『これも学習マンガだ!』のマンガ11ジャンルを各ジャンルの専門家が紹介するインタビュー企画、 第8弾は「職業」ジャンルを取り上げます。若者を対象にした就労支援を行っている認定特定非営利活動法人 育て上げネット工藤 啓氏に「職業」ジャンルの選書作品の感想や、子どもの世界を知るためのマンガの活用法についてお話を伺いました。
「これも学習マンガだ!」の11ジャンル(※)を1ジャンルごとに各ジャンルの専門家が紹介するインタビュー企画。第8弾は「職業」ジャンルを取り上げます。若者を対象にした就労支援を行っている認定特定非営利活動法人 育て上げネット工藤啓氏に「職業」ジャンルの選書作品の感想や、子どもの世界を知るためのマンガの活用法についてお話を伺いました。
(※)「文学」「生命と世界」「芸術」「社会」「職業」「歴史」「戦争」「生活」「科学・学習」「スポーツ」「多様性」の11ジャンル
山内まず「育て上げネット」について教えてください。
工藤ひきこもり状態の若者や少年院の退院者など働いていない若い世代に対して社会参加や就労を支援するNPOです。現在は小学4年生から中学3年生までの経済的に苦しい家庭の子ども約120人とその保護者への支援や、全国約100の高校に授業をしに行って生徒さんと将来の話をする活動も行っています。
山内「これも学習マンガだ!」では希望の図書館や書店に無料で冊子等をお配りしているんですが、高校図書館からの問い合わせが一番多いんですよ。特に今回お話を伺う「職業」ジャンルの作品は進路に悩む高校生向けに高校図書館が独自に特集を組んで紹介いただいた例もあります。高校生のように社会との関わり方を意識し始める年齢の人たちに自分の知らない世界やさまざまな職業を知ってもらいたいという想いを込めて作品を選んだので、この反響はとても嬉しかったです。
工藤そうなんですね。「職業」で選ばれている13作品を見てみると、特定の職業そのもののことが分かる作品が選ばれている印象ですね。例えば消防士という比較的メジャーな職業のことが分かる『め組の大吾』とか。ただ「職業」という言葉に縛られずに、もう少し広く考えることもできるかなと思ってまして、今回この取材を受けるにあたって僕なりに職業や働くことに付随するテーマで4作品を選んできました。
山内ありがとうございます。ぜひ、教えてください。
工藤まずは認定NPO法人フローレンスの活動を題材にしている『37.5℃の涙』。まだまだ知られていない病児保育の現場を描いています。フローレンスや育て上げネットに限らず、NPOには2つのミッションがあるんです。ひとつは問題を解決するというミッション、もうひとつは問題を社会化するというミッション。問題を社会化するというのは、問題を多くの人に知ってもらって、みんなの問題として認識されることです。この『37.5℃の涙』はまさに問題の社会化のきっかけとなるような作品だと思います。マンガというエンターテイメントの力を使って「こんなのもあったんだ」ともっと気づいてもらえる状況を作り出したいですね。
山内そうですね。実際僕もこの作品で病児保育士のことを初めて知りました。
工藤『中卒労働者から始める高校生活』は働きながら通信制高校に入学する高校生が主人公の作品です。働きながら学校に通う彼らの苦しみというのは当事者でないとなかなか知ることができないものでもあります。「正社員は安定している」「30代にもなってファストフード店で働くのってちょっと…」等、働くことや職業に関してなんとなく社会で共有されている価値観ってありますよね。でも、そもそも素晴らしい職業って何なのでしょうか。「学歴って何なんだろう」とか「大学を出た方がいいのか」とか、もっと言うと「幸せって何か」みたいな話が「職業」より手前にあるはずなんです。
山内確かにそうですね。
工藤次に紹介したいのは『双子の親になりました』です。実は僕、9か月前に双子が生まれまして。4歳と2歳と1卵生の双子で全員男の子。4人の息子の父親です。妻はいわゆるワーキングマザーです。このマンガを読むと、いかに多子世帯におけるワークライフバランスが難しい問題であるかが良く分かります。
山内確かに、双子が生まれると生活が一変しそうですね。家族を持つ前に知っておくと良いテーマかもしれません。
