「これも学習マンガだ!」の11ジャンル(※)を1ジャンルごとに各ジャンルの専門家が紹介するインタビュー企画。第9弾は「スポーツ」ジャンルを取り上げます。eスポーツプロデューサー/ゲーム監督の犬飼博士氏に「スポーツ」ジャンルの選書作品の感想や、スポーツ×テクノロジーの未来についてお話を伺いました。
(※)「文学」「生命と世界」「芸術」「社会」「職業」「歴史」「戦争」「生活」「科学・学習」「スポーツ」「多様性」の11ジャンル
犬飼今回「スポーツ」ジャンルの専門家ということで呼んでもらいましたが、僕はいわゆるスポーツの専門家ではなく「eスポーツ」という情報社会のスポーツを専門にしています。簡単にスポーツの歴史を話すと、農耕社会の時に集団生活の中でお祭りとして始まったのがサッカー。次に工業社会になってモータースポーツが生まれました。その後情報社会になって出てきた道具がコンピューターで、そのコンピューターで遊ぶのがコンピューターゲーム。そのコンピューターゲームでスポーツをしているのがeスポーツです。
山内eスポーツを専門にしようと思ったきっかけを教えてください。
犬飼現代的なスポーツって一体何なんだろうということに子どもの頃からずっと興味があって今に至る感じですね。現代的なスポーツっていうのは今ゲームと呼ばれているものです。なので、僕はゲームの専門家でもあって、肩書きとしてはeスポーツプロデューサーとゲーム監督になります。ゲーム監督というのは、映画監督のゲーム版だと思ってもらえれば。
山内たしかにスポーツとゲームの境目って曖昧ですよね。
犬飼そうなんです。子どもは何がスポーツで何が遊びで何がゲームかなんて意識しないですよね。ただ面白いかどうかを根拠に境目なく選び取っている。そしてその遊びは今も続いていて、僕自身いまだにプレーヤーのまま永遠に遊び続けている感じです。
山内そんなプレーヤーの犬飼さんから見て、これも学習マンガだ!で選ばれた「スポーツ」ジャンルのラインナップはいかがでしたか。
犬飼まずマンガを読んでスポーツを学ぶという意味がよく分からなかった(笑)
山内(笑)。このプロジェクトには新しい世界を発見して欲しいという想いを込めていて、知らないスポーツの世界と出会って欲しいということを広義の意味で学びと捉えているんです。
犬飼なら納得です(笑)このラインナップの作品、全部良いですよね。その中でも『岳』は少し異質だと感じました。『岳』でやっていることって既存のスポーツのジャンルに当てはまらないですよね。主人公は楽しんでやっているんだけれどもハタから見ると救助活動で。仕事なのかそうじゃないのかもギリギリのところですよね。スポーツの語源って知ってます?運ぶという意味の「スポルト」という言葉があって、これは仕事を指す言葉。何かを運ぶというのが昔は仕事だったんですね。で、そこから離れることが「デスポルト」。それが略式でスポーツになった。つまりスポーツは遊びなんです。『岳』の主人公は今が楽しければいい、生きても死んでもいいと思っている。この状態でいられることっておそらく究極の幸せに近いんじゃないかなと。そういう状態を描けるメディアって実はあまり無くて、マンガはそれをサクッと描けるっていうかな、省略して描けちゃうのがすごいなあと。
山内確かに『岳』は異質ですよね。選書の際にも果して「スポーツ」ジャンルで良いのだろうかと頭を悩ませたところでもあります。『岳』以外の作品は読んだことがありましたか。
犬飼『うっちゃれ五所瓦』だけ今回初めて知りました。この時代はこの作品の主人公のような実直で真面目で地味な人は描きにくかったと思うんです。でもいつの時代にもこういう人はちゃんといて、それを評価できるのがスポーツなんだなと。今回この作品を知ることができてラッキーでしたね。
山内今日犬飼さんにはたくさんの私物マンガを持ってきていただきました。紹介していただけますか。
犬飼時系列で見ていきましょうか。ます『イガグリくん』と『スポーツマン金太郎』。1950年〜60年代の作品です。これはテレビが一般に普及する前の作品。テレビが登場するまではスポーツはラジオで聞くくらいしかメディアで知る機会がなかったんです。そんな時代に「動いている感じ」が分かるメディアがマンガだった。「ヤバい!これ凄い動いてる!!」って興奮しながら皆スポーツマンガを読んでいたんじゃないかと。
