力のような気がします。『ドラえもん』を見て育った人はくまもんにも感情移入することに違和感がないと思うんです。『もやしもん』では菌が擬人化されていますよね。菌って漠然と汚いイメージがあるけれど、それが擬人化によって覆る。「ビフィズス菌ってかわいい」とかですね(笑)汚いよりかわいいほうが興味を持ちやすいですよね。

橋本他には『天才柳沢教授の生活』ですね。これ僕大好きなんですよ。実際、教授の生活って謎なんですよね。そもそも生活を見せないようにしているというか。だから、登校途中に先生にばったり会うとすっごい悪いところを見たような気がする(笑)実際に柳沢教授みたいな人、いますよ。

山内本当ですか(笑)道の角を直角に曲がる人とか?

橋本例えば、廊下が曲がっていたりしますよね。柳沢教授は直角に歩いていますけども、このカーブをどういう曲線を描いて歩くと一番距離が短いかを計算しながら歩くとかいうのは、理系の先生は結構当てはまると思いますよ。

マンガは夢のかたまり

橋本これもびっくりしましたよ。『ヒノコ』。

山内面白いですよね。漢字が苦手な子もこれを読んだら、苦手意識がなくなるかも。

橋本 そうですよね。これも解説は本当にわずかで、あとは全部ストーリー。でも、漢字がストーリーの一番大事な要素として使われていて、ちゃんと少女マンガ的に自然に盛り上がりを作っているわけです。だから一部分を読むだけでも漢字に興味を持てると思うんですよね。いわゆる昔ながらの学習マンガで良くないと思うのは初めから順番どおりに全部読んでいかないと理解できないところ。つまみ食いができないんです。

山内ヒノコ』もそうですが、雑誌連載をしているマンガは一話一話の完成度をシビアにみられることが多いんだと思います。一話ごとに評価をされて、評価が低いと打ち切りになってしまう可能性がある。そういう背景もあって部分的に読んでもエッセンスがすぐわかるような作品が多いんだと思います。

橋本 学校の歴史の教科書は時系列にきっちり並んでて、最初から順番通りに進むじゃないですか。僕は世界史を途中でやめちゃったからギリシャまでしか知らなくて(笑)でもNHKの大河ドラマみたいに人間に焦点を当てると、ひとりの主人公がその時代をどう経験していったかというその人の視点で語られるから面白いんですよね。

山内人の視点のほうがやっぱり感情移入をしやすいですもんね。

橋本 教科書って神の視点なんですよね。「この時代はこれがあった」と滔々と語られて。ありがたいお経をいただきます、みたいな。だから眠くなるわけでね。例えば、仏教を学ぶって言っても手塚治虫の『ブッダ』を読むか、大乗仏教の経典を読むかで全然違うわけですよ(笑)目標が違うから仕方がないのかもしれないけれど、入口としてはどっちが最適かは明らかですよね。

山内SF短編集の『アフター0』はどう読みましたか。

橋本 宇宙で生活したらどうなるのか?というようなマンガはもともと好きでたくさん読んでいるんですが、僕の場合は科学の視点で実現可能か検証しながら読んじゃいますね。例えば宇宙空間にこんなでかい大仏を上げるのは可能なのかとか。ストーリーを追うのは二の次になっちゃいます。

山内そういう読み方ができるのはうらやましいです(笑)

橋本 もちろんフィクションとは分かっているんです。でもそれがどれぐらいの実現性があるのかというのを想像して楽しむところはやっぱりあります。そうだそうだと同意をすることもあれば、自分だったらどうするかなと考え込んでしまうことも。

山内昔のマンガを読んでいて、当時空想で描かれたこの技術はそろそろ実現可能だと思ったりすることも?

橋本 それもありますね。最新技術のニュースを見て「これってあのマンガに出てきたやつだ」って気づいたり。マンガにはそういう共通の話ができる土台みたいな意味がありますよね。「それって『ドラえもん』のあの道具だよね?あれからもう30年経ってるの!?」とかね。やっぱりマンガは夢のかたまりですから。実際は形がないものでも、マンガにするとこういう風な形になり得るんだっていうことを示してくれる。『ドラえもん』はその集大成ですよね。タイムマシーンっていうと普通、大きな宇宙船のような形を想像するけど、引き出しを開いたらとか、風呂敷かけてとかね、マンガだとそういう風になっちゃうわけですよ。

山内そういうマンガ的な表現にインスピレーションを得ることってあるかもしれないですね。

橋本 マンガには先見性がありますよね。マンガはアイデアの宝庫。そのアイデアの99.9%がとんでもないものなんですけれど。でも、ひとつひとつ検証していくと、そのなかでも実現するものがある。そういう点は、科学の研究を進めていく姿とすごく似ている面があるんです。マンガのとんでもないアイデアへの突っ込みどころが科学の入り口になっていることもある。そうやってどんどん突っ込みを入れたりして、科学に親しみのない人が科学について気軽に話しえるような状況が広がれば理想的ですね。

構成・編集 岩崎 由美

対談中に紹介されたマンガ一覧

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