工藤最後に紹介したいのは『モリのアサガオ』。日本には死刑制度があって、誰かが法的に誰かの命を奪わなきゃいけない。誰も人の命を奪う仕事なんてやりたくないですよね。でも誰かがやっぱりそれをやっている。戦争マンガにみる職業軍人もそうですけれど、これって本当に職業として必要なのかとか、人の命を奪う事が仕事となっていいのかという話や社会制度の問題など非常に考えさせられる作品だなと。
山内工藤さんの選書、とても面白かったです。
工藤「これも学習マンガだ!」というテーマは「これじゃないでしょう」「いえいえこっちですよ」って自分なりの意見を持っている人たちが思わず参加したくなるような企画だと思います。座右のマンガっておそらくほとんどの人が持っていると思うんです。「学習マンガ」というテーマと照らし合わせて座右のマンガをとらえなおしてみると、そのマンガの中にある自分にとって大切な何かが浮き彫りになるというか。だから僕、実は「マイこれも学習マンガだ!」を作りたいなと思っていて(笑)。
山内いいですね。実際に発表後そういう声はたくさん上がっていてブログで「オレの学習マンガはこれだ」って自分で挙げていく人が出てきたり、Twitterで「私ならこれも入れたい」というような声もたくさん聞きました。自分が好きなマンガについて「これも学習マンガだ!」という切り口で、改めて振り返る機会になっていたら嬉しいですね。
工藤そうですよね。自分で考えてみる機会というのはポイントですよね。大事なのは、マンガであろうが有名な本であろうが、それに対して自分の意見や感想を表現することなんじゃないかと思うんです。例えば夏休みの宿題の読書感想文って別にマンガの感想文でもいいじゃないですか。「マンガ読書感想文」をやれば、本は得意ではないけれどマンガはたくさん読んでるっていう子がマンガを通じて何を学んでいるのかということが分かって、先生にとっても勉強になると思うんですよね。感想が寄せられたマンガの世界を通じてその子が考えている世界を見ることはできるはずですよね。
山内ですね。「これも学習マンガだ!」をきっかけに今後そういう動きも生み出せたらと考えています。ではここからは改めて今回選ばれた「職業」ジャンルのマンガについて伺いたいと思います。
工藤まず『山賊ダイアリー』ですね。生きていくための知恵が描かれています。今年マンガ大賞をとった『ゴールデンカムイ』もこれに近いでしょうか。何かが起こった時に知っておけば生き延びられる術。水をどう作るかとか、狩猟した動物の血はどうやって抜くのかとか。職業として考えても面白いですけれども、生きていくうえでのリスクヘッジにもなるという。無人島に1冊だけ持っていくならこういう作品ですね(笑)
山内医療現場を舞台にした作品はどうでしょう。『ブラック・ジャック』『ブラックジャックによろしく』『JIN-仁-』の3作品が今回は選ばれています。
工藤医療モノは選ぶのが大変だったんじゃないでしょうか。『医龍-Team Medical Dragon-』は入れないのかとか。僕だったら『ムショ医』を入れたいのですけれど(笑)。
山内迷いに迷った末の3作です(笑)。もちろん1つ1つの作品それぞれに素晴らしいんですが、3作を読み比べながらいろんな角度で医療や医者の仕事について発見があるようなラインナップを意識して選びました。
工藤『ブラックジャックによろしく』もそうですが、医療マンガで僕が好きだなと思うのはマンガだから表現できる極端なことや奇跡があまり起きないもの。例えば『Dr.コトー診療所』や『コウノドリ』は非常に好きです。死は避け得ないものですから、医療マンガを複数読むだけでも随分自分の生活に役立っていると思います。
山内「職業」ジャンル全体を見渡してみてどのように感じましたか。
工藤公的資格が必要な職業とそうでない職業に分けてみることもできますよね。資格が必要なのは、さっきの医療マンガ。『ブラック・ジャック』は無資格ですが。他に『家栽の人』『神の雫』あたりでしょうか。他の作品は資格ではなくむしろ訓練や経験が効いてくる職業かな。経済的に苦しい子にとっては何でもかんでも大卒じゃなきゃっていうのは厳しいものです。例えば題材となっている職業ごとの資格の要・不要や、資格が必要ならばそれがどんな資格なのかといったことが分かるとより子どもたちにとって具体的な学びになるのかなと思います。資格不要の職業マンガでいうとボクサーがマンガ編集者に転身して活躍する『編集王』は面白かったですね。