山内この時代はプロ野球の巨人軍を題材にした作品が多いですね。
犬飼戦争で負けた日本人の「勝ちたい」という気持ちの現れかもしれないですよね。スポーツはルールの中で何を達成すればいいかが明確です。頑張って成果を出せば勝てるシンプルな仕組みにその気持ちを託したのかもしれません。一方で徐々にスポーツのゲーム(=試合)に「お金を儲ける」というビジネスの要素が加わっていきます。ビジネスの発想では、「誰かの決めたゲームの中で勝てなくても、別のゲームで勝てばいい」という風になります。つまりこれが経済なのですが、その経済という名のゲームは誰かが作ったゲームだったと青年ですら気づくのが90年代。96年から連載された『ピンポン』はそんなゲームに埋もれた社会で、その時代の青年がそれでもまたもう一度ゲームやスポーツを見出す話だと読むことができると思います。
山内スポーツを通じて自分自身と社会を見据えるような作品ですよね。
犬飼そうですね。スポーツマンガはいつもそうだったといえると思います。またスポーツにはもうひとつテクノロジーという重要な軸があります。10年ほど時代を遡りますが、なんといっても『ゲームセンターあらし』は画期的な作品です。コンピューターが僕らのリアルな世界に介入してくるわけです。従来のスポーツ以外のもうひとつのゲームがここから始まります。
山内スポーツのゲームとコンピューターのゲームの違いは何でしょう。
犬飼スポーツって評価されるのにとても時間がかかりますよね。根性で頑張るとかね。でもコンピューターゲームは分かりやすく直ぐその場で褒めてくれたりして成果が分かります。しかもゲームの種類がたくさんある。「このゲームは下手だけどこのゲームは上手い」みたいなことって非常に心の拠り所になるというか、幸せにつながっていていると思うんですよ。
山内『ゲームセンターあらし』と同じすがや先生の作品で『こんにちはマイコン』も持ってきていただきました。この「キーボード実感ポスター」という付録は面白いですね。パソコンのキーボードがプリントされています。
犬飼これすごいですよ。「実物の90%の大きさです。」って書いてある。これこそが情報社会の表現なんです。つまり、このプリントが等倍かどうかを気にする人たちが増えたということです。この作品は「見る・知る・使う」ためのもの。知るだけではなくて「使う」が入ってくるところがすごい。Doなんですよ。いや、むしろPlayするに近いかな。非常に多くの人がこの作品をきっかけにゲームクリエイターを目指し始めたんじゃないかと。
山内そしてそのコンピューターゲームを題材にしたのが『東京バーチャ物語』。これはどんな作品ですか。
犬飼セガの対戦型格闘ゲーム「バーチャファイター」のプレーヤーが制作したもので、まず作り方がすごいんです。通常ゲームセンターでプレイするときの視点とは別の視点で対戦を見ることができる基盤をわざわざゼガに頼んで作ってもらって、その基盤を借りてプレイし、ゲームをやっている途中で止めるんです。その静止画をカメラで撮影してマンガ風に編集するという。しかも内容は『東京大学物語』を元にした創作なんです。
山内ゲーム画面を使ったオフィシャルな二次創作といったところでしょうか。
犬飼そうとも言えますね。バーチャファイターは1ゲームが1分くらいで終わるんですね。その1分の間で次々に起こる刹那の物語がプレーヤーの中には存在するんです。それを何とか別のメディアで再現したいという時に題材にしたのがその当時ヒットしていた江川達也の『東京大学物語』。これは主人公が東大を目指す話ではあるものの実際はほとんど受験と関係無いことばかり考えているという話なんですね。受験という危ういゲームを象徴しているのが『東京大学物語』で、一方で与えられたルールの中で遊び尽くそうとするのがバーチャファイターのプレーヤー。実際には何にも目指していないというのが両者の共通点なんです。
山内なるほど、どちらも刹那を物語化しているんですね。