工藤ひとつ課題かなと思っているのは、子どもがこういうマンガを読む時に親がもしそのマンガを読んでいなかったら、幼子に読み聞かせる絵本や本のように、家族でマンガに描かれる職業のふくらみの部分の話をすることが出来ないのではないかと。例えば医者という職業だったら看護師や製薬会社のMRなど、その職業に紐づいていろんな職業が集まって社会って成り立っているわけです。若者や子どもたちがマンガから職業観を育てていく時に大人がついてこられるかどうかというのは課題のひとつだと感じています。例えば子どもが「『ブラック・ジャック』が凄いから、医者になりたいです。」って言ったら「医者になるのは大変だよ。お金がかかるよ。責任が重すぎるよ」とその職業に対するイメージだけで親が諭すとか。その職業のネガティブな側面を説得的に子どもに突き付けてしまうのはもったいないですよね。
山内それは同意です。不用意な大人の発言で子どもたちの可能性を閉ざしたくないですよね。
工藤そうなんです。そうならないようにマンガに限らず子ども達が読んでいるものを大人も一緒になって読んだ方がいいと思っていて。『ONE PIECE』を子どもたちがこぞって読んでいるなら大人も『ONE PIECE』を読んだ方がいい。もちろん純粋に楽しんで読んでもいいし、もし面白味を感じなくても、何故これが流行っているんだろうとか、何が子どもたちを惹きつけているんだろうという分析的な視点で読んでみればいいと思うんです。子どもと大人である自分を分け隔てて、対岸にいる子どものために大人が考えてマンガを与えてあげるんじゃなくて、自分たちも一緒に勉強していこうっていうのが大事なんじゃないかと。
山内分かります。僕もマンガには世代を超えたコミュニケーションを助けるという側面があると思っていて。
工藤まさしくそうですよね。若者支援って2003年くらいから社会的にスポットライトが当たり始めるようになったんですね。それで臨床心理士やキャリアコンサルタント、社会福祉士のような方たちの中でも子どもや高齢者や障害者を支援してきた方たちの細かい支援が入ってきて、徐々にそういった方たちから私に講演依頼が多くなってきたんですが、その中で一番多い質問が「何を学んだらいいですか」というものなんですね。「なんとか技法」とか「なんとか検査」や海外の最新事例なんかを勉強したいからどれから始めればいいか教えてください、ということなんですが。でも私は「簡単ですよ。3つマンガを挙げますので、そのマンガを読んで下さい。」と伝えるんです。
山内面白いですね。その意図は?
工藤よく「目線を合わせるのが大事」と言われるのですが、若者や子どもたちの読んでいるマンガ、映画でも音楽でもネットサイトでもいいのですが、彼らの文化を知ったり、物の見方を考えるためなんです。「もし読まれた場合は是非連絡を下さい。意見交換しましょう」と答えた中で、今までおそらく数千人単位でそういう風に伝えてきたんですが、実際マンガを読んだと報告をもらった人は3人だけでした。もちろん、読んだけれど連絡はしていない人もたくさんいらっしゃると思いますが。
山内ちなみに年齢層はどれくらいの方が多いんですか?
工藤50〜60代の方です。読んで下さった人の中には面白かったと言ってくれた人もいれば、面白くないんだけど、なぜこれが流行っているんですか?という質問をくれる人もいる。マンガを読むことで「おそらく今こういう社会状況だから、子どもたちはこういうことに関心があるんじゃないですかね?」とか大切な気づきを得ているんですね。だから毎回マンガを読むようにすすめているんですが、実際読んでくる人は少ない。学術書をすすめたら多くの人が読んでくれたかもしれません。貪欲に学んでほしいところなのに「マンガだからちょっとね。」と思われてしまうのは、いささか残念だなというところではあります。これは一例ですが、今後はただ楽しくワクワクドキドキだけじゃないマンガの使い方がもっと生まれてくるといいですね。
山内そうですね。マンガは文化として成熟期に入っています。工藤さんがおっしゃるようにそれを読んでいる人がどんな世界を見ているかを知るためにマンガを活用するなど、読んで楽しいだけじゃない、マンガと社会の関わり方や価値がこれからどんどん生まれていくんじゃないかと思っています。「これも学習マンガだ!」もそのひとつになればいいですね。本日はありがとうございました。
構成・編集 岩崎 由美