犬飼そうそう。過去や将来でなく今、しかも刹那にしか興味がない。1分の世界を何ラウンドかに分けて描いていたりするわけです。分けて描いていくとその1分が細かい反復の積み重ねだということが分かる。反復はまさにスポーツの本質の一つです。反復する中で結果の差異を楽しんでいくのがスポーツなんですよ。『あしたのジョー』の時代は1ラウンド3分の反復を描きましたが、90年代はコンピューターのクロックを刹那として表現するようなことになってきていたんですね。
山内マンガというメディアは描く方も読む方も時間軸をコントロールできるので、時間に自由度の高いメディアと言えるかもしれないですね。スポーツという題材との親和性の高さにも納得です。
山内コンピューターゲーム以降、テクノロジーの進化はスポーツにどんな影響を与えたでしょうか。
犬飼『リアル』が良い例ですよね。バリアフリーが増えてテクノロジーが進化してきたことによって車椅子でも同じルールで遊べるようになった。テクノロジーのおかげで車椅子の人を排除しない時代がやってきたということを描いたのがこの『リアル』ですね。
山内犬飼さんが関わられている超人スポーツ協会でも『リアル』の車椅子バスケットのようなスポーツを提案されているのですか。
犬飼そうですね。「人機一体」という意味では車椅子バスケットも超人スポーツです。最初にお話したとおりコンピューターゲームでスポーツをしているのがeスポーツ。超人スポーツはその先にある最先端のスポーツです。体と機械が一体ということで「人機一体」という言い方をしています。先日「超人スポーツ産業」というものを発表しました。人機一体の産業を創出する事でスポーツ文化に貢献しましょう、それをみんなでやっていきましょうとまさに今提案させてもらったところなんです。
山内産業というのが面白いですね。
犬飼スポーツ庁の鈴木大地長官は「スポーツで儲けてもいいじゃない。」と言っているんですね。これまでスポーツは基本的に儲けてはいけなかったわけです。もちろんプロスポーツの一部分は儲かっていたけれど、それは本当にほんの一部分。全体としてみると日本に「スポーツ産業」というのはまだまだ伸びしろしかない状態だといえると思うのです。
山内儲けるには既存のスポーツではなく、超人スポーツが良いだろうと。
犬飼そうなんです。ゲーム(=試合)はなかなか売れないでしょう?新しいスポーツを作っても買ってくれないんですよ。けれどテクノロジーや道具は買ってもらいやすい。なので、超人スポーツ産業は道具とゲームをセットで作って売りましょうという発想ですね。
山内スポーツが日本有数の産業になる未来は遠くないかもしれませんね。具体的にはどんなことをされているんですか。
犬飼今はとにかくゲームを増やそうとしています。スポーツの欠点はゲームの種類が少ないことです。ゲーム屋さんにいってゲームを選んで買うような状態をスポーツ文化につくるのです。スポーツはコンピューターゲームと比べると褒められない。明確にすぐに評価されにくいんです。褒められないと辞めたくなっちゃいますよね。だからもっと褒めてあげられる様なスポーツを増やすというのがスポーツへの貢献の第一歩だと考えています。
山内体育の授業が苦手でずっと運動に縁が無かった様な人でもこれなら出来るというものがひとつでもあれば、スポーツに対する見方が変わりますよね。やはり昔ながらのスポーツは習得するのにそれなりの時間がかかりますし。
犬飼昔ながらのスポーツも当然これはこれであっていいんですよ。それとは別のものも用意しましょうと感じで考えています。『リアル』で車椅子のバスケットボールを知ったときに、健常者であっても車椅子を欲しくなったり、プレイしてみたくなったりしましたよね。これはスポーツの領域が広がったことを意味するんだと思います。
山内テクノロジーを得たスポーツにはどんな未来が待っているのでしょうか。
犬飼今まさにテクノロジーが僕らの想像を追い越そうとしている時代ですよね。おそらく次には『Dr.スランプ』のアラレちゃんのようなロボットが「こうやって遊ぼうよ」と提案してくれるようになる。ロボットがゲーム発明をする時代に突入していくんだと思います。そしてそのゲームをプレイすると、ロボットが上手いか下手かを判断してくれて、アドバイスをくれたり、褒めてくれたり。そんな未来がすぐそこに来ています。その先にあるものが何なのかは今一度考えなければいけないですけれどね。
構成・編集 岩崎 由美